無用な会議
時刻は昼を周り、午後三時のおやつ時。
思わぬイベントを挟んでワーワー盛り上がりはしたものの、元を正せば真面目な状況。然らば、いつまでも愉快に遊んではいられない。
────まあ、それはそれとして。
「と、大体そんな感じだな」
心を穏やかにする楽しみくらいはあっても良かろうと、そこは真なる自称メイド(?)の腕が光るところ。並ぶは当然とばかり用意されていた紅茶や菓子。
邸宅とはいえ家庭のリビングということを忘れさせるような、物の見事なアフタヌーンティースタイル。華やぐテーブルを囲むは五人……。
や、それっぽく傍らに控えメイドロールを謳歌しているメイドを除いて四人。
「『外部機脳』云々の技術的どうたらこうたらは俺も理解できてないけど、俺一人が気絶した件については気絶したからこそ安全の証明になるんだそうで」
「……………………安全機構、と、言われたら。そ、そうなんでしょうか……」
昨日。入院部屋を幸明氏が訪れアレコレ診断結果を話してくれた折、ソラとニアへの詳しい説明は「どうせ会うんだろう?」とのことで俺とアーシェに任された。
勿論、病院側からも改めて連絡や通達があることだろう。
けれども俺たちが件のマイペース医師から言葉で渡された通り、問題ナシと判断が下された以上は今回のことに最早『緊急性』は存在しない。
とりあえず、まず君たちの言葉で安心させてあげなさいってな気遣いだ。
それどうなん? と、思わなくもない。しかしまあ────
「【Arcadia】のマニュアル……あの辞書みたいな書物を私も完全には覚えきれていないけれど、叔父さんの説明や推論には確かに妥当性も説得力もあった」
そこはそれ。俺はともかく、かのアリシア・ホワイトが語るのであれば、下手すりゃそこらの医者様よりも……なんてのは流石に言い過ぎかもしれないが。
「記憶混濁に関しては、ともかく。ハルの件については……前提として異常なのはハルの方で、その異常に対しても【Arcadia】は問題なく対処した。できると証明してみせた……だから、むしろ安心すべきと言うのも間違ってはいないと思う」
「「………………」」
少なくとも、二人にとっては多大なる信頼からの安堵を齎すだろうから。
……ともあれ、
「しっかしまあ、意識プツンがセーフティってのも『雑じゃね?』って感はある。確かにソレで俺の頭は守られて結果はオーケーって話なのかもしれんが……」
「……そうね。未知への不安は拭えない」
何度でも言うが、理解できない存在に対する疑念が全て消えるわけではない。
それは、
「「………………」」
沈黙を重ねた二人も、やはり同じようだ。
────んなもん当たり前。他でもない『脳』が云々かんぬんの話である。
ある意味で人間にとっての〝全て〟と言って差し支えない、そんな部分に関わってくる不測の事態。結果としては確かに『無問題』なのかもしれないが、実際に起こったソレを経験してしまったという事実が無視できない。
『まあ、その』
ゆえに、
『怖いよね、普通に……』
「…………そう、ですね……」
その感情からも、目を逸らすべきではない。
アフタヌーンティーセットにメイド服。相変わらず視界は華やかだが雰囲気は一転、俺も含めて誰も彼も真剣そのもの────重ねて、当たり前である。
大切な人の安全が、関わってんだから。
だからこそ……────これから、どうするか?
俺たちが今こうして集まったのは、各々が各々にそれを問うため。即ち、結果として無事は約束されたとはいえ、怖い目に遭ってなお……仮想世界に戻るのか?
また怖い目に遭う可能性が在って、それでもなお、
仮想世界に、惹かれるのか?
「「「「………………」」」」
沈黙が四人分。おそらくは、誰一人として考えていない。
正しくは、自分以外の三人が……俺ならば、ソラとニアとアーシェが、どう考えているだろうと、それしか考えられていない。なぜか……──
決まってるよな。
言うまでもないことだろうけど、言わなきゃ始まらないので言わせてもらう。
「ごめん。俺は行くよ、また」
疑うことなく、最も心配された身であろうから。謝りを添えて、端的に。意味は明白。即ちアルカディアへの再ログインの意思を示した俺に────
「私もよ」
まず真っ先に、アーシェが続いた。
「…………」
そして、おそらくは同意を示すニアの挙手が次いで……最後。
「────……」
「私の説得は、もうずっと前に済ませたでしょう?」
ふと、傍らのメイドへと視線を振ったソラが。
「……私も、また、行かないと」
ぽつり、ぽつり、その先で。
「まだ、……────はい」
思い詰めているような雰囲気はない。何がしかの感情を押し込めたような色も見えなかった。けれども、確かに、まだ俺たちの知らないことを抱えてか否か。
「私も、です」
その声音を最後に、俺たちの意向は出揃った。
理由は様々。思惑は様々……だろうが、結局のところ最大の要因は一つ。
「まあ正直なところ、今更だもんな」
ただ、それだけのことだ。
「えぇ」
『それは本当にそうなわけで……』
「…………そう、ですね」
俺たちは……────というか、この世界は【Arcadia】のことを何一つ理解できちゃいない。ネジの一つまで分解しても、解明されたのは不可能の三文字だけ。
そんな得体の知れないものに身体や意識を預け、理解の及ばない夢とデータで構築された幻想世界に喜び勇んで飛び込んでいった。その時点と、
今の時点、何も変わりやしないから。
安全保障やら何やらは、そのもの『四谷開発』様や国やら何やらが声高らかに謳っている。結局のところソレを信用するしかないのが世の常だ。
別に、仮想世界に限った話ではない。
極端な話……もう本当に、極端が過ぎる例えではあるのだが────
「……んじゃ、相談はナシってことで?」
思わぬところで転んだからと、ヒトは歩くのを止められるのか? ってな。
それだけ俺たちにとっての仮想世界は……延いては、あの世界で俺たちを待っているであろう俺たち自身、その手が結んだ繋がりの数々は、
もう今更、それぞれにとって切り離せない存在になっているのだから。
そして全員が各々そうであることを、出会ってから一年未満。しかし仮想世界の時間加速も手伝い、実時間を遥かに超えて深い関わりを紡いだ俺たちは……。
この場にいる四人とも。そんなどうしようもない『プレイヤー』として完全に染まり切っていることを────互いに、知り尽くしていたから。
「私は、いい」
「はい」
『うん』
互いのことを慮ってなお、心配してなお、異議は一つも上がらなかった。
まあ無理でしょうよ。人にもよるんだろうけど、私なら無理です。
いつでも証明するんで誰か早く仮想世界を造り上げてください。




