37✦☾これが「ザマァ展開」……?
突然の叫び声の主は、王宮にてお会いしたユーテリア・アシュレーン様だった。
(──ユーテリア様……?)
真っ青な顔色で、今にも倒れそうなご様子だ。
「いかにも、スティラ・セラヴェルですけれども。……どこかでお会いしたかしら?」
さすがのお嬢様も踊る足を止め、ユーテリア様の方を見る。
「どうして……。スティラ様は、この舞踏会にはお出にならないはずでは……」
「王子じきじきに、ぜひわたくしに出席されたしとご要望があったからよ?……というか、どちら様ですの?」
そうだ……、スティラお嬢様は次の舞踏会は欠席するからとユーテリア様をなだめたのはこの私だ。
ユーテリア様は私を見て、さっと顔色を変えた。
「あなたは、アンナ様……?ど、どうしてスティラ様と一緒に……」
「アンナ?お人違いですわ。この者はシアナ。私付きのメイド長ですのよ」
「アンナ様……。あ、あなたは……、セラヴェル家の……?」
私は一言も発せない。……ユーテリア様に身分を偽り近づいたのは間違いないのだから……。
「……わたくし……騙された、のですね……」
ふらふらと、ユーテリア様はお倒れになりそうになったところを、近くにいた給仕の男性に支えられる。
理由はどうあれ、私がユーテリア様を騙したのは事実……、言い訳のしようもなく、ただ私は頭を深く下げる。
しかし、ユーテリア様は力をふりしぼるように、立ち上がると、観衆に向けて叫び始めた。
「……皆さま!スティラ様に精霊がいない・螺力がないのは事実でございます!恐ろしき逸脱者──少なくともその可能性がございます!」
その切実な声は、周囲の人々に響いたのか、それまでお嬢様のダンスに見惚れていた観衆たちは、再び疑惑の視線をお嬢様に向け始めた。
「わ、わたくしはそこにいらっしゃるア……シアナ様に騙されました……。スティラ様のメイドが、身分を偽って王宮に入りこんでいたのです。そしてスティラ様は舞踏会にお越しにならないから王子は安全だと吹き込まれ……。でも嘘でしたわ!!」
震える声で、しかしはっきりとユーテリア様は叫び、お嬢様を強く指さした。
「そのような卑怯なことをしてまで、王子に近づこうとする逸脱者を、この王宮に入れるべきではございませんわ!」
「??何の話でございますの?わたくし、さっぱり……」
きょとんとしているお嬢様の後ろで、私は縮こまるばかりだ。……お嬢様には王宮での行動はほとんど報告していない。私の独断なのだ。
卑怯なのはお嬢様ではない、私だけです──!と言うわけにもいかず。
周囲もすっかりユーテリア嬢の味方となり、お嬢様に敵意を込めた態度を隠さなくなった。
「メイドまで使って、そのような卑怯な工作を──なんて恐ろしいの」
「だから螺術を見せろと言っているのに!」
(ちょっと、アンリーク王子!レオネル様!!何か計画があったのでは──!?)
行き交う罵声が本格化し、このままでは力づくでお嬢様をどうにかしようという輩も現れかねないと、私が身構えた瞬間だった。
──突如、お嬢様の身体を金の光がふわりと包み込んだ。
(……──え!?)
違う。この輝きは……、カットガラスだけの光ではない。
「おおおお……!?」
再びどよめきが上がる。
窓から差し込む満月の光──それが細かな光の線となり、会場中の燭台やシャンデリアの光が粒となり……、お嬢様の周囲を螺旋状に舞う。
「お嬢様……!」
スティラお嬢様の光螺術が発動している……!?
まるで、いつか見たバルコニーでの御姿のように……。
ソリーナとユアンは初めて見るお嬢様の御姿に息をのんでいる。
「静まりなさい!皆の者!」
上からの鋭い声に、皆が一斉に振り向いた。
✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦
大広間の中央・大階段の上の檀上には、アンリーク王子の姿があった。後ろにはレオネル様も控えている。
「スティラ・セラヴェル嬢は見てのとおり、希少なる光属性の螺力の持ち主である……、教会の総国民螺術全書にも間違いなく記録されている」
かすかなどよめきの後、場が水を打ったように静まり返った。
「光螺術は使うほどに術者の心を蝕むという、他の属性には無い特性を持つ……、それゆえに軽々しく使えるものではない」
術者の心を蝕む……?そんな話は初めて知った。
(お嬢様が螺術を使わず、アデリーナ様が強く止めた理由は、そこに──!?)
そこで、王子は片手に持っておられる杖を、ダンと強く打ちつける。
「スティラ嬢に螺力がないなどというのは、まったく根拠のない中傷である!」
毅然とした態度で観衆を見下ろし、王子は続けた。
「ここにおられる方々は円環に特権を与えられた選ばれし民である!くだらない中傷に心惑わされることのなきよう!」
思わず、観衆たちはその頭を深々と下げる。
王子の姿は堂々とし、前回の舞踏会で見せた儚さは微塵も感じさせず、厳格であった。
「……そして、この醜い中傷をばらまいて、スティラ嬢の名誉を穢し、社交界を悪戯に混乱させ、しいては教会への冒涜を行った者が、この場にいる」
驚愕と戸惑いに、大きく観衆がざわめく中、王子は檀上に置かれた台から、覆いの布を取り去った。
──そこには、羅針盤のようにも、船の舵にも見えるような、円盤に十二の角を持つ星型がデザインされた台のような物があった。
「これは『星々の標盤』という王家の秘宝である。満月の夜に王族のみが扱えるもので、ある者に向けられた意思を逆に伝い、その根源を示すことができる物だ」
「標盤よ!王家の血、アンリーク・エルトリアの名にて命ず、スティラ・セラヴェルに向けられた悪意の元をたどれ──!」
王子が標盤の上に手をかざし、そう叫んだ瞬間、標盤の周囲にぶわんと黄金の光の筋が幾重にも広がった。
まるで球形に細かく編み込まれた籠のように、標盤を取り囲み、一瞬光の玉のように小さく収縮したかと思うと……、光の流れとなって一気にお嬢様の周囲を螺旋状にかけぬける。
──そして、そのまま矢のように、ある人物を指し示した。
その先にいたのは……、──ユーテリア様だ。
「わ、わたく、し……?」
光の矢を一斉に向けられたユーテリア様は、明らかに戸惑い、慌てて周囲を見回す。
──恐れと不安……そして冷たい光をやどした視線が、ユーテリア様に集まる。
「ち──違いますわ……!わ、わたくしはそのような……、……アンリーク王子!!これは何かの間違いでございます!!わたくしは……!!」
光の矢は消え、アンリーク王子はその瞳に沈痛な光を浮かべた。
「……ユーテリア・アシュレーン嬢……。なんということだ。長く王家に忠実に仕えてきたアシュレーン環伯家の令嬢が、まさかそのような……」
「違いますわ!!」
ユーテリア様の悲痛な叫びが響くが、二名の近衛騎士が近づき、ユーテリア嬢の両腕を確保する。
「な、何をなさるのですか……!」
「ユーテリア様、お話はのちほど伺います。ひとまずここは」
「離してくださいませ!!わたくしはただ、王子の御身が……!!」
私は目の前で連れていかれてゆくユーテリア様に、思わず手を伸ばしかけた……が、ユーテリア様は、悲しみと憤りのこもった瞳で、私を睨んだだけだった。
ユーテリア様が……、この中傷事件の真犯人……?
(でも、ユーテリア様も、あの噂は別の信頼できる方から聞いたと……。それも嘘だったの……?)
でもあの時、「アンナ」だった私にそんな嘘をつく必要があった……?
何より、あのユーテリア様が……、非の打ちどころのない「善役令嬢」に見えたあの方が、本当に……?
(──これが、悪役令嬢ものにはかかせないザマァ展開なの……?)
だとしたらお嬢様は「ザマァする側」だったわけだけれど……。
(全然スカっとしないわ……)
思わず檀上を見ると、アンリーク王子もさすがに想定外すぎたようで、明らかに顔が青ざめていた。
「──何なのよ、一体!わたくしが一番わけがわからなくてよ!」
本来、一番の中心人物であるはずのスティラお嬢様はというと、両手を腰に当てて仁王立ちしている。
(ザマァするもされるも……、お嬢様には関係ない話のようね)
胸をなでおろしつつも……釈然とはしなかった。
再びどよめきが起きたので、振り向くと、皆が注目する中、王子が赤じゅうたんの敷かれた階段を降りてくる。
……そして、お嬢様になんと、手を差し伸べられた!
「スティラ・セラヴェル殿……。このたびの騒動、大変なご心痛と思われます。しかし悪しき噂は一掃されました。ぜひ、一曲踊ってくださいませ」
──その笑みの妖艶さ……、周囲から歓声と令嬢達の悲鳴があがる。
私も例外ではなく……、
「おおおおお、王子が!!お嬢様にダンスを!??」
「メ、メイド長、しっかりしてください!!」
お嬢様はというと、全身からハートをすっ飛ばしながら、食いつかんばかりの勢いで頷いている!!
(推しが……、イケメンと地位と名誉に弱すぎる!!)
「ちょっと、あの腹黒おう…」
「メイド長!!さすがにそれは口にしてはいけません!!」
ソリーナとユアン、二人がかりで口元を抑えられ、無理やり引きずられてお嬢様から引き離される。
だって!腹黒王子が!悪役令嬢の死亡フラグが!!
(……あ、で、でも善役令嬢が悪役として連れていかれた……ってことは、少なくとも善役令嬢とタッグザマァは無し??)
いやでも!!そんなの関係なく、嫌なもんはい……、
「アンリーク王子!?」
ガタンという大きな音と同時に、お嬢様の悲鳴が聞こえた。
「お嬢様!?ご無事ですか!?」
慌ててかけつけると──、王子はお嬢様の目の前で倒れ、レオネル様に抱きとめられていた。
私は思わず抱きかかえるようにお嬢様を身体で守る。……ユーテリア様以外にも敵が!?
「レオネル様!王子に何が!?」
「メ、メイド長殿。王子はいつもの体調不良だ」
王子を膝に抱きかかえつつ、レオネル様が慌てたように言った。
「……え?」
「シアナどいて!重たいわ!」
お嬢様からゆっくり離れつつ、周囲を注意深く見まわす。
(て、敵が狙っているわけでは、ない……?)
「……心労が重なったところに、無理にダンスなど申し込もうとするから──。スティラ様、大変申し訳ございませんが、王子とのダンスはぜひ次の機会に」
「は、はい……とても残念ですが……王子の御回復をお祈りいたしますわ。お大事にしてくださいませ」
レオネル様はそのまま王子を抱きかかえると、大階段を上ってゆく。
「皆様、王子は少々お疲れになっただけなので、過剰な心配なきよう。引き続き舞踏会をお楽しみください」
振り向いてそれだけ言うと、扉の向こうに消えていった。
「……王子様、大丈夫でしょうか~~?」
「レオネル様がついていれば安心よ」
不安そうなユアンをなだめる。以前お話したときはお元気に見えたけれど、やはりお体はお強くないのだ。
「……何故でしょう、メイド長。私……、王子にもレオネル様にも、特に何も感じてなかったんですが、レオネル様が王子を抱いておられる御姿に、不思議な感情が……」
ソリーナを振り向くと、なんとあのクールな彼女が頬を染めてぽーっとしている……。……何かに目覚めたようだ。
「い、いけません。王子が倒れられたというのに不謹慎でございました」
頭を振って我に返ろうとしている。……そっとしておこう。
そしてお嬢様はというと、指をくわえかねない表情で露骨にガッカリしている……。
「本当~~に残念ですわ、王子……、あ、あら?」
ここぞと殿方が数人、お嬢様にダンスを申し込んだ。
(な、なるほど。あの騒動後に王子が率先してダンスを申し込むことで、他の殿方もお嬢様にダンスを申し込みやすくなるってことなのね)
それで、体調をおしてまで、無理にダンスを……。
お嬢様への気遣いだったのなら、ま、まあ許しましょう。結局倒れちゃったけれど。
ところが、お嬢様はなんとダンスを全てお断りになってしまった。
(──確かに、散々罵声を浴びせておいて、今さら申し込みなんてムシが良すぎ……)
と思ったら、そういうことではなかったようだ。
「わたくし、一人で踊る楽しさに目覚めてしまいましたわ!王子なら別ですけれど、他の殿方と踊るなら一人で踊りたいの!」
なんと、お嬢様はそう言い放つと、その後も楽し気にお一人で踊り続けたのだ──!
もはや鋼メンタルどころではない。やはりダイヤモンドメンタル──!!
のちにその夜のことは、「孤高の舞踏会」として語り草となるのだった……。




