診断結果
「────しかし、同時に少々意外でもある。君なら一人でも考察に辿り着いていそうなものと思っていたが、その様子を見るに気を向けたこともなかったかい?」
「……私は研究者じゃなくて、プレイヤー」
「あーはは、それはそうだ。頭が良ければ誰も彼も同類と見なすのは悪い癖だな」
……──とか、なんとか。まだ話が続いていきそうな感じを傍観者として眺めている俺の方へ、ギョロリと黒い瞳が向いた。こわい。
「と、いうことなんだが……どうだい?」
「どうだいと言われましても……」
今の会話内容を理解できたかという意味合いの問いであれば、清々しいまで欠片も理解できていませんと胸を張る他ない。いやまあ、
「…………………………えー、……一個? だけかどうかわからんですけども」
馬の耳に念仏、俺の耳に説法だとしても、一応は真面目に聞いていた以上ちょっとした気付きくらいは拾えなかったわけでもないが。
「その、矛盾? ありました、よね……?」
「ほう」
然して、そう言ってみれば幸明氏は疲労に淀んだ眼を微妙に輝かせて俺を見た。そんな興味津々に期待を向けるのは至極やめていただきたいところだが……。
「仮想世界でアバターを動かしてるのは、あくまでも現実世界の俺たちの頭……シナプス? が、発端だとか何とか。だから、向こうの俺たちも造り物じゃなくて俺たち自身なんだとか何とか。っそ、そういう話でしたけども……」
「うん、うん」
そして、身を乗り出し謎に顔を寄せてくるのも勘弁していただきたいものだが。
────ともあれ、
「それ、無理じゃないです? 少なくとも、数十万倍の時間加速中は、無理ですよね? それやっちゃったら結局のところ仮想脳は関係なく、一秒の間に数十時間分の思考のキッカケを俺たち自身の頭が撃ち出してるってことに────」
「いや素晴らしい‼︎」
「うわビックリした……!」
「いやぁわかっちゃいたが春日君も中々のものじゃぁないかね? 普通、頭から尻尾まで理解不能な会話をぼーっと聞きながら核心に勘付いたりできないよ!」
「仄かに煽ってます???」
思ったことを並べてみれば、返ってきたのは至極オーバーな称賛のリアクション。そんな言うほどかと軽く引きつつ、アーシェの方にも視線を振ってみる。
お姫様は、なぜだか無表情で器用にドヤ顔していた。
次いで、俺の視線に気付いては、
「ふふ」
「ふふ、て」
なぜだか、頭を撫でられた。テストで良い点とった子供かぁ?
「春日君が指摘してくれた通り、そこが肝だ。アイリス君の解答『過去と未来に同時存在』にも関わる特大の矛盾点にして研究者らが匙を投げる無法でもある」
しかしまあ、受け入れるに吝かではなく。誰に対してのものなんだか自慢げ得意げに俺を褒めるアーシェの手に甘やかされながら、
「まさしくだよ。思考の開始点となるのは現実世界に在る我々の脳に違いない。そこは、並べ連ねて解説するに数時間は要するであろう数多の実験検証から……それなりの、精度で確が取れている。『そうだろうなぁ、そうであってくれ』と自分たちを誤魔化せる程度、それなりの精度でね。まあ要するに適当なんだが」
「え? 適と────」
「だというのに、だというのにだ。君たち上位層のプレイヤーは稀少な『思考加速スキル』などの数ある例外を以って、その本来は逃れられないはずの現実のくびきから往々にして解き放たれる。────然して、だよ!」
「急にデシベルかち上げんの控えません?」
ノリにノってきてしまったのだろう。勢い付いてきた幸明氏の解説ってか演説に避け得ず苦笑いを浮かべつつ、足りない頭を回して話の行く先を懸命に追う。
そして、
「では、その時。君たちのアバターは誰のシナプスが動かしている?」
放たれた〝核心〟であるという問いに……。
俺が当然のこと『知りません』と、ただただ顔で返した後────
「未来の、君たちさ」
幸明氏は、またも俺を無理解の領域へと置き去りにした。
◇◆◇◆◇
────そして、数十分後。
「え、最も単純で簡単とか言ってませんでした???」
「ハル。この人にとっての『最も単純で簡単』よ」
「つくづく俺は頭脳に関しちゃ凡なんだって思い知らされましたよハハ」
「いやぁすまないねぇ。つい熱が入ってしまい……」
怒涛の説明解説演説はギッチリ凝縮の研究者ペースで爆速進行。
途中から真実もう何を言ってんだかと拝聴を半ば放棄していた論文音読のようなソレが、ようやっとのこと一旦の幕引きへと辿り着いてくれたらしい。
重ねて、
「あの、はい。まあザックリとは、はい。えぇ、まあ、はい」
「理解したとは口が裂けても言わない姿勢が逆に真摯だね」
「いい子なの」
全くもって、頭は追い付いていないものの。
「結局のところ、現状お手上げってことすよね?」
「その通り。今ある全ては結局、足りない我々の推論でしかないのさ」
まとめると、そういうことだ。
流石にコレでほぼ確だろ。そうであってくれ────くらいの距離までは詰めている気になれども、どうしても詰め切るまでには辿り着けない。
奇跡に対する確証が生み出せない。即ち、これまで幸明氏が語ってくれた頭爆発不可避のアレやコレやが行き着く結論は……。
「与太話、程度に留めとくのが吉ってね」
「えぇ……」
と、そうなってしまうんだとか。
まあ、俺の頭じゃ留めるのさえ困難だけどなと。────シナプスがどうたらとか、情報の可逆性がどうたらとか、無エネルギーの零反動無限回反復相互更新がどうたらとか、拡張時間の並列展開による疑似的な時間跳躍演算がどうたらとか、仮想重複現実の限界収束による事象剪定回帰がどうたらとかとかとか────
「……、…………………………………………」
「……おつかれさま。無理しなくていい」
知恵熱が出そうな頭を、宥めてくれる手だけが救い。全くもって真なる『天才』たちは、こんな世界に喜び勇んで常から浸っているのものなのかと。
今、新たに改めて尊敬と畏怖を覚えるままオーバーヒートする俺を他所に。
あぁ、もう、ほんと、今は他所に置いといてもらって……──
「それでは、だ。残りの二つは、もっとバッサリ片付けてしまおうか」
「ん……叔父さん」
「なんだい?」
「バッサリのバッサリのバッサリ、くらいでいい」
「あっはは、了解だ」
当初に上げた三つの疑問。その残り二つについて、幸明氏は話を移行させた。
「では二つ目、君たち全員に起きた『休眠の強要』について。これはおそらくシンプルに負荷を散らすため……というのは正確ではないな。どちらかといえば、君たちに納得の欠片を与えて多少なり不安を散らすためのポーズのようなものだろう」
「ポーズ……?」
「先に話した通りだよ。かの『外部機脳』が在る限り、君たちの現実脳に仮想世界の情報処理による負荷は生じない。しかし、その実感が一切ゼロか言い訳が存在するかでは精神的な受け止め方が大いに変わってくるだろうということだ」
「…………成程」
元気な俺なら『今ので理解成立したの?』とツッコミを入れていたことだろう。今の俺は黙して沈、へぇーと無理解を頭の中で呟いて了。次へ進む。
「そして三つ目。春日君だけに起こった意識断絶……──これに関しては、むしろ正しく機能した安全の証明と捉えておくべきだろうね」
「……?」
「おそらく……『おそらく』ばかりで至らない無様を晒すばかりだが……春日君限定の特異性である『記憶』の才能、それが物語進行における記憶削除と喧嘩をして不可避のエラーを起こす前に、仮想世界から追い出された。それだけだよ」
「…………」
元気な俺なら『いや「それだけ」て』とツッコミを入れていたことだろう。今の俺は黙して沈、ほーんと鳴き声を頭の中で棚引かせて了。先へ進む。
「【Arcadia】の解説書にも載っている絶対安全機構さ。仮想世界没入に際して何らかのエラー(使用者の体調不良あるいは筐体不備等の原因を問わず)が生じる可能性を検知した場合、機体は事前かつ自動的に緊急ログアウト処理を実行する」
「……それは、確かに、読んだ気がする」
「はは。君は、説明書を熟読するタイプのゲーマーだったね────まあ、そういうことさ。春日君が、その安全機構の世話になった一人目……まあ、確認されている限りは一人目の例となった。現状そう捉える他にないだろうよ」
「つまり……」
「今回、春日君に起きたのは『異常』ではない。あのトンチキ不明存在【Arcadia】が、プレイヤーの中でも際立つ特異たる春日君という異常存在とのシステム噛み合い齟齬だろうとも、完璧に安全対処可能とする『証明』……と、私は見る」
「黙ってるからと思って好き放題に言ってません?」
と、元気じゃない俺も遂にツッコミへと踏み切ったが────
「………………つまり、」
指先。また、いつの間にか頭の上から遷ろっていた温もりを感じて。
「ハルは、本当に、なんともない?」
「あぁ、大丈夫、きっとね。断言できないのは相手が相手だから、許してくれよ」
言葉を引っ込めておいた俺の隣。アーシェは、細く息を吐き出して。
「…………よかった」
あの日から、ようやくのこと。真に気を抜いた顔を見せた後、そっと。
額を俺の肩へと乗せて暫くの間、動かなくなった。
本気で理解させるために解説を入れようとすると十万字ぽっちじゃ足りないので諦めてくださいまし。フワッとでいいんだよフワッとで。




