プロローグ
「ここで……終わり、か……」
泥と血に塗れた地面に膝をつき、レオン・グランヴェルは荒い息を吐き出した。
王位継承権もなく、母の後ろ盾もない『冷酷な第二王子』。
それでも、自分を実の子として愛してくれた父王の役に立ちたくて、森の魔物討伐を引き受けた。
しかし――目の前に立ち塞がるのは、何十人もの騎士をなぎ倒してきた巨大な上級魔物。
剣は折れ、身体は傷だらけ。もう指一本動かす力すら残っていない。
(僕の人生なんて、最初からこの程度の価値だったんだ……)
諦めと冷めた思考が頭を支配し、レオンが静かに目を閉じた、その時だった。
――ドドォンッ!!!
腹の底に響くような凄まじい衝撃音が響き渡り、レオンは思わず目を開けた。
「……え?」
視線の先にいたのは、巨大な魔物……ではなく。
その魔物の巨体を、小さな拳ひとつで一直線に吹き飛ばした一人の少女だった。
頭からすっぽりとフードをかぶり、顔の下半分は布で隠している。
けれど、フードの隙間から覗くのは、小柄で可憐なシルエット。守ってあげたくなるような繊細で可愛らしい少女だ。
しかし、その少女は吹き飛んだ巨大魔物を冷ややかに見下ろし、可憐な見た目からは想像もつかない軽快な声で言い放った。
「は? なに調子に乗って大きな顔してんの? 邪魔なんだけど」
「つ、強い……!?」
絶句するレオンを余所に、少女は身軽な動きで跳躍すると、起き上がろうとした魔物の脳天へ強烈な飛び蹴りを叩き込んだ。
ゴスッ!! と重苦しい音が響き、魔物が悲鳴を上げる暇もなく地沈み込んでいく。
少女はニコニコと満足そうに笑いながら(目元だけでそれが分かるほどに)、倒れた魔物を容赦なく踏みつけ、ボコボコに罵倒しながら殴り倒していく。
圧倒的。理不尽なまでの強さ。
そして、恐ろしいほどのギャップと美しさ。
息をのむレオンのもとへ、魔物を一瞬で片付けた少女がトコトコと歩み寄ってきた。
彼女はレオンの傷口に手早く応急手当の布を巻きつけると、ドヤ顔(の雰囲気)で腰に手を当てた。
「命拾いしたわね、お兄さん。じゃ、私は急ぐから!」
それだけ言い残すと、少女は風のように森の奥へと走り去ってしまった。
手当てされた傷口を押さえながら、レオンはぽつりと呟く。
「……あ……」
胸の奥が、生まれて初めて激しく打ち震えていた。
冷たく凍りついていたはずの心が、一瞬で熱く焼き尽くされるような感覚。
(あんなに美しくて、苛烈で……圧倒的な人は見たことがない)
何も欲しがらなかった。何も望まなかった。
そんな第二王子が、初めて世界でたった一つの『欲しいもの』を見つけた瞬間だった。
「……待っていてください……。僕が、必ず……あなたを見つけ出しますから」
冷酷だった王子の瞳に、妖しい熱と深すぎる執着の火が灯ったのを、去っていった少女はまだ知る由もなかった。




