16:バイク少女とジロウ
「やったな」
「はい」
強敵を制したサクラとフーカはハイタッチを交わした。フーカの表情は初遭遇からは信じられないほど柔和なものになっていた。
「ところでフーカさん。チャットで出てきたんですが、なんで私が一人で倒したみたいな扱いになってるんですか?」
「あー、それはだな……お前と私がパーティ組んでなかったからだ」
このゲームの仕様だ。パーティを組まずに敵を倒すと、最後に攻撃した者が倒した扱いになってしまうのだ。
サクラとフーカはパーティを組まずにデスオオカマキリを倒してしまったので、最後に攻撃したサクラが討伐者に認定されてしまった。
「ええ!! どうしよう!? 私そんなつもりじゃ」
「いいんだよ。それに一匹目はお前だけで倒したじゃねーか」
「それは強い方をフーカさんが受け持ったからで……」
「補助しかしてない。大体のダメージはお前だ」
「でも、でも!」
「でもじゃねぇ。あー、でも素材だけ分けてくれよ。半分こな」
「わかりました! 半分でいいんですか?」
「半分じゃないと受け取らん」
「……わかりました」
素材を全部渡してしまいそうなサクラをフーカが制する。サクラはインベントリ画面を弄って素材を実体化した。原っぱにカマキリ由来の素材がドサドサと落ちる。
「鎌が一つに、甲殻四つ。脚は……二つずつですね」
「よし、これで恨みっこなしだ。もうグチグチ言うんじゃねーぞ」
「はい。あ、あと新しいスキル手に入れたんですよ。【蟷螂斧脚】っていうんですけど」
「ほう。どんなのだ?」
「これです」
サクラが説明するためにフーカの横に移動し、スキルの詳細画面を開いて見せた。
―――――――――――――――――――――
【蟷螂斧脚】
自分の脚を蟷螂の得物に見立てて放つ後ろ回し蹴り。
相手のレベルが自分より高いほど威力が上がる。
正式名称は『蟲森寺拳法蟷螂斧脚』
取得条件
自分よりレベルが高い【デスオオカマキリ】をカウンターで倒す。
『蟷螂は、如何なる難敵にも立ち向かう。仏敵に対する心構えとせよ』
蟲森上人はそう言うと巨大な風車に戦いを挑んだ。
―――――――――――――――――――――
「どうですか?」
「……強いな。めちゃくちゃ」
「どうしましょう!? やっぱり素材はフーカさんに全部あげます!」
手柄に加え、強いレアスキルを手に入れてしまったことに焦るサクラ。流石に申し訳がないと思ったのだろう。
「あー、うん。でもオレが倒してたら入手できなかっただろうしなぁ。しかも弓だから使えんし」
「でも流石にダメです!!」
「そこまで言うんなら……」
「はい!!」
サクラが速攻で素材をばらまき、緑の甲殻や鎌が地面に広がる。フーカがそれらを一つずつ拾ってインベントリに放り込んでいった。
「よし、受け取った。もうこれで終いだからな。あとそのスキルあんまり他人に見せびらかすなよ」
「なんでですか?」
「余計な敵が増えるからな」
「……わかりました」
「わかればいい」
フーカの警告にゴクリとつばを飲み込むサクラ。その足元に灰色の毛玉が近づく。子オオカミのジロウだ。
「わふ」
「おー、ジロウ。ごめんね構ってあげられなくて」
サクラが頭を撫でると、ジロウは気持ちよさそうに目を細めて舌を出した。
「ジロウって名前にしたのか」
「ワン」
「はい。可愛くないですか?」
「うん? うん、そうだな。なんでジロウなんだ?」
「昔、お祖父ちゃんの家で犬を飼ってたんですが、その名前がジロウでした」
「へぇ、でもそいつオオカミだぞ」
「雰囲気が似てたので。ちっちゃい頃はこんなだったなと思ったんです」
祖父の家の犬小屋に繋がれていた姿を思い出すサクラ。まだ幼稚園にも行ってないころに祖父が拾ってきた雑種の子犬。幼い桜花といつも遊んでくれた友達だった。
月日が経って、祖父の家に行くたび互いに成長しても、ずっと顔を覚えていてくれた。そして自分より遥か先に老いて逝ってしまったのだった。
「……そっか、なるほどな。なら正式に名前を付けてやらんとな」
「正式に?」
「ああ、他のプレイヤーにも分かるように名前がつくんだ。たしか契約アイテムに触れながら【オプション】だったかな」
「こうかな? 【オプション】」
サクラが首飾りに触れながらそう言うと、目の前に半透明のパネルが出現した。その中に一つ、〈NAME〉と書かれた欄がある。触れるとキーボードが現れた。
「ジ、ロ、ウ……っと。決定!」
「ワン!」
サクラがそう言いつつキーボードのエンターキーを叩くと、ピコンという可愛らしい音が鳴った。そしてジロウの頭上にはピンク色で【ジロウ】という文字が浮かび上がった。
「出来た! 改めてよろしくね、ジロウ!」
「ワン!ワン!!」
「うわぁ、くすぐったい!」
サクラの顔をペロペロと舐め回すジロウ。様子を眺めていたフーカだが、その表情は微妙だった。
なぜなら、
「……なぁ、サクラ」
「こらジロウったら! なんですか?」
「今気づいたんだけど、その、ジロウな、メスだぞ……」
「えっ」
「名前がピンクだしな」
「……」
「クゥーン?」
フーカが申し訳無さそうに伝えると、サクラの表情が固まった。それを見たジロウが困惑の鳴き声を上げて首を傾げる。
「どどどどどどうしよう!! 女の子にジロウって付けちゃったぁぁぁ!!!」
「お、落ち着け! 変更とかできんのか?」
「そ、そうだ! 【オプション】!……ああ、ダメです!! タッチしても反応ないです!」
再びオプションを呼び出し、名前を変えようと奮闘するが、全く反応がなかった。契約モンスターの名付けは一回きりと決まっているようだ。
「駄目か、なら仕方ない」
「うう、ごめんね……」
「ワフ?」
「その、どんまい。ちなみにメスならなんて名前にしたんだ?」
「ジョセフィーヌ……」
「すっごい洋風だな」
「?」
二人の苦悩もどこ吹く風。当の本人であるジロウは舌を垂らして尻尾を振っていた。
「もうジロウでいっか。しかし、困りました」
「うん? 何が?」
だがサクラには別の悩みがあった。
「バイクで旅するなら、この子をどうしようかなって。さすがにバイクの後ろにいてもらうとかは危ないし」
「あー、それな」
「一応この首飾りに収納できるみたいなんですが」
「その必要はないぞ」
フーカがサクラの悩みをきっぱりと必要ないと言い切った。その眼差しがいつにもなく真剣な物になる。
「流石フーカさん。なにかいいアイデアが?」
「ついでにバイクを手に入れる方法って言ってたな。その答えもだ」
「え?」
「インベントリ、オープン」
フーカが手元のパネルをスイスイと滑らせて、『それ』をタッチした。
メニューから現れた光が一箇所に集まって輪郭を作り、実体化する。
「これって」
「ああ」
『それ』を見たサクラが目を見開いた。目の前には憧れに憧れた物があった。
「お前にやる」
「バイク……っ!!」
それは、側車付き自動二輪車だった。
「でもこれって!」
「いいんだ」
「でも」
「……」
突然、叶った夢にたじろぐサクラ。それに対してフーカは視線をまったく変えず、冷静に言い放った。
「――オレにはもう、必要のない物なんだ」