得難きは隣に
────そして、没頭するまま、まずは一日。
「……希君?」
「ん、おう」
時間と心血を一抹一欠一滴も残らず全てを注ぎ込み、どうにかこうにか『今日はここまで』と美稀の許可が下りるラインまで辿り着けた後のこと。
俺と同じくヘロヘロになっている楓から、声を掛けられた。
「ん、と……いい?」
「大丈夫だぞ」
場所は廊下……邸宅のスケールに相応しい、大きく長く広々とした廊下。つまりは、誰かと通話でもしたい時に欲しいスペース程度は確保できる廊下にて。
俺が手にしていたスマホを気にした楓に対して『もう済んでる』と端末を振って見せれば、いつもいつとてパッチリした愛嬌お目々がパチパチ瞬き、
「じゃあ、その……────はいっ」
「っふ、はいはい。どうぞ、マネージャー殿」
ソラとは異なる意味合いでのパートナー、友人としての絶妙な距離感。俺に倣うようにして『ぽすっ』と背中を廊下の壁に預け、隣に並んだ楓が挙手をする。
いつからか癖というか、お決まりとなった切り替えの合図。曰く元気な掛け声と併せて気合いを入れ、友人から『お仕事モード』へスイッチを入れているらしい。
微笑ましい。とはいえ────
「ではでは…………──まずは、いつもの。コラボ打診とかスポンサー提携の申し出とかアレコレについて……えー、件数は聞きますか?」
「遠慮する」
「了解です。ということで、いつもと同じくサラッと目は通したけど……」
「あぁ、いつもと同じく。楓の目に託してあるから任せるよ」
美稀に負けず劣らず、この四條家ご令嬢も頼りになり過ぎる大物なのだが。
「うぅ、信頼が重いなぁ……」
「実績に応えてるだけだぞ」
────四條グループ。
戦後復興の時代にて、爆発的に日本の文化が近代のソレへと上り詰めていく頃。小さな呉服屋から始まり、次いで大規模商業施設との提携を足掛かりに各方面へ手を伸ばしたと思えば、瞬く間に国内有数の企業グループと成った仕事人の家系。
今も畏れられているのは、その『観の目』とでも言うべき時流を捉える洞察眼。攻め時、引き際を決して見誤らない一族として、界隈では相談役といった地位すら手に入れているようで、実質的にライバルが存在しない頂点企業様である。
……然して、そんな天上の家系に生まれた令嬢様が、普通に育っているわけがなく。当然のように幼い頃から帝王学等の英才教育を受けている楓は、純粋無比に言葉通りの意味合いを以って俺のような一般人とは根本的に〝格〟が違う。
普段よくもまあ偽りナシにオタクグループで天真爛漫な笑顔を振り撒いているものだと、冷静に考えれば甚だ場違いかつ不釣り合いな人間なのだ。
地頭の出来など諸々のスペックは勿論、仮に可視化して比べることができたなら、そもそも思考の形から一般人とは別物と思われる────そう思わされざるを得ない様を、この一年未満で数え切れないほど見せ付けられてきた。
サラッと目は通した。馬鹿言うなと。
「やっぱ聞いとくわ。それぞれ何件くらいあった?」
「え? え、とね……商品関連イメージキャラクターとしてのコラボ打診が27件、CMとかメディア系の出演依頼が12件の紙面インタビュー系が49件……」
「………………」
「あ、あと珍しいのはアイドルとしてのスカウトなんてのもあったよ。……その、あれ、宛名が『ハルちゃん』だったことを除けば、ちゃんと真面目な感じで」
「ふーむ…………紙面インタビューとやら、割合は? 新聞とか雑誌とか」
「へ? えと、2:8……くらいだったかな。うん、新聞というか簡単な情報冊子みたいなのが……ん、丁度10件。残りがいろんなジャンルの雑誌系だね」
「成程なぁ」
ほら、コレである。自分のスマホを確認する素振りすら見せていないのに。
仮想世界の俺みたく瞬間記憶なんてズルに頼っているわけでもない。彼女は出来の違う頭で隅から隅まで読み込んで、全ての情報を完全に統制管理しているのだ。
「……、……? 珍しいね? あんまり突っ込んだ内容とか聞きたがらないのに」
「丸投げについては誠に申し訳ないと思っている」
「ぁ、やっ、違っ、いいんだよ? 私の! お仕事! ですからっ!」
だからもう、本当に本当の幸運だったと感謝するしかない。
「なら、お言葉に甘えて。これからも難しい話は楓に任せる」
「が、頑張ります……!」
「ちなみに、処理は?」
「ぁー、ぅー…………今回も、全部ごめんなさい、かなぁ?」
「信頼してるぜマネージャー。存分に俺の【星架】を振り翳してくれ」
「うぅ、やっぱり重い……!」
あの日。楓が俺に話しかけていなかったら、以降も話しかけることがなかったのなら、今よりも幾分か生き辛い『今』が在ったのかもしれないから。
勿論、楓だけではない。そも名高き難関大学に現役合格を果たしている面子という時点で、美稀も俊樹も翔子も一般基準で言えばメチャクチャ優秀な人材の部類。
それでいて各々が良い意味で一癖二癖を備えて強みを持っており、また個性が喧嘩することもなく理想的な形でチームとして纏まっている。
「……? なに?」
「や、なんでも」
────率直に言って、手放せない。
だから、こっちもこっちで近い内、真剣に考えださないとならないだろう。
将来のこと。現状の形。進むと決めた道、未来への展望……大学生としては当たり前だが、多忙の尽きない立場に転がり込んで考える暇もない大難事。
マネージャー様に丸投げしている無数の超難事と比べてしまえば、大したことではないのかもしれないが……やはり、どこまで行っても俺の魂は一般人寄り。
一歩ずつ、転ばぬように足元を確かめながら、
「よし焼肉でも行くか。明日もあるんだ、英気を養っとこうぜ」
「ぇっ、いきなり」
「気分じゃなけりゃ他のでも」
「ぁ、いえいえ今日はお肉の気分になりましたー!」
精一杯の速度で駆けていければ、それでヨシとしておこう。
相手が主人公じゃなけりゃメインヒロイン。
なおマネージャー様の元へ下りてくる前にも当然ながらチェックの目があり、そこで大多数は落とされての数がコレらしいです。




