馬鹿来襲
そして、暫くの間が過ぎ去った後。
「────それでは、ね。諸々の手続きは……まあ、どうせ君ら以外の誰かが済ませるだろう。今日でも明日でも、いつでも自由に帰るといい。おつかれさん」
「えぇ……」
なんというかもう、いろんな意味で自由の極み。
結局は用を成さなかった謎ファイルを手に、散々と俺の脳細胞を知識の暴力で苛め倒した幸明氏は颯爽……とは言い難い足取りで、ふらっと病室を出ていった。
「エメリアさんといい、幸明氏といい……これがホワイト家の一族……、……」
然して、我が道を行くというか手本のような『好きなことを好きなだけ好きなように』といった振る舞いに晒され、取り残された俺は呆然と────
「……なんで私を見るの。あまり偏見を持たないで」
音もなく閉まった扉から、隣。同じく取り残された『お姫様』へと視線を移せば、ガーネットの輝きはパチリと瞬いた後に不本意そうな半眼へ細められた。
「自由人と趣味人の家系ではあるけれど、別に変人の家系じゃない。エメリーや叔父さんのような癖の強い人たちばかりじゃないから。……ん、違う、から」
「そっかー」
「……、だから、どうして、私を見るの」
どうしてと言われたら半ば冗談。そんで半ばの半ば悪戯心ってか珍しい顔が見れそうだからという小学生並の意地悪によるものだったが、まさしくのこと。
本当に不本意というか、言ってしまえば若干なり嫌そうな顔をしたアーシェに手の甲を抓られるという得難い経験を賜った。世界の宝が如く超かわいい。
アレな特殊能力の備わっていない現実の頭といえど、今日この瞬間の惚気た情景を俺が忘れることはないだろう────なんて、戯れはその辺に。
というか、
「むぅ……────今日、もう帰る?」
長々と俺に弄られてくれるアリシア・ホワイトではない。
レア顔の顕現時間は極僅か。物の数秒で常の無表情に戻ったアーシェは、首を傾げつつ早々かつ単刀直入に以降の如何を俺に問うた。
担当医様から直々に『いつでも帰ってヨシ』……即ち、アッサリと退院の許可を頂戴してしまったからなと。それも驚くべきほどの適当さで。
まあ、とはいえだ。
「や、明日だな。どうせほら、オカンやらオトンやらへの連絡とか。ソラさんニアちゃん他諸々への連絡とか。帰ろうが今日やること変わらんし……」
「……そうね、私も要報告先が沢山ある」
であるならば、別に気を急くように爆速退院する必要もあるまい。時間も夕方手前で微妙な頃合いゆえ、明日ゆったりと帰らせてもらった方が丸いだろう。
……あぁ、そうだ。それとついでに、
「あと、これは結構どうでもいいけど暫くしたら来客あるかもだし」
といった具合に、此処での予定が一件ないこともないから。
「……? 聞いてないけれど」
「悪い、忘れてた。本当に来るつもりなのか判断が付かんくて……」
重ねて、あるかも。
昨日の夜、唐突に連絡が飛んできたかと思えば『明日ちょい顔出すかもしれん』と来たもんで────ハッキリ好き嫌いを申し上げさせていただけば、非確定の文言で予定合わせの気遣いを求められるのは基本的に嫌いである。
なのでこちらも返信一発目から、遠慮も容赦もなく『出さんでヨシ』と絵文字も顔文字もスタンプもナシで親愛を叩き付けてやったのだが返事ナシ。
だからまあ、ぶっちゃけ無視して帰るのもアリかと思わんでもない……と、
「あー……うん、来るらしい。ってか、来やがった」
枕の横へ放置していたスマホを拾い画面をタップ。
さすれば輝く通知欄────いや通知欄は最近ありがた半分の迷惑半分くらいの勢いで常に数件から数十件が溜まっている有様なのだが、その最前。
つまりは最新位置に表示された、堂々たる『来たで』の三文字。
「ほら、ご覧あれよ。この馬鹿野郎っぷりを」
然らば、呆れを口から零しつつ画面を傾けアホの所業を共有すれば……。
「……ふふ」
なぜだかアーシェはスマホではなく俺の顔を見て、微笑まし気に頬を緩めた。
◇◆◇◆◇
────と、いうことで。
「おいーっす邪魔すんでー」
「邪魔するなら帰ってー」
「なんでやねん茶ぁ出せや茶ぁを」
「なんでやねん入院患者への見舞い役だろテメェ」
来襲の馬鹿もとい、来襲の虎。
静音性抜群であるはずの扉をガラッと豪快に開け放ち颯爽登場。翻るは見慣れた虎柄ブルゾン……ではなく、小癪なことに品の良いスーツのジャケット。
実用性一本のタイトな黒革戦衣に代わり、身に纏うのは大人の正装。そしてスタイル良好な長身の天辺、乗っかっているのは茶髪のツンツン頭────
では、なく。
「……解釈違い甚だしい。チェンジで」
「誰?」
「いい度胸だな、このバカップルが」
なんというか、こう……なんというか…………なんか、その、なに?
────後ろはサッパリ清潔感、前は小洒落てサラッサラの黒髪。涼しげ切れ長の黒い瞳。頬のラインや鼻筋など、全体的にシュッとした輪郭……。
装いも併せて、端的に形容するのであれば。
「インテリヤクザ……?」
「誰……?」
「よーしわかった、即刻退院」
そんなこんなの、トラッキー。
「いや、お前……おま、えぇ…………?」
誰あろう、現れたのは……──仮想世界は北陣営ノルタリア序列第七位、その名もタイガー☆ラッキーこと【大虎】その人 with リアルフェイス。
面影はといえば、表情から滲む雰囲気ばかり。
見るからに年上の男性は、死ぬほど似合っているのが死ぬほど違和感を撒き散らしているスタイリッシュ眼鏡を指先で持ち上げつつ────
「まあいい────茨木 角助。初めましてだ、お二人さん」
やはり堂々たる仁王立ちから、力強い名乗りを叩き付けてきた。
いえ、私は良いと思います。
良いと思います。
どうでもいいけど馬鹿来襲って語呂良くない? また来週みたいで。
いや来襲したのは馬でも鹿でもなく虎なんですけど。




