集合
翌日。幸明氏に言われた通り、俺はサラッと退院した。
もう本当に、じゃあ帰るかーと支度を済ませて病室を出たなら直行で外。我が行く道に誤り無しとばかり堂々と隣を歩くアーシェがいなければ、謎の不安に駆られて何度でも『本当に出てって大丈夫か?』と振り返っていたことだろう。
アレな身分にあって管理されているがゆえの自由、というやつか。面倒な手続きに時間を取られない特別待遇、喜ぶべきか畏れるべきか微妙なところである。
とまあ、そうこうして三日ぶりの外出と相成った現在────
「────元気そうで何よりだよ」
「よく言うぜ。『まあ特に心配いらないと思うよ。異常なんか何もないはずだからねハハ』とか何とか適当に笑いながら見送ったくせによ」
「ハハ、手厳しいね」
「はい出たソレだよ適当笑顔」
「……結果的に、言う通りではあったけれど」
「そうだろうとも」
「自信の根拠を知らねぇから腹立つんだよなぁ……」
アーシェ共々、安全走行する車内。
病院まで迎えに来た我らがシェフ……もとい、四谷開発代表補佐こと千歳和晴がハンドルを握る車の後部座席へ納まっていた。
口でも言ったが、小憎らしいことに彼の表情は三日前と変わらず。
異常事態に遭って動揺し混乱する俺たちに『心配無用』と微笑んだ時のまま、なにも不測の事態などないとばかり穏やかな顔で俺たちを迎えたのが暫く前。
それから挨拶もそこそこにチクチクつついてはみたものの、この通り。こゆるぎもせずに笑みを返す和さんは、最初から────
本心から、確信しているのだろう。今回のこと、なんの心配もないのだと。
「…………」
「…………」
「…………」
気まずいというか、どう構えればいいのやら迷うというか。
並ぶ沈黙が三人分。思えば落ち着いた微笑以外の表情を稀にしか見ない大人一名を除き、おそらく俺とアーシェの心中は大体のとこ似たようなものだろう。
結局のところ……この人たちが何を考えているのか、わかんねぇんだよなと。
「…………千歳」
「なんだい?」
と、だからといって何から聞きゃいいのか判断が付かない俺とは違い、いつものことアーシェは冷静かつ悩まないし躊躇わない。
「今回も、どうせ見ていたのでしょう?」
「あぁ、そうだね。観測者が俺の仕事だから」
然して、問いの言葉は淡々と放たれる。
「────どうやって。どうして。どうなった?」
もう容赦もなく、そっちがその気なら慮る気はないとでも言うように。やり過ぎなくらい言葉を削った端的で鋭利な問い掛けに、千歳和晴は苦笑いを零して、
「────秘密。仕事。君たちと同じ、さ」
そっちがその気ならと、意地悪でもするように……──そんな風に見えたのは、果たして俺の中に親愛と共存する疑念があるからなのか否か。
「和さん」
「なんだい?」
アーシェに続いて、俺も口を開く。ホワイトの姫君に倣ったとして俺では淡々も様にならないだろうから、自然体の仏頂面で適当に。
「心配、しなくていいんです?」
なにを? ────なんて、おそらく問いは返ってこないだろう。
誰あろうアリシア・ホワイトと端的な会話を成立させられる人間だ。俺が適当に削った言葉など容易に汲み取り理解するであろうから……ほらな。
「必要ないだろう?」
彼は当然とばかり。
ルームミラーを介して、プレイヤー二人へ微笑んだ。
◇◆◇◆◇
「────それじゃあね。また迎えが必要になったら連絡を、時間は問わないよ」
「あいっす」
「ありがとう」
斯くして、到着した目的地。玄関先へ着けた車の窓から笑みを向ける運転手は俺たちの礼を受け取り、ヒラと手を振ってから道を走り去っていった。
……然らば、
「来るの初めて……じゃないんだよな?」
「えぇ。何度か女子会で来てるから」
振り返って其処に在るのは、現ホームこと四谷宿舎に非ず。決して大豪邸ではないものの、それでも『邸宅』と呼んで差し支えない品のある立派な建物。
玄関のチャイムを鳴らせば……────これは、単に俺の意識を原因とした錯覚なのか否か。感じ取れるのは警戒を要するべき圧と気配。
扉を開けて、現れるのは、
「────……」
「…………ご、ごめんなさい」
「……どうして謝ったの?」
にこり笑顔の、美人なメイドさんだった。
「お元気そうで、何よりです」
俺たちを屋内へ招き入れた後。
単なる趣味でメイド服を仕事着としている自称メイドこと夏目斎さんは……どこかの誰かとは異なり、一目で純とわかる安堵を伝えてきた。
然らば、こちらも『よく言うぜ』なんて言葉は選択肢になく。
「ご心配を、おかけしまして……」
ただただ恐縮するまま頭を下げれば、彼女は穏やかに微笑んだ。
「心配の便りなど、多くの方から溢れるほどに貰うだろうと思いましたので、私からは特に連絡をいたしませんでしたが……」
やはりそれは、どこかの誰かとは異なり、晒された本心とわかる温かさ。
「重ねて、お顔を見て安心しました。アイリスさんも」
「ん……」
珍しいことであるのは確かだが、こういう部分も兼ね備えているのは元より知っていること。珍しいなと感心するのは失礼にあたるだろう。
それに加えて、
「……ふふ────ソラのことでしたら」
これ。俺が……様子を見るにアーシェも、このメイドと顔を合わせるのに少々の緊張を抱いていた理由が、揃い畏まった態度の要因。
妹のように大切な家族が、訳のわからない目に遭った。
そして俺たちは、その状況に際して共に在った人間。……勿論、俺たちが『おかしな目に遭わせた』犯人というわけではない。
わけではないが、確かに関わった者ではある。それだけではあるが、人間というのは得てして『それだけ』でも言い表せない責任を錯覚するものだ。
ゆえに、俺もアーシェも程度の差はあれど恐縮していたわけだが。
「あの子が仮想世界に関わることで不可思議な目に遭ったとして……意外に思われるかもしれませんが、私は誰にも文句を言ったりするつもりはありませんよ」
本人が言う通り、意外なことに。斎さんは『気にしていない』と……──
いや、違うか。
「心配は、勿論させていただきますが」
心配はするが、咎めはしない。
ただ見守るだけ。そう決めているとでも言うように。
「きっと、あの子に必要なことですからね」
自称メイドにして姉のような彼女は、妹の『冒険』に寛大な様を示した。
────そこにはまだ、俺が知らないソラの何かに関わる秘密の約束があるのだろう。であれば、俺たちは親しい少女の未知領域への好奇心を抑えつつ、
「…………ご心配を」
「……おかけしました」
改めて。不要と言われた恐縮を廃して、純粋に俺たちへ向けられていた心配に対してのみの謝意を告げた。さすればメイドは柔らかく微笑み、
「では、どうぞ。二人はリビングです」
流れで玄関に留まってしまっていた俺とアーシェに上履きを勧め、本物のメイドが如き見事な立ち振る舞いで廊下を案内してくれた。
────案内、してくれて。
「………………」
「ん……?」
「……?」
リビングの扉前。ドアノブに手を掛けて一拍、何故か後ろに続く俺たちの方を振り返り、にこり微笑んだ斎さんを見て瞬間的に走る嫌な予感。
嫌な予感というか、経験から来る勘付き。
ぁっこの人なんか企んで────そう察した俺が咄嗟にアクションを検討。ドアノブを回す彼女の手を制すか、回れ右をして玄関へ撤退するか、
他諸々の、選択肢を選べぬ内に。
ガチャリ。
「ぁ、もう斎さん、早く着替えないとハルたちが来ちゃ────ぇっ?」
「────っ!?」
開かれたドア。拓かれた景色。────そして披露された、天の絵図。
その場に固まったのは、ニコニコしながら悠然とリビングへ踏み入っていった諸悪の根源。そして目をパチクリしながら「かわいい」と呟いたアーシェ。
を、除く計三人。
つまるところ……三日ぶりに見るのを楽しみにしていた二人の顔と併せて、予想だにしていなかった装いが彩る光景を真顔で拝むまま硬直した俺。
そして、事前に『今から行く』と連絡をした上でチャイムまで鳴らしたというのにどうしたことか。俺たちの到着に気付いていなかったと思しき……──
「ぇ、えっ……えぅっ…………────‼︎」
「────……!!!」
ソラさんと、ニアちゃん。より正しくは……。
「ぇ、あの、なんというか、ありがとうございま────」
「あっち向いてくださいぃっ……!!!」
『あっち向けぇ!!!!!』
謎にメイド服を装備した、お二人さんであった。
元気そうで何よりじゃんね。




