星架輸送中
異空間の中で何があったかは知らないが、不機嫌な銀チョロや多少なり無念そうなサヤカさんを見るに愉快な過程および結果ではなかったのだろう。
だろうが、そもそも別に『攻略』するために赴いたわけではない。
俺たちが────まあ俺は単なる移動手段だが、ゆらが【青源の深域】へと足を運んだのは『調査』のため。つまるところ追い返されたとて失敗ではない。
即ち、現状を表す言葉は問題ナシの順調。負けず嫌いは剣呑に巨大湖を睨んでいたものの、どちらかと言えば心穏やかに喜んでヨシと言えなくも……。
まあソレは無理か、いろんな意味で。
ともあれ進捗は順調だ。巡る予定の四点の内一点の調査を終えて、すぐさま『では次』と発てる程度には気力も満ちている。……けれども、あえて一つ。
問題を挙げるとするならば────
「────疲れたら正直に言ってくださいね、サファイア呼ぶんで」
目的地の二点目へ向け、空を翔け始めて数分後。
即ち三人行の開始より、仮想時間で九時間強。現実時間で六時間程が経過した頃合い。俺は腕の中、早くも音速越えに順応し始めた聖女様へと声を掛けた。
「ご心配なく。こう見えて、長旅には慣れているんです」
然らば、返ってくるのは環境に則さぬ表情と声音。【剣聖】様とは方向性の異なる穏やかの化身、のんびりぽわぽわサヤカさんは余裕の微笑で俺に答える。
いや確かに外見だけなら〝旅〟なんて縁遠そうな女性ではあるが、実績その他諸々を前提として持てば『こう見えて』などと言えぬ御仁……なんてのは野暮。
流石の貫禄が頼もしいなぁと笑い返しとけばヨシだろう。
道のりは果てしなく長いんだ。互いに適当気楽でいかなきゃ身体も心も余計に疲れるだけ────とまあ、ソレってかコレこそが今遠征に付きまとう最大の敵。
目的地同士が、超絶馬鹿遠い。
初っ端サファイア便で軽く流した道程からして一万キロ超、八時間強の距離だ。そりゃ極まって旅慣れでもしてなけりゃ微笑んでなどいられないだろうよと。
なお【銀幕】様については俺のヒト運搬専用異空間《星月ノ護手》内にてログアウト中。別にサボっているわけではなく、居る理由が無いので居ないだけ。
仮想世界の長距離遠征において『他人のアバターを運ぶ役目』は無くてはならない必須枠。抜け殻を託す託されるなんざ日常茶飯事ゆえ気にすることではない。
それこそ、俺から『運んどきますんで大丈夫ですよ』と二人に言おうか迷ったくらい────まあ言わなかったってか言えなかったけどな、そんなこと。
アルカディアで『空っぽのアバターを他人に託す』という行為が如何ほどの意味合いを持つかなど、言わずもがな。
まだ自分から促せるほど俺は二人と密ではない……と、思っていたものだから、ゆらが『暫くしたら戻る』と言い残して颯爽とログアウトしてった時は、
まあ、なんてぇの?
そりゃサヤカさんも居るし自分はディアルナ異空間内で隔離されているしで一対一よかアレなのだろうが、ちょっと嬉しかったのは人として当然の反応だろう。
〝脚〟を任されたものとしては、最高の栄誉である────と、
「むしろ、ハル様の方こそです。お疲れになりましたら……」
「ん? あぁ、いえいえ全然。大丈夫です元気平気まだまだいくらでも」
空を往く長旅は俺とて……いや現在進行形のトリオ内じゃ比較にもならないペーペーには違いないが、それなりには世界を縦横無尽にしてきた経験値がある。
その常。世界で唯一人『空』を翔けるプレイヤーの特権たる基本安全な路をいいことに、ぼんやりしながら走っていると気遣いの言葉を頂戴した。
然して、俺は冗談でも強がりでもない事実を返しつつ、
「なんなら、俺は走ってないですし」
空の軌跡を引く深紅の光。それ即ちスキルを逸脱したアビリティにしてアバターに染み付いた異能《我が名は〝赤〟を纏う王》のエフェクトを散らしながら。
仮想脳内に臨時生成される人格模倣思考追加AI……と、俺が勝手に仮定している『もう一人の俺』に暫く前から身体操作は任せっぱなし。
本体たる俺といえば先程からの通り、ぼんやりボケっとアレコレ適当なことを考えながら聖女様とお喋りしているだけである。疲れるはずがない。
『俺』も俺であるゆえ、この程度で文句を言ってくることもない。
元より単純作業や反復作業を大して苦に感じない上に、根本の性質は効率厨。理が通っているのであれば自分に使われることも厭わないのが俺という生き物。
ゆえに、
「まだまだ新米旅人ではありますが、体力に関しちゃ無敵っすよ俺」
「ふふっ……流石です」
こうして存分に格好付けられてしまう────いや、ベクトルは違うけどね?
好きな子に対して付ける格好ではなく、彼女にとっての『登場人物』として結ばれた縁を大事にするための格好付け……なんて言い訳がましくなるが、事実。
「…………姫君には、少し申し訳なく思ってしまいますが」
「あぁ、それも全然。〝お赦し〟は留守番中に貰ったんで大丈夫です」
限定的、俺の特別たちが『罪』としないのであれば、もう何事もソレと思うのを止めている。わざわざ言うまいが、突発でサヤカさんが同行することになった旨は一人残らず周知済み。然して貰ったのは「頑張れ」に類する言葉ばかり。
当然のこと〝脚〟の役割を果たすに当たり必要に際して触れ合うことも言及しといたが、最早あの子たち気にもしない。信頼が怖くなってくるほどだ。
────ともあれ、
「むしろアレです、実益? 的な意味では歓迎してましたよ」
「あら……?」
「えぇ。サヤカさんが居るなら俺が無茶しても無理にならないので」
「?」
「ほら、体力的な意味で」
「あぁ……ふふ。お力になれているなら、嬉しいです」
実際問題、ゆらが言っていた通りルクスではなくサヤカさんが来てくれたことは大助かり────というのも、別にルクスを無限にディスっているわけではない。
他ならぬ【玉法】様が備える、アルカディア有数の無法な権能への信頼だ。
端的に言えば、幻感疲労の克服。
彼女と共に在る限り、仮想世界を謳歌する遍くプレイヤーに等しく存在する実質的な縛り要素の代表……幻感疲労こと、仮想疲れの発症確率はゼロとなる。
そう、明確にゼロ。
それが彼女の持つ常時発動型第六階梯魂依器────【時に遍く聖天玉】が誇る権能の一つにして、聖女様が代えの利かない大規模遠征の要と言われる理由。
パーティなりレイドなり、サヤカさんと行動を共にするプレイヤーはシステムが与える『仮初の疲労』という呪縛から脱却し、基本的に疲れることがなくなる。
勿論のこと普通に蓄積される精神的疲労まで面倒は見てくれないが、これが仮想世界において一体どれだけの戦略的価値を持つか……まあ、言わずもがな。
外見や振る舞い先行と勘違いされがちだが、実のところ例の序列名ならざる二つ名は彼女が保有する様々な能力から来ているというのは有名な話。
在るだけで加護を齎す、祝福を受けた者。ゆえに『聖女』というわけだ。
ここに『三法』としてショウレン兄弟が加わりアレやコレやと更なる莫大な支援効果を齎すのだから、そりゃ北陣営の三位、四位、五位を埋めて然りと言えよう。
────といった具合。長い長い、されども疲れぬ旅路は果てなく。
「あれならアレです。ゆらと取っ替えても構わないんで、休憩が欲しくなったりしたら言ってくださいね。丁重に異空間収納しときますから」
「はい、ありがとうございます。…………あの、ちなみに」
「ちなみに?」
「ゆら様のことは────」
「ゆら様……」
「ぁ、ゆ、ゆらさんのことは……! その、どう運ばれるのでしょうかと、少しだけ気になったもので…………つまり、差し支えなければ」
「米俵ですね」
「ぇっ…………あ、こ、米俵……?」
「あるいは簀巻きで吊るしてきます」
「簀巻……吊るして……────ふ、ふふっ……」
「休憩したくなってきました?」
「………………そ、その……少し、だけ」
快適なだけではなく、和気藹々と楽しめてこそ友人との『旅』ってやつだ。
然らば、割りかし茶目っ気が強いことの知れている聖女様と談笑などしつつ。俺は音速を蹴飛ばしながら悠々のんびり、貸し切りの空へ軌跡を引き続けていった。
平和だなぁ。




