怪物の産声
────〝清算〟とは、清く算ずるということ。つまりは貸し借りなどの関係性を正しく整理した上で、綺麗に結末を付けることを言うのが一般的。
必要に際して迫られることが多い事象ということで、基本的に清算する側にとっては『責任』という観点から苦いものと成るパターンが多く有り得るだろう。
少なくとも今回の件で。〝清算〟という言葉は、無数に存在する二字熟語の中でトップクラスに恐ろしい言葉として俺の胸に刻み込まれた。
以後、俺は生涯において決して忘れない────今日、この日を。
そうとも。絶対と誓った、己が信念を曲げて……曲げざるを得ない、団結怒涛の攻め手に膝を突き、無念不本意のままに敗北を纏った今日という日を……。
…………………………即ち、
「「────かっっっっっっっっっっわ……!!!!!」」
「おぉ……」
「……一周回って、腹も立たないわね」
「…………………………………………………………殺せ」
日本男児が、履くべきではない物を、履かされた、忌まわしい日を、永遠に。
────時は夕刻、場は自室。
そして集うは五人、現在の外見だけで言えば全員女子。つまり転身体の俺を除けば、残酷を運んできた張本人たる死の職人二人と駄妹と野次馬先輩の計四人。
然して藍色、オレンジ色、水色、黄色の瞳から放たれる四対の視線が一直線に注がれているのは、他ならぬ俺こと絶望に暮れる死者一名。
そうともさ、はは……まさしく、死者に相応しいモノクロの装いだ。笑えよ。
「…………な、なんか、着せといて、なんですけども」
「う、うん、だ、大丈夫かな、これ? なんかの犯罪とかに問われるんじゃ」
「無料公開は憚られる、かも、しれない……?」
「やっぱ冷静に眺めてたら腹立ってきたわ。いい加減にしなさいよアンタ」
笑えってんだよ。しげしげと観賞してんじゃねぇ……‼︎
男 に メ イ ド 服 な ん ざ 着 せ て 何 が 楽 し い っ て ん だ よ …… ! ! !
「殺せよ……俺は、ここまでだ…………」
「いやぁ、その格好で『俺』ってのも乙なものが……」
シンプルだからこそ奥ゆかしくも華がある、白と黒の共演その究極系。溢れる魅力は確かに男の夢と言えようが、立場が変われば夢は悪夢と成り代わる。
誰が、自分で、着たいと、言った。
清算……成すべきことだと説かれようとも、あんまりな仕打ちである────
「まーまーまままぁ……ほらほら俯いてないで、ご自分でも見ましょうってば」
「やめろ止せトドメ刺そうとすんな……!」
と、打ちひしがれているところ手を取られ、反射的に抵抗しようとするも諸々が気になり過ぎている精神に引っ張られ身体が上手く動いてくれない。
そんな俺を、ノノさんは満面の笑みを見せるまま……余計なことしやがって、いつ用意した物やらリィナがインベントリから取り出した姿見の前へ連れていく。
然して、連れていかれたならば。加えて、加勢に掛かった野次馬子猫の糸繰りによってクイと顎を持ち上げられてしまったならば────
「…………………………………………………………………………………………」
俺の目に映ったのは……絶句して然りの、鬼に金棒。
もとい、超絶美少女にメイド服。
ノノニア曰くの、和メイド仕立て。着物めいた大きな振袖、袴めいた膝丈スカート、転身体こと裏側の一張羅【白桜華織】に寄せた風味か派手と清楚の握手会。
エプロンドレス味として大袈裟になり過ぎない程度にフリルで飾られた上衣。実は外見完全にスカートとして見えるだけで内部はキュロット構造の下衣。その合わせ部分に帯の如く巻かれた飾り紐など、細部に散りばめられるは桜の刺繍。
なにがどうなってそうなってんのか見当も付かない抜群の安定性と違和感のなさで逆に不安になる足元は、下駄を思わせる装飾形状の厚底ブーツ仕様。プラスそこだけは有難い露出を埋める黒のストッ……アンダーウェア。そして、
頭の上には、当たり前だろと言わんばかりピタリと落ち着くヘッドドレス。
普段の超ロングサイドテールから改め、シニョンに仕立て上げられている髪型に、先住の【藍心秘める紅玉の兎簪】と併せて綺麗に合致する造り────
とまあ、やってる。間違いない。
完全に、事前準備時間を経た計画的犯行である。
「…………………………………………………………ニア」
「ぁはい」
「…………………………いつから企んでた?」
然らば、合作の主導者であることを既に自白済みの藍色へ問えば。
「ぁー……────キミが退院した、日?」
「なんてことしてくれやがる確信犯め……」
……まあ、そういうことらしい。
つまるところ、なぜ俺が絶対と謳っていた信念を曲げてなおかつ確実なる死を視ていながら折れて屈してコレを着るに至ったか……────
ひとつ、前回イベント時のドタキャンに対する埋め合わせ。
ひとつ、今回イベントの引き籠もり案件に対する埋め合わせ。
そして、ひとつ────あの日、ソラとニアついでにアーシェのメイド服を拝んだのだからキミも着て見せるべきだよねという謎理論ゴリ押し。
それらの併せ技による、強行論破が理由である。
……いや、わかってるんだ。
わかってはいたんだ、そんなん別に、幾らでも反論の種はあると。生存の余地は残されていると、心の中で冷静な俺が高らかに叫ぶ声は聞こえていたんだ。
だが、しかし……。
────ふーん……?────
────つまり、こういうことかな────
────それが君の中で『あたしたちのメイド服姿』の価値、と────
……いや、無理じゃん?
そんなん勝てないじゃん?
完膚なきまでに反論の余地が潰えて然りじゃん?
なにを礼としても惜しくないレベルで、最高だったに決まってるじゃん???
「……………………………………………………もういい、殺せ」
ゆえの、コレである。殺せ。
「アンタ開き直りは得意技でしょうに。楽しめばいいんじゃないの、そのくらい」
「男の尊厳に関わる大事を『そのくらい』だと……?」
「可愛い。アイドルできる、よ」
「お前は『兄』と呼ぶ男に対して慰めソレで合ってんのか?」
「まーまーまーいいじゃないですかぁ! ほんっとドン引きするくらい似合ってますよ無敵ですよ無敵のハルちゃんですよ世界デビューいっちゃいますかぁ? ってぁー既にもう全世界デビュー済みでしたね参っちゃうなぁ世界一ぃ!!!」
「お喋り柑橘類がよ……」
「お喋り柑橘類!?」
わいのわいの。現在進行形で深き心の傷を負っている男子を囲み、女子各々は好き勝手に盛り上がり実に楽しそうで大変結構だ。マジで大変結構……。
と、パチリ藍色視線マッチング。
「…………満足ですかい」
「ごめん、超満足……んへへ」
そんで一応は申し訳なさも瞳に映しつつ、けれども結局どこまでも素直に楽しげ嬉しげにニヤついているニアを数秒だけ半眼で睨んだ後────
「……………………、……っはぁああぁぁぁあぁあぁあぁぁ…………!!!」
俺は、馬鹿デカい溜息を長々と一つ。
全ての羞恥を吐き尽くすつもりで棚引かせて…………カチリ、と。この後のことを見据えて、長らく出番を失い放置されていたスイッチを入れた。
なんのことか、決まっている。
時は夕刻────即ち、夕飯時。そんなタイミングでグループ員各位に対する『埋め合わせ』としてメイド服……もとい給仕服を着せられたのだ。
求められていることなど、決まり切っているゆえに。
────そして、そうであればこそ。
「……? ん、おや、え、なんかあの、雰囲気が」
「は? なに、どしたの」
「うるせぇ猫蜜柑」
「「猫蜜柑……!?」」
仮想世界へ飛び込んで以降、まだ数えられる程度しか人に見せていない『俺』の得意分野で以ってして、目にもの見せてやれる逆襲の芽があるのだと。
「もう知らん────俺の自暴自棄を見せてやる。覚悟しやがれ」
いざ、ヤケっぱちの地獄を撒き散らしに行くとしよう。
次回以降、加害者含めて全員死す。
ノノニア合作とか言うヤベー服のスペックは地獄の後で。




