灰色の朝
「はあ、つまらない」
科学工場密集地帯にはいつも通りのスモッグに覆われている。大都市を覆うそれは一見すると霧のようにも見える。大規模な科学工場地区を中心に展開するこの街の空はいつだって曇天で、そこに住む人たちの心を映したようだった。
そんな街に住む神埼秋弥の心の中もいつも曇りのち曇りで、今では口癖となってしまったその言葉をぼやきながら、眼下に広がる灰色の故郷を眺めていた。
毎日毎日同じことの繰り返しで、全くもって生産性のない日々に心底嫌気がさすが、これと言ってなにかやりたいこともなく、時間の浪費を繰り返す日々。この街の人間は大半がそうやって生きていた。そんな連中と同類という事実とそれを自分から変えようとしない自分が秋弥は嫌いだった。
埃とオイル臭いこの街も、冷たく無機質で殺風景な自室も、口ばかりで自分は何も仕事をしない班長も、自身に金を無心する義理母も、無駄に明るい友達も、すべて 壊れてしまえばいいのにと、たまにすこしだけ現実逃避してみたりする。だけど決してそうはなってくれないのが現実である。
今もう廃墟となった鉄塔の階段を降りながら秋弥は義理母のことを考える。
’いつだったか。最後にあの人が来たのは’
廃墟の階段がカンカンと秋弥の足音だけを響かせる。
秋弥の両親は秋弥が幼い頃に事故死していた。その後秋弥は父方の親戚に引き取られることになった。幸運にもその人たちは秋弥と実の家族のように接してくれ、秋弥も両親を同時に失った悲劇から少しずつ立ち直ることができた。夫婦に子供がいなかったからか本当に可愛がられた。
が、
1年前、その親戚夫婦が離婚した。何の前触れもなかったため秋弥は少し戸惑ったが、それほどショックでもなかった。両親を同時に失った、あの時に比べれば…
しかし別れた後、自立した秋弥の元に豹変した義理母が金銭面で頼ってきたのだ。
良くしてくれた親戚夫婦に恩返ししたいと思う気持ちは当然あったので、秋弥がこの頼みを断る義理はなかった。義母は毎月秋弥のもとにやってきた。
来る度に白い歯を見せ、愛想を振りまいた後金をもらうとそそくさと帰っていく。
正直、自分は金ヅル感がはんぱなかったが、所詮は人の子、自分身の方が可愛かったのだろう。
しかしそれが1年も続くとだんだん鬱陶しくなってくる。
人間どんなありがたいことでも、それが日常になってしまえばそのありがたみを忘れてしまうものだ。
’オレは恩知らずなヤツなんだろうか…’
秋弥はそんな義理母の存在が退屈な自身の日常にいっそう灰色を落とし込んでいる気がしてならなかった。そしてその義理母の愛想笑いに笑い返している自分が嫌いだった。
目を覚ますと、そこはいつもの自分の部屋。いつも通りの朝。
壁に’’おはようございます、8:32 今日は3月17日 木曜日です’’
の文字が光っている。
あくびと伸びをしながら洗面所に向かう。コンクリートに囲まれた部屋、壁にある横長の窓からは淡い太陽光が射している。分厚いスモッグのせいで太陽の光はいつも弱い。秋弥は洗面台の鏡に映った ”今日の汚染濃度値は120です” の文字を見ながら
「今日はまたずいぶん高いな」
とぼやいた。
キッチンには昨日の夜食の食べカスが残っている。
秋弥はコンピューター制御で調理された朝食とコーヒーをテーブルに運んだ。ここも家事ロボットがいれば省略できるが、そんなものを買う余裕はないし、必要ないと思う。朝食はコンピューターが人の起床を感知し、調理するのでいつでもできたてだ。
「テレビ」
コンピューターの音声制御システムが働き、テレビ画面が壁に映し出される。
イスに座りながらコーヒーをすする。
「…まずい」
自分が味音痴なのかもしれないが、機械が入れたコーヒーはなんでこんなにマズいんだろう、
といつも思う。
ニュースでは最近話題の社会問題を報道している。
『次のニュースです。昨日、明朝に発表されました安全地行きの当選者の件について、高PAP取得者からは疑念の声が上がっており、一部では暴動も発生したとのことです。これらの対応について東京治安維持局(TMS)は—――』
’またか’
と秋弥は思う。いつものことだ今回も誰かの利権が関わっているのだろう。近頃はそんな事件ばかりだ。いや、明るみに出たのが最近なだけで大昔から人が集まるところには必ず闇があるものなのかもしれない。
国も国で経済を回すことしか見ていない。政府の役人は自分たちの都合のいいように国民を操って誰かに得をさせたり、都合の悪いことは権力で押しつぶす。本当にろくでもない仕組みの上にこの国は成っている。
時計を見ると8:45を示していた。9:00に出社なので支度を始める。
食器を洗浄機に突っ込みコンピューターが用意した仕事着を着て玄関へ向かう。
足早に靴を履くと、玄関を出た。




