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ちょっと天然の女子はきらきらでピカピカになる  作者: ついざきまさひろ
第四章 丼物まで提供する、料理も接客も一流のレストラン

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第5話 ハッピーチンパン

 ***


「大丈夫ですか?」


 ……。


 調理用の白衣を着たおじさんの顔と、スーツを着た若い男の人の顔が、ふたつ、ありました。


 ……。


 私は、床に倒れていました。


 気を失っていたようです。


「大丈夫です」


 私は、自分の足で、立ち上がりました。


 ちょっと、体がふわふわする感じがします。


「本当に大丈夫ですか? 救急車を呼びましょうか?」

 白衣を着たおじさんが心配そうに訊いてきました。


「大丈夫です。救急車なんて、呼ばないでください。本当に、大丈夫ですから」


「そうですか?」


「あの……、すみません、できたら、お水をいただけますか」


「お持ちして」

 白衣のおじさんが、スーツの若い男の人に言いつけ、男の人は店の奥へ小走りに走っていきました。


「こちらにお座りになってください」

 おじさんは、私を、すぐ近くの空いているテーブルの席に座らせてくれました。

 キツネのきれいなお姉さんが座っていた席です。


 あ! 

 枯れ葉!


 テーブルの上には、枯れ葉がありました。

 二つに破れています。


 私は、その枯れ葉を、食い入るように見ました。


 ……。


「失礼いたしました」

 おじさんは少しも慌てることなく、落ち着いていました。

 客が食べ終えた食器を片付けるかのように、枯れ葉を手に取ります。

 そして、近くを通りかかったウェイトレスにそれを手渡しました。


 ウェイトレスは、私に会釈をして、店の奥へ、枯れ葉を持っていなくなりました。


 ……。


 と、少し離れた席に、あの大学生らしきカップルがいます!


 丼です!

 スジコ丼を食べています!

 しかも、笑顔で!


 おいしんでしょうか。

 生臭くなくなったんでしょうか。


 ……。


 私は、スカートのポケットに、そっと手をいれました。


 ……。


 ありました! 

 一万円札! 

 なくなってなんかいません。


「本当に大丈夫ですか?」

 

 おじさんは私の表情を見ていたようです。


 嫌だわぁ。

 恥ずかしい……。


「本当に、本当に、大丈夫です。ありがとうございます」


 私は、照れながら笑顔をつくると、両の肘を曲げて、二の腕の筋肉をつくる真似をしてみせました。


「ほら、こんなに大丈夫です」


 おじさんは、目尻にしわをつくって、微笑んでくれました。


 私は立ち上がって、頭を下げました。

「ご迷惑をおかけして、すみません」


「そんな。気にすることなんてありません。どうぞ、お座りになってください」


 おじさんは、もう一度、私を座らせ、自分も向かいの席に腰をおろしました。


 そこへ、スーツの若い男の人が、グラスと、銅製らしいピカピカの水差しを手にして、戻ってきました。

 手ずから、水をグラスに注いでくれます。

 

 私はお礼を言うと、両手で冷たいグラスを包むようにして、水を飲みました。


 搾ったレモンの味がかすかにします。


 ああ……。


 体が生き返るのがわかります。


 私はグラスの水を一気に飲み干しました。


「おいしい……」


 私は思わず、言いました。


 だって、本当に、おいしかったんですもん。


 生まれてからこれまで飲んだ水の中で、一番おいしかった。

 

 若い男の人は、黙って、またグラスに水を注いでくれます。


 私は、合計、三杯の水を飲んだところで、表にいるリクちゃんのことを思い出しました。


「すみません。友だちが外で待っているんです。友だちにも、お水を飲ませてあげてもいいですか」

 

 もしかしたら、リクちゃんも、おしゃれなお店の前で、緊張して、倒れているかもしれません。

 

 おじさんは、若い男の人に命じて、リクちゃんを店の中へと連れてきてくれました。


 リクちゃんは、店の中をきょろきょろと見ています。


 元気そうです。


 よかった……。


 私は、ほっと胸を撫でおろしました。

 

 白衣のおじさんは席を立って、リクちゃんに、そこへ座るよう、促しました。


 どうやら、リクちゃんは、なぜ自分が店の中へ呼ばれたのか、わかっていないようで、落ち着きなく、まるでサバンナから連れてこられたオサルさんのようでした。


 リクちゃんの胸のマントヒヒが、私にそう思わせたのかもしれません。

 マントヒヒは相変らず、野性味あふれた顔をして、リクちゃんと一緒に動いていましたから。


「すいません」

 ぺこりと頭を下げて、リクちゃんは席につきました。

 そして、答えを求めるような目で、私の顔を覗きこんできます。


「私、緊張しすぎて、倒れちゃって。それでお水、いただいちゃったの」


「ええっ! 大丈夫?」


「うん。お店のみなさんのおかげで」


 私は座ったまま、もう一度、白衣のおじさんとスーツの若い男の人に頭を下げました。


 と、リクちゃんも、テーブルにおでこがつくくらい、二人に頭を下げていました。


 私は、そんなリクちゃんを見て、申し訳ない気持ちと、うれしい気持ちが、ごちゃまぜになりました。


 ありがと、リクちゃん……。

 

 それから、リクちゃんは、お水をたて続けに、五杯、飲みました。

 その度に、「うまい!」って言いました。

 そうです、五回も。

 「うまい!」って。


 リクちゃんたら……。


「スジコ丼なのですが」

 私たちが落ち着いたようなのを見計らってか、白衣のおじさんが言いました。

「確かに、特別メニューとして、スジコ丼はあるのですが、この暑さの中、お持ち帰りでお売りすることはできないんです」


 私は、それはそうよねと思いました。

 私の喉がカラカラになったのも、緊張のせいだけではなかったはずです。

 とにかく、今日は暑いんです。

 河原へ持ち帰るまでに、スジコは暑熱で傷み、グリズさんは「オロロローッ!」になってしまうでしょう。

 残念ですけど、グリズさんには、野外でのスジコ丼をあきらめてもらうしかありません。


 と、私は、この時、おじさんが、オーナーシェフのジョンソンさんであることに気づきました。

 白衣の胸の、かなり横長の金色の名札に、「Dombey Johnson=ドンビィ・ジョンソン」と刻まれていたんです。

 カタカナ書きがされているから、英語を知らない人にも、ジョンソンさんはちゃんと名前を呼んでもらえますね。

 カッパーさんたちのシャツの「RESCUE=救助」と同じです。


 と、リクちゃんはチンパンジーのように、両手で頭を抱えていました。

 何やら、呟いています。


「スジコ丼……、託されたのに……、どうしよう……」


 そうでした、リクちゃんは、グリズさんと固い握手を交わし、自らピン札を受け取り、スジコ丼を託されていたのでした。


 でも、しょうがないよ、リクちゃん。

 グリズさんも、事情を説明すれば、わかってくれるよ。


「ここでめしあがることはできないのですか?」

 ジョンソンさんが私に訊いてきました。


「はい。私たちが食べるんじゃないので」


「そうですか……」

 ジョンソンさんはそう言ってから、小首を傾げ、チンパンリクちゃんを見ながら、少し考えているようでしたが、 

「お持ち帰りになったら、すぐにめしあがるのですか?」とまた私に顔を向け、訊いてきました。


「はい。チェリー川で」


「では、焼き鮭のおにぎりをつくってさしあげましょう」


「え! そんな、いいんですか?」


「大きいのを、四つも、にぎれば、よろしいですか?」


「はい!」

 私は、笑顔でうなずきました。

 ジョンソンさんのおにぎりは、なんだか、特別なおにぎりのような気がしました。

「ありがとうございます!」

 私の脳裏には、グリズさんが、鮭のおにぎりを、さわやかにワイルドに、そしておいしそうに食べる姿が浮かんでいました。


「うわーっ! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 リクちゃんも笑顔で、ジョンソンさんにお礼を言いました。

 もう、頭を抱えて困るチンパンリクちゃんでは、ありません。

 ハッピーチンパンリクちゃんです!

 

 ジョンソンさんは、にこにこしながら、シェフハットというのでしょうか、コックさんの帽子をかぶりました。

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