17:『サクラ』と『桜』
「え、えええええええ!?」
サクラにとって願ってもないことが起こった。フーカがサクラにバイクをやると言い出したのだ。
そして目の前には実際にそれがある。
「フーカさん、やっぱりバイク乗ってたんですか!?」
「なんだ、やっぱりって。気づいてたのか?」
「まあ、薄々は。バイク乗りの苦悩を知ってましたから」
「あー、なるほどな」
フーカが恥ずかしそうに頬をポリポリと掻く。隠してきたつもりだったらしいが、フーカも紛れもなくバイク乗りだった。
「これがフーカさんのバイクですか」
「ああ、βテストの時に貰ってな。正式リリースのときに引き継がせてもらった」
「へ~!」
「試製魔力駆動式自動二輪車“桜”乙型。それがこいつの名前だ。おもしれーだろ?」
「私と同じ名前だ……」
サクラは奇しくも自分と同じ名を持つモノを見つめた。
その側車付き自動二輪車は花を模したような光沢のある薄紅色のボディカラーと、鏡のように輝く金属色のパーツで構成されていた。
枝のように細く真っ直ぐなスポークに支えられたタイヤと、それを保持する太枝のようなフロントフォーク。隼の翼のように広がるハンドルの間には、眼鏡のように二つのメーターが。そして丸い前照灯は満月みたいに陽光を反射している。
水滴を思わしめる流線型の燃料タンクの下には、∨字型に開かれて配置された二気筒の発動機があり、そこから春の小川のように曲がった銀色のエキゾーストパイプが後方へ伸びている。
小舟のような側車は本体と同じ桜の色で、予備のタイヤが取り付けられている。
それらを青黒いダイヤモンドフレームが繋いで、一つの車体を作り上げていた。
しかしそれは、古風な見た目も相まって、陸を荒々しく駆け巡る『バイク』というより、むしろ美術館に飾られるべき『骨董品』のようにも見えた。
「綺麗……ですね」
「ああ、本当にな。だがオレには過ぎたものだ。だからやる」
「いいんですか?」
「……ああ」
「本当に?」
サクラがフーカの顔を覗き込んで聞く。フーカはそれに答えようとしたが、思わず言葉を詰まらせてしまった。サクラの表情があまりにも無垢な、悪く言えば全く感情のない「無」の表情をしていたからだ。深い緑の瞳がフーカの目をじっと見ていた。
「……いいんだよ。もう使ってねぇし、場所だけ取って邪魔で仕方なかったんだ。お前と出会ってやっと思い出してな、それまで置物だったんだよ」
「…………」
「あーっと、それにもう飽きたしな。うん。もうめちゃくちゃ乗り回したんだ。ゲームだから綺麗だけど実際だったら傷まみれかもなー、なんて」
「…………」
「あー、いや! ごめん傷はないし壊れてもない。まだめっちゃ動く。だから持っていってくれ。……なんだどうしたんだ」
「…………」
フーカの口から次々と、言い訳がましく言葉が出る。それでもサクラは何も言わず、ただフーカを見ているだけだ。フーカはサクラから目を反らした。
「そ、そうだ、お前の友達に頼まれたんだ。スノウってやつ。知ってるだろ?」
「……スノウをご存知なんですか?」
サクラがようやく口を開いた。スノウとはサクラのリアルでの友達、雪那のことだ。いつもゲームで使っいる名前だったが、ここでも使っているようだ。
「ああ、βでパーティ組んでてな。お前と出会った頃だったかな? チャットが来て相談されたんだ、いいバイクないかって」
「だからあんなに嬉しそうにしてたんだ……」
学校でフーカのことを話したときの雪那の様子に合点がいった。つまり全部裏で仕組まれていたのだ。
「そうだ。そう言うわけで、これは今日からお前のもんだ。それにお前に助けられたお礼もしてないしな。ありがとう」
「……そうですか、それなら」
サクラが結論を決めた。それは、
「結構です」
「…………はぁ!?」
「お気持ちはありがたいのですが、受け取れません」
否定の言葉だった。サクラは夢にまで見たバイクを断ったのだ。
「ば、バイクなんだぞ!? お前が欲しがってた! わざわざそのためにゲームまで買ったんだろ?」
「いいんです。自分で手に入れることにしました」
「お前ふざけんなよ!? なんでそう人から物貰うの遠慮するんだよ!!」
「遠慮ではないですよ。流石に今までのとは話が違います」
「何がだ!」
サクラの答えに対してフーカが唾を飛ばしながら声を荒げる。サクラが何を考えているか分からない。遠回りさせられて怒っているのか? それともスノウのことを秘密にしていたから?
いずれにせよ、サクラなら喜んでバイクに飛びつくと思ったのにこの有様だ。
「フーカさん。一つ聞いていいですか?」
「あぁ!?」
「バイク、嫌いですか?」
「あ、ああ!」
「嘘をつくな!!」
「っ!」
サクラが突然語気を強めた。目にいっぱいの涙を浮かべて。堰を切ったように言葉が飛び出す。
「さっきからなんなんですか! やれ必要ないとか、過ぎたものとか、邪魔だとか飽きたとか!! どうしてそんなにひどいこというんですか!!」
「ほ、ほんとのことだろ! だから手放すんだし……」
「じゃあその辺に捨てときゃいいじゃないですか!」
「はぁ!? これがどんだけ貴重か」
「じゃあ売ればいい!!」
「そ、それは……」
「できないでしょう!? 大切なものだから!!」
「別に、大切とかそんなんじゃ」
「ならどうして今まで大事に保管してたんですか!? わざわざ場所取って! それにせっちゃんに聞かれた時に、これをいいバイクだと思ったんでしょ!?」
「なっ……」
フーカの言葉が詰まる。目の前の少女に、何個も年下であろう少女の気迫に圧倒されていた。
「フーカさん、バイク好きなんでしょ? なのに、なのにそんなこと、言わないでくださいよ……!!」
「それは……お前が貰いにくいかなって」
「ふざけないでください!! じゃあこれの良いところを教えて下さいよ! そっちのほうが何倍も欲しくなりますから!!」
「あ……」
「だいたい、フーカさんの言うこと全部言い訳にしか聞こえなかったです! まだバイクに乗っていたいのに、自分で抑え込んでる。そんなふうにしか聞こえないですよ! なんで好きなものを諦めようとするんですか!!」
「違う、オレは……」
心にサクラの言葉がグサグサと刺さる。言い返す言葉もない。ただサクラの怒りの声を聞くしかなかった。
「私にバイクを諦める理由を押し付けないでください。迷惑ですよ……!」
「違うんだ……」
「何がですか」
「押し付けるとかそんなんじゃ……」
「なら自分が乗ればいいじゃないですか」
「オレだって、オレだって! バイクに乗りてぇんだよ!! こいつで走りたいんだよ!!」
フーカの感情がついに爆発した。今まで言い訳で固めてきた思いを吐露する。
「じゃあなんで」
「もう乗れねぇんだよ!」
「……なにがあったんですか?」
フーカの目から大粒の涙がボロボロと溢れ出した。
それから乗れなくなった理由をなんとか言葉を絞って語りだす。
「オレはな、リアルでもバイクに乗ってたんだ。色は違うけど、ちょうどこんな感じの。バイトしてちょっとずつ金貯めて、ずっと憧れてたの、やっと買ったんだ」
「やっぱりそうだったんだ……」
「バイク好きだったからな。それからしばらくしてこのゲームのβテストに当選してさ、そこでもバイク手に入れたんだよ。ちょうど一年前くらいだ。オレはリアルでもゲームでもバイクで走ってたんだ」
「走ってた? 過去形ですか」
「そう。……今から半年前。オレはリアルで事故にあったんだ。バイクで走ってたら横から車が急に来て、ね」
「それは……」
「ああ、不幸な事故だった。どうやら車の死角にいたらしくてね。気がついたら病院だった」
「……」
「そこで足に違和感を覚えてさ。立とうと思ったんだけど、駄目だった」
「え……?」
「……オレの足はさ、もうゲームの中でしか動かせないんだよね」
「まさか、そんな……!!」
「ぶつけられた時にガードレールに強く身体を打っちゃったらしくて、医者が言うには、もう、一生……っ!」
フーカが涙ぐみながら声を震わせる。それはもう弱々しく、いつものフーカからは考えようもないほどだった。
「だからもう、バイクには乗れないんだ……!!」
「そう、だったんですね」
「ああ、車も電車も大丈夫なんだけど、バイクだけが駄目なんだ。こっちで乗ってみようと思った時もあったんだけど、いざ跨ったら、怖くて、何も、出来なかった。乗りたいのに、走りたいのに、風になりたいのに、身体が動かないんだ」
「ごめんなさい、私、すごい失礼なことを……!」
サクラはこれまでの言動を深く恥じた。フーカは乗らないのではなく乗れなかったのだから。
「いや、仕方ないさ。オレだって諦める理由にしちまってたんだからな。オレのほうが悪い。それにバイクのことバカにしちまった。これじゃあバイク乗り失格だ」
「フーカさん……」
「そういうわけだ。だからお前に持っていった欲しかったんだ。……バイクを見ると、辛くなるからさ」
「……わかりました」
サクラはそう言うとバイクの方へと近寄った。そしてハンドルに手をかけてシートにまたがり、エンジンをかけようとしたところで鍵と鍵穴がないことに気がついた。本来、鍵を挿すべき場所には紋章の付いた部品があるだけだ。
「これどうやって掛けるんですか?」
「ああ、すまん。所持者しか掛けられない。今変更する」
フーカがバイクの紋章に触れると、パネルが出現した。そこには各種情報と所持者の名が記載されている。
そこを弄ると、今度は枠が二つあるだけで何も書かれていないパネルがでてきて、上の方にフーカがサインした。
「ここにサインを」
「わかりました。このゲームってそんなことしなきゃならないんですね」
スラスラと自分の名前を書くサクラ。このゲームでは高額なアイテムを取引するのにサインが必要になるというシステムがあった。
「よし。これでこいつは今からサクラの物だ。エンジン掛けるときは【点火】って言うんだ」
「わかりました。【点火】!」
サクラが紋章に触れながらそう言うと、キュキュッと言う音の後にエンジンの野太い駆動音が響いた。
「ワン!!」
「ジロウ……おいで」
今まで黙って待っていたジロウがサクラの足元へ駆け寄った。サクラはジロウを抱えあげて言う。
「【戻れ】」
ジロウが光になってサクラの首飾りへと吸い込まれていく。契約モンスターの収納だ。
「戻す必要はないと思うがな。まぁ、そっちのが安全か」
「いえ、ありますよ」
「なんでだ?」
疑問を浮かべたフーカにサクラが隣にある側車を指して言った。
「乗ってください」
「……え?」
「側車に乗ってください。運転しますから。車とか大丈夫なんですよね? もし駄目だったら途中で止まります」
「いいのか?」
「はい!もちろん。一緒に走りましょう」
フーカの目に再び涙が溜まった。しかし今度は悲しみの涙ではない。
「ありがとう。サクラ……!」




