基底の先へ
ワールドフェーズの移行に際してアクティベートされたものと思しき、鍵樹基底百層から先へ繋がる転移門。踏み入り応と答えれば、瞬き舞うは転移の青光。
流石に、こんなところまで登って来られるようなプレイヤーであれば慣れ切っているであろう感覚。浮遊とも消失ともつかない、刹那に過ぎ去る微睡のような……空間を飛び越える者に付き添う、特有の形容不能感に抱かれながら。
数えて、五秒、十秒……常の転移より、随分と長い時間を経て。
────不意に解き放たれた感覚を手繰りながら、ゆっくりと目を開ければ、
「………………ん、ぅ……」
真っ青な空の中に、ソラはいた。
いや、違う。
「…………あれ、寝て……?」
頬を撫でる風と草葉。背中を支える硬くて柔らかい地の感触。そして視線を移ろわせようとすれば目を眩ませた日の光と、それを遮った雲の海。
長い転移の行き着いた先で目を覚ましたソラは、草原の只中に転がっていた。
……一応、アイリスほどではないが事前に〝此処〟の情報は収集済み。けれども学校のソレとは異なり、仮想世界に関する予習は冒険の新鮮さを損なわない程度に抑えておくのが常。だからこそ、いきなり草原に転がされていたことに驚いた。
────とはいえ、
「……試したこと、なかったけど」
背中を支えていた、もう一種の感触。
「眠る時に、ちょっと便利……かも…………?」
即ち、真白で大きな狐尾が四本。《纏身》スキルを起動していないにも関わらず勝手に腰から生えていることに関しては、驚かない。頭の上の狐耳も同じくだ。
何故なら、此処は、そういうところらしいから。
つまるところ、鍵樹迷宮────アルカディア原初の世界と呼ぶべきなのだろう、初代【隔世の神創庭園】が繋いだ次なる緑。種から芽吹いた巨大過ぎる新芽。
そんな次なる世界への道を踏破した者の眼前に、広がるべくして広がる光景。
その名は、
「────……情報通りね。なんにもない」
…………と、横合いから届いた声音、言葉が、そのまま適用されて正しく在る。名前も何も在りはしない、まだまだ真実まっさらな世界の赤子。
鍵樹迷宮百層の先に、百一層などというものは存在せず。
基底の先に在ったのは、これからに満ち満ちて輝く新たな天地の表だけ────
「です、ね……でも、風が気持ちいいでふむぃっ」
「やっぱりズルい。私も、こういうのが良かった」
「へぁ、やっ、ちょ……!」
つまり、なんと言い表そうが結局のところ『なにもない』としか言い表すことのできない草原一色。百歩譲って世界の息吹を楽しむ程度の需要しか見い出せない環境に在って、出来ることなど連れ立った者同士じゃれ合うくらいのもの。
然して、転がるソラの隣へ躊躇なしコロリからの容赦なし尻尾ホールド。
戦闘時に限っては当たり判定などが上手い具合に消える親切仕様だが、平時は触れるし感覚もある。そして本来は人間に存在しない部位ゆえ当然だが、纏身体の獣耳やら尻尾やら羽やらは普段は触れられることがないため触覚に慣れがない。
なので、基本的に……。
「こ、こらっ! だめ、ギューはダメって言ってますよねぇッ……!」
「ごめん。つい」
「ごめんと言いつつ離さないしぃっ……!!!」
《纏身》により『特徴部位』を追加されたプレイヤーは、くすぐりなど他諸々ボディタッチカテゴリの遊びにおいて人類最弱の名を欲しいままにする。
特訓すれば多少は改善されるらしいのだが、特別くすぐろうとしているわけでも『いかがわしい』手つきをしているわけでもないアイリスのハグでコレこの始末。
ならば特訓=死と思い怯えるまま、ソラは纏身時限定の激烈な弱点を放置中。しかしながら、放っておいても狙われるので救いがないといったところ……。
……だが、しかし。
普段は、残念ながら成す術ナシされるがまま。けれども今、この世界────ソラが勝手に《纏身》していたように、もう一人の自分が自然と表出してしまう、
この、アルカディア第二のワールドに在るならば。
「こ、のぉ……っ!」
「ッ、ん゛……!?」
弱点アリは、お互い様。
然らば、反撃の一手。狐尾を好き放題にされていた少女の手が閃き、指先が触れるは暴虐の限りを尽くす姫の〝耳〟……──そう、他ならぬ耳。
その姿を得たのは、いつのことか。
得てから今まで、頑なに仕舞い続けていたのはどれだけの時か。
なぜ、アイリスは────ずっとずっと、その《纏身》を死蔵していたのか。
……ヘレナ曰く────あぁ、なんというか、はい。そのままですね。
ユニ曰く────あぁ、なんというか、うん。違和感ゼロだね。
メイ曰く────……、……? ん…………どこ、なに……? 変わった……?
フジ曰く────なにかの映画で見ましたね。あれ、出演してました?
オーリン曰く────ふっ……ぁー……その、どっちが纏身体ぶふッぐ……!
アイカ曰く────とりあえずスクショ撮っていい? 額に入れて飾ろう。
ナツメ曰く────なんか……その…………コッテコテ、ね……?
レコード曰く────いや娘に見せたいね。ほら見て、実在したんだよって。
八咫曰く────詩に歌えそうだねぇ。
桜梅桃李曰く────衣装も合わせたらどうだい? ほら、緑で森っぽく。
……それが全て。ほぼ全て。あとは、ほんのり、自分自身のガッカリ感。
どういうことかと言えば、こういうこと。普通の人間のソレとは異なり、長く横に尖った形状へと変化している……──ソラに触れられ悲鳴を上げて、らしくない様子で慌てて隠した〝耳〟ことエルフ耳を単純に好ましく思っていないから。
だから、重ねて、
「……………………私も、こういうのが良かった」
「まだやる……っ、も、もうっ……いつまで羨ましがってるんですかっ……!」
可愛がりというよりは羨望を籠めて。
耳を除けば一切の変化がない上シンプルかつ似合い過ぎており、違和感も特別感もゼロな纏身体を引き当ててしまった姫は、モフモフを求めるのである────
と、初の反撃は成功したものの聞いたことのない声音に衝撃を受け、謎の多大なる罪悪感および心拍数の増加に怯み結局は蹂躙される少女と拗ねる姫。
……いつも通りならば、徐々にスキンシップがエスカレートしていく頃合い。
そして経過時間的には、転移門を潜った三人の内ソラとアイリスの二人だけが先んじて、この真っ新な第二世界へ転がされた数十秒後のこと。
「ん」
「ぁっ」
光と音、そして三つ目の気配が草原に現れた。
「────……………………、……んぇ? なに、寝起き感……?」
さて誰か、などと確認する必要も問う必要もない。確認すべきは……本人も零した通り寝起きのように目を擦りながら、緩慢な動作で起き上がった藍色娘の、
変化点。それに尽きる。
斯くして、
「………………………………角……?」
「…………角、ね。二本」
「………………尻尾も、あります」
「…………ん、尻尾も、ある。先がフサフサ」
「………………。ぁ、あと、なんだか眼が……?」
「…………そうね。瞳孔の形が変わってる」
遅れて────第二世界への入場特典。遂に本実装されていた『トランスシステム』の選択を経て、転移光に運ばれてきたニアを穴が開くほど見つめる二人。
「…………あの、ちょちょちょ、見過ぎ。恥ずかしい。そんで近い近い」
性別は変わっておらず、特徴部位が発現している。つまり選んだのは間違いなく《転身》ではなく《纏身》……そして、複数ある特徴部位を見る限り、
「「……………………────〝竜〟……?」」
おそらく、単純に考えて、そのままを捉えるのであれば。
「へ? なに? りゅー???」
推定激レア纏身体を引き当てたと思しきニアは、惚けた顔で首を傾げていた。
どらごにあちゃんだぞー。がおー。かわいいね。
なおエルフ姫から分かる通り、纏身のモデルは動物や幻獣などに限りませぬ。




