来客は連なり
英気補給の甲斐もあってか、現実での編集作業は目標通り丸二日で了を見た。
ゆうて余裕も暇もないデスマーチであることに変わりはなかったが、そこは無限のバイタリティに溢れる現役大学生。ノリと覚悟を以って手を止めることはなく。
決して無限ではないが無限のようにも思える長期休暇中という事実も相まって、精神的な余裕が確保されていたのも大きかっただろう。最終的には我らが冷静の代名詞こと美稀も含めて可笑しなテンションになっていたが……とにかく。
〝完パケ〟は成った。一応は日を跨いで心が落ち着いた後────つまりは今日、俺を除く四人が改めての最終チェックをしてくれる手筈である。
まあ心配は要らないだろう。深夜テンションが仮に動画へ波及していようとも、それはそれ『俺らしい』とのことでヨシとするのがチームクラウンの方針ゆえ。
深夜テンションが『俺らしい』って一体どういうことだよ。
────と、そんなこんな。
次に備えて更なる英気を養っとけと最終チェック人員から外された俺が朝、目覚めて暫くボケッとした後のんびりモーニングルーティンをこなしている折。
「…………ん」
四谷宿舎の一室、我が居城に鳴り響くは来客を報せる洒落乙メロディ。今や完全に慣れ切ってしまった、鈴でも鐘でもない優雅で穏やかな到来の足音。
そんな音に呼ばれ、最低限は人前に出られる程度に諸々が整っていることを確認しつつ……玄関へ向かい、ガチャと扉を開ければ立っていたのは────
「やあ。おはよう」
「……ございます」
────和さん。千歳和晴こと四谷宿舎専属シェフ。俺たちの胃袋番長。
……もとい、いまだにどこまでの少数精鋭なのか判然としない『四谷開発』における、実質的な人員のトップ2。四谷代表補佐殿であった。
「ぁー……早いっすね。どうでした?」
驚きはない、元より決まっていた来訪だ。
早いなとも言ったが、下手すりゃ渡した後『再生時間』ピッタリの最速で返答が来る可能性も考えていたゆえにソレも適当な戯言である。
というか、寝起きで地味に頭が回っていないだけでもあるが。
「────いいと思うよ。もう一方と併せれば、しっかり楽しめる出来だろう」
「っすよね。っし、良かった……」
答え……昨日の内に渡しておいた例の『完パケ』に対する感想を頂戴して、安堵と共にスーッと意識が心地良く覚めていくのを感じた。
そう。普段であればアーカイブに公開する動画諸々など、こんな風に四谷側へ一々チェックを頼んだりしないのだが────今回は、必要性を感じたから。
「アレ、最後の部分についても……?」
「事前にも言った通り、問題ないよ」
「そっすか」
そこも含めて、これにて完全に了解を得た形。和さんも言う通り事前にオーケーを貰ってはいたが、実際に用意した完成品に対してとなれば安心感が違う。
名実ともに、俺たちの魂の結晶は〝完成〟として良いのだろう。
「君たちの実況解説も加われば、更に別物レベルのエンタメになるだろうね。当日リアルタイムで視聴できるかはわからないけど、楽しみにしてるよ」
「ほどほどで頼んます」
然して、和さんは最後に常の穏やかしごでき男のスマイルを残し────
「疲れた顔してるよ。ゆっくり休んで」
「ぁいっす……」
気遣いも忘れずに。
バッチリ決めたスーツ姿で外出予定なのだろう、颯爽と部屋から去って行った。
◇◆◇◆◇
そして、数時間後。つまるところ昼時のタイミング。
「ん」
再び鳴り響くはメロディチャイム。告げるは再びなる来客の報せ。
さて、やはり来客自体に驚きはない。特に予定がなくとも不意に唐突に俺の部屋を訪ねてくる顔は三つ四つあるゆえに、呼び出し音は日常だ。
けれども、複数あるゆえに毎度『はて誰か』と首を捻ることはあり……もっと言えば、いつ訊ねてきても不思議ではない候補がいるからこそ────
「あれま」
「ふふ、こんにちわぁ」
万全と信頼するセキュリティにかまけてドアフォンを確認もせず、扉を開けてその瞬間。候補外の顔を見た時にこそ、俺は遅ればせ驚くのが常である。
斯くして立っていたのは、あざとく小首を傾げて亜麻色の髪を揺らす女性。
何故かというか、お決まりファッションもとい変装道具なのか。毎度のこと装着しているサングラスを外せば、現れるのは淡い栗色の瞳。
その肩書きは、多岐に亘る。
「はい、こんにちは……? ぇ、まさかとは思うけど」
画家兼アイドル声優兼イラストレーターArchiver(現役女子大生?)こと、三枝ひより────もとい、三枝日和さん。いろんな意味で無敵なニアの大親友。
「へっへへぇ……納品に、伺いましたぁ」
俺が勝てないと自認する、数多くの人間の一人であった。
────で、そんな彼女を、常ならば部屋に上げたりはしないのだが。
「ニアちゃのbirthdayぶりですかねぇ。単独侵入は、はて。いつ以来か……」
「何故にバースデーをネイティブに言ったの。あと侵入て悪いことの自覚アリか」
今回は立場が立場だけに、それから用件が用件だけに、仮想世界のプレイヤー的な意味ではなく現実世界の人同士的な意味で『依頼人』と『職人』であるために。
「ふへへ……背徳感は蜜の味、ですねぇ」
「打ち解けるにつれて確信が深まったけど、マジでニアの悪い手本だよね君」
「ちょっと、なーんてこと言うんですか」
正当な理由を以って、彼女曰くの単独侵入を阻めなかった。
……まあ、なんのかんの言って、どうせ自ら既に許可は取っているはずである。その辺の意識や心配りは俺などより余程しっかりしている御仁だ。
俺からも彼女に『依頼』する件は伝達済み……というか、そもそもニアを通して三枝さんに頼んだのだから本当に諸々は共有済み。問題は無かろう。
無くあってくれ。
仮に三枝さんが乱心して暴れ出しても、俺はノータイムで逃走するから────
「追加で失礼なこと考えてません?」
「まだそこまで個人的に深い仲でもないのに読んでくるのが怖いんだってばよ」
と、パチクリ栗色アイズから繰り出される芸術的なジト目半眼。本当に、今日も今日とて全ての振る舞いが世の男を一撃ノックアウトして然りのアレだが……。
「まーたまたぁ。なんやかんや私とハルさんの仲じゃないですかぁ」
「そんなことより」
「そんなことより……?」
「うん。そんなことより」
残念だったな。俺の心は既に天使と妖精と姫に隅の隅まで占められている。キャパオーバーのキャリーオーバー(?)だ揶揄い相手なら他所で見つけてくれと。
「多忙だろうってのに爆速で納品に来てくれたことに驚きを隠せない。え、マジで? もう仕上がったの? 頼んでから一週間も経ってないんだけど」
そんな感じ? イラストレーターに仕事を頼んでからの納品速度って、そんな感じなの? ────と、今更のこと無知を隠さず素直に首を捻れば、
「そんなこと…………──えぇ、まあ、あれです。私の場合はモデルがハッキリしてれば、なおかつミニキャラやデフォルメキャラは得意分野なので、こう……」
「こう?」
「ちょちょいです」
「ちょちょい」
本当に無敵らしい無敵の画家兼アイドル声優兼イラストレーターArchiver(現役女子大生?)様は、蕩けるような甘い声音に似合いの蕩けるような笑顔で細腕に似合わないマッスルポーズ。世の男を以下略で自信満々を隠さず示して見せた。
……思うに、こういうとこも影響されてんだよなニアのやつ。
おそらくだが、自身ありげな振る舞いと自信なさげな振る舞いが謎に共存しているニアの在り方はハーフ&ハーフ。前者は三枝さんに影響……というか三枝さんの真似をしているところがあり、後者こそ素の根本なのだろう。
基本的な口調もそうだけど、親友大好きっ子かよ超可愛い────
パシャリ。
「は?」
「送信……っと」
「は?」
なんて、脳内でセルフに惚気ていたら謎に写真を撮られて誰彼へと送られた。
は?
「なにしてんの???」
「いえ、おそらく、親友の想い人が親友に対して惚気ていただけという喜ばしい事象ではあるのですけれども……それはそれとして、ですねぇ」
「だからどういう読み力してんだよ怖いって。俺ってマジそんなわかりやす」
「それはそれとして、個人的に承認欲求の塊を自認する女クリエイターとしましては、欠片も意識されないというのも腹立たしいものがないわけではないなと」
「な、なに、なん、なに言ってん」
「なので、腹の虫を納めるために惚気顔をニアちゃに送り付けました。『私の前で彼氏がこんな顔してますぜー!!!』という迫真のメッセージを添えて……」
「なにしてくれてんだ!」
斯くして数秒後、鳴り響くはメロディチャイム。
別に罪は無いはずだが反射的に焦り猛り元凶の顔と玄関方向とで視線を右往左往させる俺、そして優雅に珈琲カップを傾けつつ半笑いの愉快犯。
その後、どうなったか。
納品受領作業が、全く必要性のない混沌に呑まれた。
それはそれで楽しい時間であったとしても。事実に基づいて俺の中で【三枝日和】という名の要注意指名手配度が上昇したことは、言うまでもない。
ゆうて口実ができたから「わーい」って来ただけだけどねニアちゃん。
どいつもこいつもメイン級のバグ。




