遷る世界に映る日々を
────さて。
二月も半ばを過ぎた頃合い。またアレコレと考えることや予定が増えてきたが、空白のないカレンダーは流石に約一年を経て慣れたというか順応済み。
俺の元より人並み以上ではあった図太さも更に磨きが掛かっており、難事を抱えて好きな子の御父上と一対一で食事会程度の死事では揺らがないのだ。
問題しかない現状の我が身の上ではあるが、曲げる気など毛頭もない覚悟を心臓に刻み付けているゆえ極個人的メンタルでいえば真実なにも問題はない。
仮に土下座を敢行し、頭を踏まれ、面を地に伏せてもなお高らかに『娘さんを俺にください』と宣い叫ぶこと可能な、不退転背水の心中は構築済みである────
とまあ、そんな感じで。
天下の『四谷』代表こと愛娘溺愛パパにして我がクライアント徹吾氏との『お食事』セッティングから始まり、自然というかなんというか連鎖コンボめいた流れでメイド様やら声優様やらからも呼び出しという名の強制召喚命令を受け取りつつ、
更には大学進級に向けて、あれやこれやと図ってもらっていた便宜案件を消化する……体裁で頂戴した、一発で低難易度と察せられる補填課題にも取り組みつつ。
あとは一般的な認識でいくと男女逆の立場で臨んだ企業の陰謀にて、先日の差し入れの礼とばかり。気合い入れて三人娘へのチョコを作ったりしつつ────
「────だぁから、違うんだよなぁ。もっと、こう、思い切ってガッと!」
俺は今日も今日とて、今の俺を遂行するべく仮想世界に居た。
時は昼過ぎ、場は真っ白。即ち昼食後に待ち合わせた陣営拠点の訓練所にて、偉そうに上から目線で講釈を垂れる俺に対するのは……。
「────だから、擬音は、やめろと、言っているだろう……‼︎」
今日も顔面絶好調。他でもない我がマブダチ(笑)にして、大先輩にして、尊敬したくない類の修行馬鹿系逸般人である【無双】の剣豪ブロンド侍。
囲炉裏は無様に床へ転がった似合わぬ姿で呻きながら、わざと悪い意味で適当な言葉を選んでいる俺を仇敵のように見上げ睨み付けていた。
おぉ怖い。映画のポスターが如き決まり顔だぜイケメンがよ。スクショ撮って一山いくらで売ったろか────……なんて、冗談はさておき。
お互い空いた時間にチャンバラで友情を深めるのは珍しくもないが、その場合ボコられるのは大抵のこと俺。最近は稀に一本取れたりもするのだが、純粋な剣技勝負だとコイツは俺の遥か先を継続中ゆえ間違っても床へ転がしたりなど不可能だ。
ならば今、なにがどうなってこうなっているのかと言えば……。
「んなこと言われてもな。俺だって基本は詳しく考えて動いてるわけじゃねぇし」
「このバグ野郎」
「たまに唐突なIQ低い罵倒が飛び出すの面白いからヤメテくれるか?」
いろいろあって、俺の得意分野についての教示を求められたから。
つまるところ、限界曲芸超高速アクロバット機動の〝いろは〟を教えてくれと、頼まれたから。────そう、コイツに、俺が、教えてくれと、頼まれたからだ。
こっちに言わせりゃ、そんな事実の方が余程の思いもよらぬ挙動である。
……斯くして、
「まあ、なんだ。俺はズルが前提だから丸写しは〝する〟のも〝させる〟のも不可能だぞ。精々そんな挙動も実現可能なのかってのを見てもらうくらいしか……」
「実現可能なら、俺にだって再現は叶うはずだ」
「……いや、うん。確かに『縮地』よか難易度は低いだろうけどさ。『内』だの『外』だの言語化不能な不思議パワーを操らんとダメなわけじゃねぇし」
これ、この通り。
物理的にもシステム的にも現状では俺以外に不可能な完全空中機動……は、流石に無理として。主に『竝枝界拓』実装による変化諸々を調整するに際して行き着いた発想なのだろうが、戦技を更に拡張するために機動力を伸ばしたいらしい。
ゆうて囲炉裏だって十分だろ逸般的基準に照らし合わせても────なんて最初は言ったのだが、じゃあ俺と鬼ごっこをして自分は勝負を成立させられるのかと天下無双の負けず嫌いフェイスで返されたら黙るしかなかった。仕方なし。
男には譲れないモノというものがある。同じ男として尊重しよう……と、
「……まあしかし、模倣を試みたことで改めて多少は理解できた」
「お、マジか。やるじゃん」
「『才能』を抜きにしても、君の頭はおかしい」
「お、マジか。やんのかテメェ」
そんなこんなで朝っぱらから昼休憩を挟みつつ、走って転んで数時間。
スキルに頼らない壁走りなど簡単なアレソレから始まり、壁に立ったりとか、天井に立ったりとか────体重を挙動で抜きつつ自分より軽い浮遊物を足場に跳躍したりだとか慣性や負荷を回転に変換して空中で身体軌道をずらしたりだとか、ちょっと難しい応用編云々も示して見せたところ囲炉裏ころりで罵倒もポロリ。
ともあれ俺の頭が仮想世界適応力的な意味で『おかしい』のは今に至り深く深く自覚しているが、真っ向から他人に言われりゃ相手にもよるが腹も立つものだ。
然らばと指導棒めいて振り回していた訓練用の模擬戦闘杖の先端で、地に伏す頭を小突いてやるが……あらまあ、それについては文句ナシ。
冗談ではなく、普通に不貞腐れている模様────仕方ねぇなぁ。
「そうさなぁ……前回の四柱で、アレ入ったじゃん? 俺の運搬スキル」
「……あぁ。それがどうした?」
「あの時は戦闘前から目ぇ回したら馬鹿だから視界は切っとけって言ったけど、つまり切らなきゃ見えんだよな。俺の視界が、自分のモノみたいに」
「………………」
「体験者談では、ちょいちょい俺のアーカイブにも上げてる一人称視点動画なんかと感じ方が全く別物らしいぞ。迫真過ぎて無理とかなんとか評判だ」
「…………………………」
「で、どうする?」
まさかコイツに教えを請われる日が……恋愛云々に関する駄弁り会は置いとくとして、そんな日が来ようとは思いもしなかった────ゆえに、言葉にしてやるつもりなど毛頭ないが正直な心中それなりに悪くない気分の俺である。
囲炉裏の常軌を逸した向上心は、尊敬するのも畏れ多い憧れの対象。
男として、友人として、そんな奴から『お前に学びたい』だなんて殺し文句を言われた日には……まあ、なんだ。照れ隠しの揶揄いまでは我慢できないが、
「…………望むところだ。吐くまでやるぞ」
「ヒトの異空間の中で吐いたら友達辞職するからな」
いくらでも、気が済むまで、存分に付き合ってやろうともさってな。
この二人ずっと好き。
雑に消化された企業の陰謀は『おかえし』が本番になるゆえだそうです。




