誰もいない世界で三人
「────うーっわ、マジじゃん。角じゃん」
「角ね」
「角ですね」
「尻尾もある……あぁ、なんか動かせるぅ…………」
「……ぁ、もう一つ見つけました」
「ええ。歯が〝牙〟になってる」
「んぇっ……、…………マジじゃん! なにこれ舌噛んだら痛そう!」
斯くして、身を検めること数十秒。三人それぞれ乙女の嗜みとしてインベントリに備えてある鏡の類……は、現状だと取り出すことができないため自力にて。
自らの頭部上方に生えた角────節くれ立った枝の如き特徴的な二本の竜角を始めとして、しなやかに伸びる碧色の尾、更に追加発見された犬歯ならぬ竜歯をサワサワさわり確かめながら慣れぬ身体にワーワーと騒ぐニア。
そして、
「………………ちょっと、かっこいいです、ね」
「………………ズルい」
ほんのり目を輝かせるソラと、ほんのり頬を膨らませるアイリス。
無垢に感心している前者……は、まあ平和でヨシとして。
元来『結局は自分が見て体験するものが全て』というスタンスを貫くがゆえ。事前調査によるネタバレ云々を気に留めない性質である後者の反応も、また然り。
〝竜〟────既に千人規模の『纏身体』獲得者が〝もう一人の自分〟を我先にと発信公開しているものの、アイリスが知る限りでは未確認のパターン。
つまり少なくとも、千分の一程度の稀少性ではあるはず。藍色に碧……と、色合い含めて意外やハマっている点も加味して残念エルフ姫の嫉妬は加速した。
なお、エルフもエルフで相当なレアであるという事実は当然の棚上げである。
「んやー……ほぇー…………そ、っかぁ……あたし、竜なんだ? 意外ぃ……」
とはいえ、本人も本人で戸惑っている模様。
さもありなん。第二世界へ行こうかとなったということは、それ即ちニアの転身体あるいは纏身体をアクティベートしに行こうかということに他ならず、ならば当然さてどんな姿になるかなーというのも話の種として消化済み。
振る舞いが猫っぽいから〝猫〟とか?
いやいや犬っぽさもあるから〝犬〟の可能性も。
藍玉の妖精だけに〝妖精〟の類も有り得るのでは────などなど、様々な可能性を考えては盛り上がっていたが流石に〝竜〟の説は出なかった。
加えて、
「しかも〝ドラゴン〟とかじゃないんだ。〝竜〟ってか〝龍〟なんだ……?」
枝めいた形状の角、無翼、そしてフサフサ柔らかな白毛を湛えた細長い尾。
どれもこれもが西洋竜ならぬ東洋龍の特徴であり……現実ほぼそのままでキャラメイクしているニアが元来より纏う、異国情緒と不思議な融合を果たしている。
「えーっと…………I'm Japanese?」
「そこ英語なんですね……」
「少なくとも、日本〝人〟ではない」
「ぁー……Я японский дракон?」
「ごめんなさいロシア語は流石に……」
「そうね。日本の龍ね」
「わかるんですね…………」
総評、似合っている。然らば一連の流れから納得と自信が追い付いてきたのだろう、照れくさそうにしつつもニアはニマーっと頬を緩めた。
「んぇっへへ……あー良かったぁ変なのじゃなくて。安心し────ぅおちゃっ」
次いで声音も緩めつつ、先までソラとアイリスがそうしていたように草原へコロリと寝転んだ……──結果、尻尾の付け根が邪魔をしてバランスを崩し横倒れ。
「……え? この身体もしかして仰向けに寝れない? ダメでは?」
爬虫類のような縦長のソレへと変化した瞳孔を持つ藍玉を、パチクリ。どうでも良いことを謎に真剣味を持って呟く妖精もとい龍人を見て、
「…………ふふ」
「あは……」
再び、場にある気が抜けた。
◇◆◇◆◇
「────んでぇー……? 結局、今あるコンテンツってコレだけ?」
「ええ」
「らしいです……」
「そっ………………かぁー……」
然して、わーわー騒いだ後。
三人仲良く草原へ寝そべり、落ち着いてから数分ほどが経った頃合い。温かな日差しと涼やかな風に身を任せるまま、サラサラと静かな曲を奏で続ける草葉の上。
まだ真実なんにもない世界で、三人娘は『なんにもしない』を謳歌していた。
つまるところ、
「まぁー…………悪くないねぇ……」
「……そうね」
「ん…………静かです」
三者三様、それぞれに。
各々が抱える事情やら状況やら喧騒やらから、完全に隔絶された一時を満喫中。現状この『第二世界』で他パーティと遭遇する可能性はゼロに等しいため、本当の意味で誰にも邪魔されない静謐の時間が此処には在るゆえに。
自分の他には、もうどうしようもないくらい心を共にしている他二人だけ。
────だから、
「…………昨日の配信、ごめんなさい。驚いたでしょう」
最初に言葉を成したのはアイリスであったが、ソラとニアも同時に口を開いてはいた。だから会話を始めたのは、誰からともなくと言っていいだろう。
「……まあ、まだ見てないんだけどね。やらかしたことは驚いたかなぁ」
「私は寝起きで見て夢かと思いました」
「ふふ」
「なにわろとるか。ごめんなさい言ったばかりでしょー、こらー」
「悪いとは思ってないから」
「うーわ聞いたソラちゃん? もうこれ姫というか単なる唯我独尊我儘娘だよ」
「あ、はは……まあ、その、今更では? と、思わなくもないので……」
「ソラも言うようになった。嬉しい」
「嬉しいんだ……」
「わかるわぁ。ソラちゃんに言葉で刺されると痛みよりも愛を感じるの」
「……ちょっと何を言っているのか、わからないですね」
「今の目標は『嫌いです』って言われること」
「本当に何を言っているのか、わからないですね……!」
「わかるぅ。あれメッチャ可愛い、天然あざといが過ぎて敗北宣言も致し方なし」
「はぇ、なっ……も、もうっ……聞こえません!」
「ソラ、上の耳がお留守よ」
「狐耳に聴覚ないですからぁっ……!」
「聞こえてるじゃんねぇ……?」
「本当に聞きたくなければ、システムが遮断してくれるはずだけれど?」
「………………」
「黙っちゃった」
「でも、これは聞いている顔」
「効いている顔の間違いでは?」
「どっちでもいい。可愛い」
「それはそう」
────そんな風に。誰からともなくの言葉一つで、いつまでも楽しめるようになったのは、いつからだろう。この、視点によっては破滅的とも言える関係性を、
「……ソラ」
「……はい?」
「……ニアも」
「んー……?」
こうして、自然と繋いだ手のように離し難いと思うようになったのは。
「ゆっくりでいい。焦らなくても大丈夫よ」
「「…………」」
それをハッキリと自覚して、認めて、呑み込むまでもなく喜ばしく思い、未来として選ぶことを良しとした者は……まだ一人だけ。
その一人目が呼び水と成るか、あるいは止水の栓と成るのかは────
「不安で心細くて揺れるハルの心は、私が支えておくから。……ふふ、独り占め」
「どうするソラちゃん。この姫ストレートに喧嘩を売ってきましたわよ」
「とりあえず正座させましょうか。あの日のキス、まだ許してませんからね」
おそらくは神さえ知らず、茨の道に幸あれと祈るのみであることだろう。
もう三人で結婚しちゃえよ。主人公は飼おう。




