魔法使いの日常風景
もう一年の付き合いになるのだが、地味に俺は自陣営イスティア序列持ちの女性陣と……お師匠様や男か女か不明な銀色を除けば、冒険をしたことがなかった。
つまり雛さんとミナリナ。リィナについても散歩程度に連れ添って行動したことは何度かあるものの、明確に『ゲーム攻略』を共にする機会はないまま。
そんなだから俺は、彼女らが一体どんな風にアルカディア世界で遊んでいるのかというプライベートな姿を見たことがない。いや四柱戦争やら対『色持ち』レイドやらトラデュオなんかで戦う姿こそ知る機会はあったが、それとは別の。
────たとえば、純粋なダンジョン攻略の風景なんかを。
……という、話なのだが。
「そんでさぁ、もー大変だったわけよ。一日たりとも後に引き摺らず綺麗にスパッと卒業しようと思ったら、やる事やる事やる事やる事やる事やる事やる事……!」
「人殺しみたいな量のタスク山積み」
結構わかりやすい戦闘スタイルおよびプレイスタイルである雛さんはまだしも、この二人に関してはマジで想像ができていなかった。
ミィナとリィナ、通称ミナリナ。
誰が呼び始めたか広く浸透している二つ名は『東の双翼』あるいは『二人の小さな魔法使い』などなど、冠する事実はアルカディア最強の火力砲台。
思い描く全てを〝幻〟として自在に出力する星魔法《夢幻ノ天権》。
遍く幻想を〝現〟として際限なく出力する星魔法《巫現ノ天権》。
実体がないゆえに直接的な影響力を振るえないリィナの〝幻〟をミィナの〝現〟が、下書きがなければコストの問題で到底のこと実用不可能なミィナの〝現〟をリィナの〝幻〟が。共に補い合うことで成立する二人一組、無法の魔法描画能力。
極めて強力なシナジーを以って、デビューから瞬く間に序列持ちへ台頭したという二人だが……その無敵に思える力には当然のこと、多くの制約が付随している。
「マネージャーさんが泡吹いてた」
「あっはは。葉ちゃんには悪いことしたなぁ」
最たるものが『領域』と呼ばれる、二人の能力相乗に際して要する陣こと三度までの脅威を排する絶対防御壁。一度これを展開してしまうと数歩程度の極小範囲しか動き回れなくなってしまうというのが、特筆すべきミナリナの弱点だ。
そう、今も目の前で展開されているコレ。
一度の戦闘中に一度しか展開できないという無視できない制限によって、ちみっこたちの戦闘行動には移動的な意味での柔軟性が綺麗サッパリ皆無。
更に一戦闘一度の縛りだけならまだしも、最大で日に七度までという上限展開数まで存在するのだから困りものだ。基本的に道を往く形式のダンジョンなど、こいつら二人きりの場合は一体どうやって攻略しているのやらと……────
「……顔が引き攣っているぞ、後輩」
「お前は見慣れてるって顔だな、先輩……」
つい先程までの俺は、なんと取るに足らぬ馬鹿な疑問を抱いていたのやらと、今に至り。一から十まで披露されてしまった『実状』を目の当たりに
◇【水俄の大精霊 ラファン】を討伐しました◇
◇称号を獲得しました◇
・『傍観者』
ぁっ。
「………………なんかもう、仮想世界が可哀想」
「それは本当に俺もそう思う」
……目の当たりにした結果、口から出てくるのは溜息ともつかぬ息ばかり。
つまるところ────現在地は、テンションのまま暴走するミィナの命を受け空を飛ぶこと暫し。夜中に遥々やって来た水精霊が棲まう秘境、その一つ。
然して、入場からの総計タイムは僅か十数分ほど。
道中の雑魚こと空飛ぶ鳥ならぬ水泳ぐ鳥【剥離の水精】と、なんら変わりはないとでも言うように……なにもできぬまま蹂躙された奇妙奇天烈クジラもどきの哀れな爆散を以って、初見となるミナリナの攻略行は呆気なく幕を下ろした。
「あら終わっちゃった。────んーっ! まあ、こんなもんかぁ!」
「相性有利。ぶい」
そんで肝心の本人たちはコレこの通り、目に見える疲労度ゼロときたもんだ。
────まあそりゃそうだろう。陣の展開もダンジョン攻略全体で二回しかしていないのだから。入口で一回、ボス部屋で一回、以上である。
戦闘と呼ぶのも憚られる蹂躙劇を終わらせた二人。
チラと囲炉裏に目をやりながらドヤ顔を披露するミィナも、また薄っすい表情の癖に直球な感情表現で褒めろとトテトテ駆け寄り飛び付いて来たリィナも、外見や仕草は確かに可愛らしいが……マジのガチ、成した所業が全く可愛らしくない。
過去の俺どころではない勢いで水底に在って水のない洞窟を『水』で満たしたかと思えば、エネミーであり通路攻略のギミックでもある【剝離の水精】と似たような水中を駆け回る猫を無限生成&リリース。そうして一歩も動かないまま、暫くした後に『ギミック達成』を意味する道案内が作動した際は見えぬ天を仰いだもので、続く本丸ラファン戦も酷いというかエゲつないというか純粋無比な滅多撃ちでボスも取り巻きも抗する暇すら与えずボッコボコのボコ────と、
「囲炉裏」
「なんだ」
「コイツら、いつもこんな感じ?」
「こんな感じだと言ってるだろう。現実を受け止めてくれ」
「なんか真面目に戦闘してるのが馬鹿らしくなってくるな……」
「言わせてもらうが、基本的に君の戦闘は『真面目』の範疇にない」
流石の【星架】でも現実逃避をしたくなる、そんな極まったゲームバランスブレイカーの戯れを見せ付けられてしまった気持ち……なんて思いはしたが、
「まあしかし、俺の相棒も負けてない」
「なぜ唐突に張り合い出したんだ。それも本当に俺もそう思うが」
改めて考えれば、似たような光景は天使の日常で見慣れてたわ。
ほなええか……────さて、
「…………ん、で? まず一箇所。もうこのまま他も潰して回るか?」
赤色の保護者および全てに対するツッコミ役、そしてイケメン以外の役割を持っていない愉快なブロンド侍は脇に置いとくとしてだ。
一応は長距離送迎の任を担う者として、気持ちを切り替え次を問う。即ち、そろそろ現実世界でも時計の針が十一を回りそうな頃合いだが……とな。
そう、一仕事というか一遊び終えたミナリナに意向を問うてみれば。
「んー……」
「そうだなー」
「……思いっきり暴れて」
「結構スッキリ爽快は、まあそうだしぃ……?」
「二つ目の秘所は、確か少し遠かった、よね」
「んだから、お任せってか、お兄さん次第?」
「無理しなくてもいい、よ」
「コイツらのノータイム連携お喋りマジ怖いんだけど」
「それも本当に俺も同意する」
見た通り、まだまだ元気……もとい、まだまだ胸の内にある感情の大波は鎮まっていない様子。────ならば、まあ保護者寄りの年上男子ということで。
「囲炉裏?」
「俺は別に構わない」
「そうか。じゃあツッコミ番長その調子で頼むな」
「そんな業務を請け負った記憶はないぞ」
夜更かし女子どものエスコート続行に、異議はないわけで。
「…………まあ、ひとまず次で終わりにしておけ。夜更かしは身体に悪い」
訂正。連れのイケメン侍は小言に満たない気遣いの異議をサラリと口にした。ミィナも素直に「はーい」と返事をしている、これは見習わねばなるまいて。
斯くして、己も人生初の恋に邁進している男として勝手に学びを得ている俺を他所に────いや他所にはされていない。べたーと引っ付いたリィナに引っ張られながら、ラファン討伐と同時に出現していた脱出用の転移門へ俺も向かう。
そんな折。らしくズンズンと先導していたミィナが、ふと振り向いて……。
「あ、そだ。ねぇねぇ言い出すの忘れてたんだけどさー」
言葉通り、思い出した何がしかを切り出そうとする。その視線が向いている先は、勿論のこと囲炉裏────ではなく、朱色の瞳は真っ直ぐに俺を見ていた。
はて、なんぞやと首を傾げれば……奴は、あっけらかんと。
「あたしら、お兄さんのクランに入れてくんない?」
「はぁ?」
マジのガチ。
全くの予想外を言い出して、俺の口から芸術的なまでの困惑を引き出した。
『編』は始まらないけど、少しも描かないとは言っていない。




