40✦☾「あの夜」の秘密
その翌日──セラヴェル伯の部屋にて。
今回も、お嬢様の衣装を頑張ったメイドチームは、セラヴェル伯じきじきにお褒めの言葉をいただいていた。
(なお、前回チェスカが気にしていたご褒美は、しっかりいただけている!)
舞踏会での騒動について、セラヴェル伯やセズネイ様、アデリーナ様の三名は、よく把握しておられた。
……というより、三人とも心配が過ぎて、こっそり舞踏会に潜入していたらしい……。
セズネイ様が、思い出すかのように目を閉じ腕を組む。
「お嬢様が理不尽な罵倒を受けられた際には、セラヴェル伯自ら、受けてたつと言わんばかりに躍り出ようと……、止めるのに苦労いたしました」
すると、心外と言わんばかりに、セラヴェル伯も口を開く。
「何を言う。わしが、セラヴェル家たるもの、あれしき自力で乗り越えねばならぬと言うを無視して、乗り込もうとしたのはむしろセズネイでは──」
アデリーナ様がお辞儀をしつつも、二人の間に割って入った。
「いえ。ご両者ともが大人気なく挙動不審になっておられるのを、必死で抑えこんでいたのは、私でございます」
「「アデリーナは罵倒相手を合法的に抹殺する方法を終始呟き続けて、周囲を恐怖に陥れていたではないか!」」
セラヴェル伯とセズネイ様が同時に言い返した。
……セラヴェル家の厳格トップ3が子供のような言い争いをしている……。
(でも、その三つ巴は面白すぎるからちょっと見たかったわ)
「そういえばメイド長も似たようなことしてましたね~~」
内心ほくそ笑んでいると、ユアンから小声でそう笑われてしまった……。
い、いかにお嬢様への愛が深いかという話よ!
……さておき、私は一歩前に出ると大きく頭を下げる。
「光螺術に、術者を損なう特性があるとは知らず……、以前アデリーナ様には軽率な提案をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「わかれば良いのです。……ただ、引き続きお嬢様の螺術については、皆他言無用」
私以外のメイド達も全員神妙に頭を下げる。
お嬢様の螺術を見たことがないと不安そうにしていたサッシャも、ソリーナとユアンから、素晴らしい光螺術の話を聞いて安心したようだが……。
「屋敷内でも、メイド同士でも!けっして口にせぬように」
ソリーナとユアンは顔を見合わせて、バツが悪そうな表情をしていた。
──しかし、結果として丸く収まったはずなのに、セラヴェル伯はじめ、セズネイ様やアデリーナ様も、表情がどこか険しいのは気になった。
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退室したものの、セズネイ様から舞踏会参加者リストをお借りしたままなのに気が付いた私は、リストを持って再びセラヴェル伯のお部屋をノックしようとした──その時。
「──舞踏会での光螺術、……どう思う?セズネイ」
セラヴェル伯の低い声が聞こえてきた。
「わかりませぬ。ただひょっとしたら……。いえ、口にすべきではありませぬな」
セズネイ様のご返答も……なんだかひどく深刻な様子だ。
(だ、だめだわ。立ち聞きなんて……)
出直そうと、その場を去ろうとしたときだった。
「しかし……お嬢様はやはり、螺力を使ったつもりはない、と……」
(え……?)
アデリーナ様の声に、私の足は石のように動かなくなった。
お嬢様が使った力ではない、の……?
「無意識のうちに発動した……ということではないのか」
「眠っておられるときならば、稀にそのようなこともございましたから、可能性は……」
セラヴェル伯とアデリーナ様の会話を聞きつつ、必死でその意味を考える。
「本当に螺力を制御できるようになったならば、非常に喜ばしいことであるが……。これまで通り慎重に……特に教会には警戒を怠るでないぞ」
セラヴェル伯の声に、話が締めくくられたのを察し、私はどうにか足を動かして、その場から去った。
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自分の部屋まで戻ると、ようやく少しほっとする。
……多分、絶対に聞いてはいけない話を聞いてしまった。
(ええと……、お嬢様に螺力はあるものの、制御はできないし意図して使うこともできない、ということ……?)
でも、私は数年前の夜中にも、この目で──。
そこまで考えて、はっと気が付く。
(あれが……アデリーナ様がおっしゃっていた「眠っているとき」……だったということ……?)
確かに深夜だったし、いつものお嬢様とは雰囲気は違っていた……。
その時、突然部屋をノックされて飛び上がる。
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「アンリーク王子に、お見舞いの品を贈ることになりました」
突然セズネイ様に呼び出されたので戦々恐々の面持ちで伺うと、お見舞い品を選ぶという話だった。内心胸をなでおろす。
「王子に!?わたくしが行きますわ!!」
お嬢様が、ぱっと立ち上がったが……。
「お嬢様、いけません! まだ足が──!」
思わず私は反射的にお嬢様の杖になる。予想通りお嬢様はちゃんと立てずによろめいた。
「……平気よ、これくらい名誉の負傷ですわ……!」
「そんな……!ご自分をお大事になさってください……!お嬢様に何かあったらシアナは……!」
「ただの筋肉痛を負傷とは普通言いませんわ」
ソリーナが引き気味につぶやいている。
あれだけ踊れば無理もない……王宮の舞踏会で一人ダンスフィーバーしていたのだから。
「足に泥を塗るなんて……」
ぶつくさ言うお嬢様のおみ足にカオリナイト……白陶土をペースト状にして布に塗り貼っておく。泥湿布である。
結局、代わりに私がレオネル様を通してお見舞いの品を届けることになった。
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王宮はいつもより静かだった。
白い大理石の回廊に、午後の光が斜めに射しこんでいる。
レオネル様は少しやつれたご様子で、それでも笑みを浮かべて出迎えてくださった。
「セラヴェル家の心遣いに感謝する。心配はいらぬ。いつものことゆえ」
王子は幸いにも快方に向かっているらしい。
私は包みを差し出し、深く一礼した。
「こちらは些少ではございますが……私個人より、お嬢様の名誉をお守りくださったお礼として」
レオネル様と王子に、それぞれ小さなガラス装飾を付けたスカーフリングを贈る。
「ほう!このキラキラ光る物は、やはり貴殿が?」
「い、いえ。旅の行商人より買い付けた物でございます」
実はトーレスやメイド達にも手伝ってもらって急ごしらえした物であるが……それは言わない方が良いだろう。
「まあ、……舞踏会では一時、どうなるかとかと思いましたけれど」
ちょっとだけレオネル様を睨んでしまう。あわや貴族相手に白兵戦が始まるところだったわ!当然負けないけれど。
「助けが遅れてすまなかった。“星々の標盤”の調整に手間取ってしまい……」
「あのような秘宝があるとは、さすが王家ですわね」
「あ、ああ。……いや、まあ、そうなのだが……」
レオネル様は相変わらず隠しごとはできないようだ。
「……何か?」
「俺は幼いころから王宮で育ったが、あの秘宝は初めて見た。あんな便利な物があるなら、なぜ今まで一度も使わなかったのか……いや、すまない。どうでもよい話だった」
あの秘宝のおかげでユーテリア様が犯人だと判明した。しかし……。
「……あの、決して秘宝を疑うわけではございませんが……、本当にユーテリア様が……」
迷ったが、口にしてしまった。
どうしても、そこがひっかかっている。
「確かメイド長殿の話では、彼女も他の誰かから噂を聞かされたとのことだったな」
「はい……」
もしそれが本当なら、まだ黒幕は社交界の上部に居座っていることとなる。
お嬢様を標的にした理由もわからないまま……。
それに……。
「ユーテリア様は誠実な方とお見受けしました。なぜあのような……」
「……軽薄な噂に過ぎぬが、」
レオネル様は重たい視線を窓の外に向ける。
「同じ環伯家でも、アシュレーン家のユーテリア様といえば花も恥じらう美しさ。それに比べセラヴェル家のスティラ様は……、という噂だった。しかしその悪評が払しょくされ、王子の御后第一候補だったご自身の立場が危いと感じられたのでは、と」
確かに、社交界でもそんな話に落ち着いているようだった。
(でも、そんな理由で愚行に走る方とは思えなかったわ。ただ、不安と恐怖、何より王子の御身を心配していた。あれも演技……?)
「私に黒幕の存在をほのめかしたのも嘘だった……?」
浅はかな嫉妬で中傷を撒き散らすような方が、たまたま廊下でぶつかった使用人に演技までしてあんな嘘をつくなんて、周到すぎる……。
なんだかチグハグだわ……。
「そうなりますな。……非常に残念なことですが」
レオネル様も、釈然としておられないようだ。
「……ユーテリア嬢のことは、俺も王子も幼いころから知っている。……くだらぬ嫉妬で醜い行動をとる方ではない、と、俺も王子も信じていた……」
それは私に、というよりは、ご自分に語っておられるようで……。
──それ以上話しかけるのは憚られ、私は王宮を後にした。
屋敷へ戻る道すがら、夕陽が石畳を朱に染めている。
……レオネル様とお話しても、胸のもやもやは晴れないどころか、ほぼ確信に変わってしまった。
(──ユーテリア様は、誰かにはめられたのでは?)




