出陣一撃
生まれてこの方、積極的にイベント事へ参加するということをしてこなかった。
資金を貯めて、仮想世界アルカディアへと飛び込んだことが唯一と言えば唯一の人生における特筆点。そんな風に生きてきたものだから、ほんの気まぐれで応募した【干支森】招待枠に当選してしまったのを「二つ目」と思ってしまったくらい。
数百倍とも数千倍とも言われている倍率を擦り抜けてしまった驚きと共に、降って湧いたのは不安と申し訳なさ。なぜって正直な話、ほんの気まぐれだったから。
【曲芸師】……──【星架】は、嫌いじゃない。
四柱を代表とする活躍の映像は何度も楽しませてもらっているし、ファンなのかと問われたら特段わざわざ否定するような気も湧かないだろう。
けれども、その程度。彼に一目会うため血眼になって抽選結果を天に祈るガチ勢に比べれば、ライトというのも憚られる存在でしかない自分などが。
ほんの気まぐれの結果として、そんな幸運に恵まれるべきだったのかと。
そんな遠慮の思いを抱え参加して、果たして楽しめるモノだろうかと。
────結果として、憂慮は杞憂であった。
天性の人たらしにして巻き込み上手。世が親愛を以って揶揄う【Haru】というプレイヤー。そして、その彼に影響されながら友であろうとするプレイヤーたち。
気付けば彼らの『もてなし』に夢中となっている自分がいて……あぁ、これが人の羨望を集める人間なのか、と。値するからこそ、そう在るものなのか、と。
別に舐めていたわけではない。関心の向く速度が人より少し遅かっただけ。だから、そう、結局は……────自分は自分だなと、辟易した。
輝きに触れては見上げるだけ、憧れるだけの一般人その他大勢。やはりこれは自分にとっての特筆点二つ目であり、齢二十五にして指折り数えられる程度しかソレを持たない自分は、これからも適当に染まり染められ生きていくのだなと。
楽しむポジティブと、その裏に並列するネガティブ。
全くもって普通。全くもって、ありきたり。
不安の裏で、らしくない期待なんてするもんじゃない────自分は結局、不意に出会う特別な出来事の中で『自分も特別になれやしないものか』などと、せめて何かが変わるキッカケが舞い込んで来ないものかと……。
天に捧ぐは無責任な神頼み。
否、神頼みとさえ言えない形も曖昧で薄い煩悩。
それを強烈な輝きに……世が『主人公』と称するに相応しい特別な人たちに魅せられ、蹴飛ばされたような気になって、ほんのり切ない思いを抱え労働に励む。
そうさ、幸運にも近付けたとて、私なんて星々の影でヒッソリあくせく働き、ありもしない人生の転機を薄惚けに夢見るままウェイトレスでもやっていればいい。
そうさ、これはこれで楽しいじゃないか。
これはこれで楽しい。そのくらいが何者でもない自分にはお似合いだ────
……なんて、
どうでもいいことを、グダグダ延々と考え続けていたのがよろしくなかった。
「────っ、お……!?」
完全に自分の不注意、意識散漫。
給仕盆を片手に振り返った先。見上げるほど大柄な男性プレイヤーが席を立ったタイミング、そこへ絶妙な間の悪さで自分が飛び込んでしまった形。
こちらはボンヤリ、あちらは不意打ち。
のんびり異世界生活の場としてアルカディアを割り切っている自分は、日常を送るだけでもジワジワこつこつと上がり続けるレベルはあれど体捌きなど凡のソレ。
対する男性プレイヤー。装いから戦いの場を主とする剛の者であらせられるのは察せられるが……──残念ながら、超人は遍くプレイヤーを示す言葉ではない。
ビックリしたのも相まって、衝突した硬ッッッたい胸板(鎧)に弾き飛ばされるようにして後ろへ倒れる自分。宙を舞う給仕盆。更には解き放たれる空いた食器の数々と、トドメに勢いよく額へクリーンヒットした空の大ジョッキ。
それだけの情報量を叩き付けられて、誰でも簡単に対処が利くはずもない。
ゆえに…………あぁ、恥と。
せっかくの場で無様を晒して、迷惑を掛けて、誰かの心の中で笑われる。自業自得とはいえ、私の人生そんなんばっかじゃんチクショウめと────
ほろり、胸中で取るに足らない自分を嘲笑いつつ涙を流す、その瞬間。
「……っ、…………………………………………………………………………?」
悲哀なる転倒の衝撃は、いつまでも背面を襲うことなく。また鈍臭い愚か者が起こした騒ぎに、羞恥を煽る騒めきが辺りを満たすこともなく。
後ろへ傾いた体勢のまま、何かに────誰かに、支えられていると。
気付き、思わず無意識に固く瞑っていた目蓋を持ち上げて……瞳を、開ければ。
「────大丈夫ですか」
目前一杯。微笑んでいたのは、天使……いや妖精……いや、お姫様…………なんと形容すれば足りるのかも思い至らぬ、空恐ろしいほどの真白な美貌。
「お怪我は?」
「ひゅっ……ぇ、へ、いえ、あの…………」
仮想世界だ。腐ってもレベルだけはそこそこの仮想体だ。たとえ転んでいたとして、頭を打ったとしても怪我など負わない。とか、そんな場合ではなく。
「────……」
「ひ…………ぇぇえぇ…………」
視界を埋め尽くす、優しくて、綺麗で、穏やか極まる微笑みが、凡の煩悩に溢れる凡庸な頭の中身を一瞬にして『絶対』で以って洗い流していく。
然して、悲鳴ともつかない鳴き声を上げて硬直する自分に────
「……ふふ」
〝彼女〟は、また一つ微笑を重ねると。
自分たちに支給されたものとは明らかに別物。一目で底知れない価値とスペックが見て取れる給仕服を身に纏う、自分よりも小柄で華奢な姿。
それがどうしたと言わんばかり、まるで逞しく頼もしい男性にリードされるかの如く……スッとダンスを踊らされたかの如く、一瞬でクルリと回され立たされて。
「はい、どうぞ」
「ぇっ……」
手渡されたのは、被害者男性の額を直撃したジョッキも含めて、ぶち撒けてしまった全ての食器が綺麗に載せられ整えられた給仕盆。
然らば、呆気に取られるまま夢現な自分へ────再三。
「気を付けて、ね」
和装メイド……天女にしては珍しい装いを纏う〝彼女〟は、かの【剣ノ女王】も斯くやと思わざるを得ない至上の微笑みを、他ならぬ自分に投げ掛けて。
「ふぁ、ぁ……」
気安い同僚へするように肩を優しく叩いて、優雅な足取りで擦れ違った。
……ほんの、僅かな時間。
思えたことは、二つだけ。
────え、誰?
そして、
「………………ぇ、推します……」
人生で初。魅了された果てに湧く、夢中という名の感情であった。
あーあ。




