誰も知らない擦れ違い
小学生から中学生、中学生から高校生と段階が遷り変わるごとに、変じる雰囲気というのは割かしハッキリわかるもの。中でも高校から大学への変遷は甚大だ。
まだしも成りたてなら曖昧だが、この時期に以下か以上かを見間違えることはない。二月とあらば年度末の目前ゆえ、しっかり変わった後だからである。
然らば、少女が高校生以下であることは俺の見立てで間違いない。
確かに目を引く雰囲気を持ってはいるものの、彼女は高校生以下特有の『庇護されている子供』としての雰囲気を漂わせていたから……──だからこそ。
「一人で、来てます」
「お、おう……成程」
決してナンパ第二号ではない旨を、懇々と解いた後。
自己満足のソレとて介入した以上は放置の択ナシ。せめて彼女が安全を確保するとこまで付き添うべきだろうと、本物の家族あるいは友人の所在を聞けばコレ。
もう、いろんな、事情が、わからない。
そりゃ高校生にもなれば一人で出掛けたりするもんだし、ソロ遊園地を楽しむ猛者が稀にいたとて有り得ない話ではないだろう────休日ならば、な?
繰り返すが、本日は二月の二十日。
ごりごりの平日だ。祝日とかでもなし、お利口な俺のパートナーが登校に励んでいた通り彼女にも学校があるはず。高三とかなら自由登校が始まっているとは思うが、ならば今は受験シーズンの範囲内ってか真っ只中である。
どの道、今日の此処は高校生女子が一人で居るに相応しい場ではない。
……まあ、いろいろね、あるだろうよ。重ねて俺は事情を何も知らんのだから、他人の行動に一々『おかしい』と難癖を付ける方が可笑しな話。
然らば、俺のできることなど多くはないのでねっと。
「んじゃ、まあ……身を以って経験した通り」
「はい」
話しかければ、少女は素直に声を返してくれる。
説明というか俺のノリを伝えている最中に落ち着いたのか、今ではスンと平静な顔。年上男子相手に物怖じしている様子もなく……ならば何故、勇者×2のグダグダナンパを許していたのか謎に思えてくる大人びた調子でいらっしゃるが。
「流石に、夜の一人歩きは危ないと思うので」
「はい」
それも含めて、ほんとわからん。
この子は一体なにを考えているのだろうと思いつつ、お節介に踏み込みはしたものの結局は他人だしなと割り切って、俺は面倒な思考を放棄して事務的に告げる。
「事情は知らないけど、帰った方がいいと思う」
さすれば、
「はい」
少女は素直に、実に物分かりよく、小さくコクリと頷いた。
……ほんと、なにしてたんよ、キミ。
◇◆◇◆◇
────曲芸野郎Cチーム────
【翔子】:おーいノゾミンやーい
【翔子】:いつまでパートナーちゃんと遠隔イチャしとるかー
【希】 :ちょっと
【翔子】:?
【希】 :悪い、ちょっと時間くれ
【翔子】:なに、どしたん
【希】 :予約の時間になったらレストラン入って
【希】 :待たないで、先に食べててくれていい
【希】 :二十分
【希】 :三十分くらい遅刻するから
【翔子】:そりゃいいけども
【翔子】:だから、どしたんよ? 無事? 大丈夫なの?
【希】 :ちょっと
【希】 :迷子を送り届けてきます
【楓】 :女の子?
【美稀】:女の子な気がする
【翔子】:しかも可愛い女の子と見た
【俊樹】:お前やっぱガチお祓い行った方が良くね?
【俊樹】:イベントのエンカ率どうなってんだよ
【希】 :行ってきますわ
【楓】 :お祓いに……?
◇◆◇◆◇
頷いた少女を園外まで見送るべく、連れ立ち歩き始めて早五分。
別に付き添う必要はなかったかな……とは思いつつ。お節介をどこまで重ねるべきかと内心も行動もグダグダな俺に、彼女の方も特に文句はないらしい。
近くも遠くもない距離感。二歩離れた隣同士で人混みの中を歩いていく。
「「………………」」
勿論、会話などない。
昼から来ていたのか夜から来ていたのかも知らないが、高校生が平日に一人で遊園地。なにかしら訳アリを察するのは容易なれど、問い質す義理も権利もない。
そうさ、必要性も何もかもないんだ。ぶっちゃけてしまえば俺だって────
「…………………………」
無言で隣を歩く見知らぬ少女が、俯く姿勢で顔を陰らせてなお、擦れ違う人々の目を引いてしまう雰囲気ある美少女でなければ。ここまで世話など焼かなかった。
可愛い子だから構いたい、では断じてない。
可愛い子だから危ない、という現実的な危機感知の思考によるものである。
やはりというかなんというか、チグハグだ。様子がおかしい。この容姿なら今までも似たようなトラブルの経験は在ろうというに……といった具合。ナンパ程度を前にして困った顔で固まっていた時の様子と諸々が噛み合わない。
なんかあって、情緒不安定で、現実逃避にでも来たのかね。
重ねて、重ねて、知らんけども────
「……大丈夫?」
「はい」
おおよそソレしか返ってこないが、受け答えも足取りも一応しっかりしている。ならば俺は必要以上を気にせずに、他人の領分を弁えておけばいいだろう。
そうして気まずいような、そうでもないような時間を連ねて十五分程度。
「じゃ、タクシー呼んであるから」
「はい。────っ、ぇ……?」
会話ほぼゼロを維持するまま入退場口へ辿り着き、無事に園外へと護送を完了した傍から俺はササッと切り出した。然らば、流石に少女は反応するが知らぬフリ。
「ほら、こっち。ここまで来たら乗り込むとこまで見届けさせてもらうぞ」
戸惑う顔を置き去りにして有無を言わせず歩き出せば、数秒ほど迷った末に足音が続くのが耳に届く。よろしい、これ以上の面倒は互いにナシでいこうぜと。
道脇にスタンバイしていた車体を確認。
次いで、視線の通った運転手さんと会釈合戦で意思疎通完了。流れるように後部座席のドアを開け、場の勢いで背中を押すが如く『お客さん』を放り込む。
「っ……ぁ、あの」
「すみません、彼女一人です。お願いします」
そしたら後は簡単だ。何事か言いたげな訳アリ女子の声はドアを閉めて遮ってしまい、車体を回り運転席の横からイケオジ運ちゃんに話しかけつつ……。
「はいよ。で、どこまで────」
「行き先は彼女から。お代は……手間を掛けますが、こちらまで」
俺は〝眼鏡〟を外し、それと共に連絡先を記したメモを渡す。
……正直、これが通るのか否か自信はなかったが────
「は? ────……ぇ、は?」
五秒、
「え、ぇっ…………」
十秒と、経って。
「えっ、ほんもの────」
「お願いできます?」
どうやら信用が通用したらしい。『魔法の眼鏡』を掛け直しつつ沈黙のジェスチャーと共に笑い掛ければ、融通の利く運転手さんはニヤリと笑い頷いてくれた。
とはいえ、
「………………さ、サイン、貰えたりとか……」
「…………そのメモに、でもいいです?」
ひっそり伝えられた追加報酬の要求に関しては、まあ仕方なし頷いとこう。
「ちゃんと帰るんだぞ、推定家出少女」
「ぇっ、あの、待っ────」
少女の視線が遮られる位置は計算したため、俺の顔を見たのは運ちゃんだけ。
さすれば諸々、訳が分からないのは当然だろう。タクシーの中へ言葉を投げれば戸惑いの色濃い声音が返ってくるが……ま、俺の役割は以上ってことで。
「お願いします。ちなみに……」
改めて運転席へ頭を下げつつ、今度は沈黙ではなく黙秘の意味を以って人差し指でジェスチャー。然して、融通が利くだけでなく機転も利くのだろう。
「相わかりました。お任せを」
謎に芝居がかった言葉遣いで面白がるのは如何なものかと思うが、イケオジ運ちゃんは『オッケー全て把握した』と言った様子でサムズアップを見せ付けてくる。
オーケー、信じてヨシと見た。ということで、
「さーて、腹減ったぞーっと」
これにて、不意の遭遇イベント完。
俺は背後から届く誰かさんの声音を聞き流しつつ、再び園内へ入場すべく歩を進める足を止めない。ま、偶然に出会った誰とも知れぬ他人同士────
暫くすれば、きっと互いに忘れているだろうて。
◇◆◇◆◇
「────まで、お願いします……」
「あいよぅ!」
行き先を依頼すれば、やけにテンションの高い運転手さんが返事と共に車を動かす。……あれから暫く問答をしていたので、お節介さんの姿は既に見えない。
なんだったんだろう、と思う。
〝彼〟のことではなく、今日のこと……というか、今日に至るまでのこと。
全部、なんだったんだろうと。なんなのだろうと、どうなるのだろうと。無気力、やるせなさ、気脱感、憤り、不安、類語は見つかれど言い表せない心の中。
重ねて、それらは〝彼〟のことではなく。
では〝彼〟のことは『なんだったのか』と、ぼんやり思えば。
「……………………………………こんなこと、あるんだ」
呟いた声音は、二つ在る少女の片一方。
誰にも聞かせず、誰もに聞かせている常の声音。────けれども〝彼〟は、自分のように『声』を使い分けるほど身分に頓着していない人だったのだろう。
仮想世界の、有名人。
そんな人に偶然、奇跡のような確率で、助けられた……もとい、おおよそ十八年の人生で最大級の醜態を見られたことを、はたして恥じるべきなのか。
それとも、
「…………………………サイン、とか」
嘘か真か、世間の噂から伝え聞くに────推定ファンの一人へ。
「お礼にあげたら、喜んだり………………」
そう、していたら良かったのかな、なんて。
「………………」
そんな訳ないかと自分勝手に自分を嗤い、訳アリ少女は穏やかに揺れる車の中。
偶然の出会いを忘れるように、目を閉じた。
この六話、個人的に短編集的なサイドストーリーとして書いてました。
つまり厳密には本編ではありません。
つまり、厳密には、本編では、ありません。
即ち、私は嘘つきではありません。




