第98話
精霊核はまるで二つの液体が混ざり合って混乱しているようだった。
よほど詳しく観察しなければ誰にも気づけないほど。
一つはノベト、もう一つは彼の伴侶──
「……アウロラ。」
『ねぇ、私の声聞こえる?』
パリオンは全身に電流が走るような感覚を覚えた。
懐かしく、変わらず、ずっと聞きたかった声だった。
「ああ、聞こえる……ちゃんと……」
『話は後にして、とりあえず私の精霊核だけ金書に移して』
「でも、それじゃまた封印されてしまうんじゃ……」
『後で話すってば! あなたならできるでしょ?』
パリオンは迷わず金書を手に取った。
混ざり合った精霊核を分離するには莫大な魔力と集中力が必要だった。
まるで素手で塩と胡椒を分けるようなもの。
だが、パリオンはためらわなかった。
アウロラを感じられるのは彼だけだ。
その確信だけが支えだった。
魔力で精霊核と金書をつなぎ、ゆっくりとアウロラだけを移していく。
どれほどの時間が経っただろうか。
朝に昇った太陽は既に沈み、月と星が夜空を照らしていた。
そのとき──金書が光を放ち、ゆっくりと一つの姿へと変化していった。
「……アウロラ。」
金書は銀髪の女性の精霊へと姿を変えた。
その名はアウロラ。
彼女は大きく息を吸い込み、吐いてから口を開いた。
「久しぶりね。」
「俺は、まだ魔道至上教を……」
「でもこんなに時間がかかるとは思わなかったわ。これからは一緒にぶっ潰しましょ、いい?」
「……ああ……」
フェレオラは目前の光景にどう反応していいか分からず、硬直していた。
それに気づいたパリオンが素早くアウロラを紹介した。
「あ、領主様。こちらが以前お話ししていた私の伴侶、アウロラです。」
「あ……は、はい……えっと、それではノベトは……」
「それは私が説明するわ。まずは暖かいお茶をちょうだい。」
フェレオラはアウロラを見てうなずいた。
彼女にどこか既視感を覚えた。
最近会った誰かに似ている──その思いを拭いきれなかった。
気のせいだと思いながら、二人を応接室へ案内した。
「まず言っておくけど、金書にはもう封印の効果はないわ。そのおかげでこうして復活できたの。」
アウロラは茶をひと口飲んで言った。
「前にノベトが無意識のうちに封印を解除したみたい。それで、ついでにノベトの体を乗っ取ろうと……」
「な、なんてことを!」
フェレオラは額に手を当てて嘆いた。
「あなたは誰?」
「あ、アウロラ。この方はフェレオラ村の領主様、フェレオラ・アポロニット様よ。」
「何それ、聞いたことない村ね?」
「あなたがいた村が時を経て今のフェレオラ村になったの。」
「あー、オルフェン村ってこと?」
「その名は……私の祖父の名前です。」
「ああ、もうそんなに時が経ったのね。」
「それにしても、ノベトの体を乗っ取ろうとしたなんて……」
アウロラは説明した。
封印解除後、ノベトの体を奪おうとしたこと。
ノベトに敗れて奪えなかったこと。
しばらくしてテンという存在と会話できるようになり、様々な話をしたこと。
そしてテンと共に、自分の精霊核を金書に移す方法を研究したこと。
「まあ、だからノベトは最近調子が悪かったのよ。」
「……そうだったのですか。」
「でも一番大事な精霊核の移動は、ノベトの性格じゃ無理そうだったから、もっと研究してたの。」
「その時、私が来たわけですね。」
「まさか来るとは思ってなかったけどね。」
「奇跡ですね。」
「あなたが教皇になったのも?」
パリオンとアウロラは目を合わせ、二人だけの空間に入りかけた。
フェレオラが咳払いをしてそれを止めた。
「でも、ノベトはまだ目を覚ましていませんが……」
「もう私が出てきたから、そろそろ起きるわ。とても健康な状態でね。」
その時、アウロラが何かを感じて玄関の方を向いた。
「……何かが来てるわね。三つの気配……」
フェレオラは忘れたかった疑念をまた思い出した。
そして彼女に尋ねた。
「あの、アウロラ様……」
「ん?」
「念のためお尋ねしますが、“オデルリア”という精霊をご存知ですか?」
アウロラはにこりと笑って言った。
「……まさかこの名前をここで聞くとはね。あの子は……」
屋敷の玄関が大きな爆音と共に破壊された。
その衝撃波が邸宅を揺らした。
崩れた破片と煙の中から、三つの姿が現れた。
「気持ち悪い気配がしたから来てみたら、やっぱりお前か……」
「お、お久しぶり、オデルリア。」
「うるさいわよ、このバカな姉さん!」
現れたのはオデルリア、ベルゲ、エルゼリアだった。
「おい、領主様、なんであんたがこのバカ姉さんとマ族と一緒にいるんだ? ノベトはどこだ?」
フェレオラの疑念は確信に変わった。
既視感の正体、それはアウロラとオデルリアがあまりにも似ていたからだった。
容姿は異なるが、雰囲気や話し方が酷似していたのだ。
「話では教会関係者が来るってことで、1ヶ月くらいノベトを貸してほしいと……」
「……ええ、そうです。そしてこちらが教皇様です。」
パリオンはオデルリアに軽く挨拶した。
「初めまして。アウロラの伴侶、パリオンと申します。まさかアウロラに妹さんがいらしたとは。」
「あ、特に言う必要もないと思ってたから。」
「ということは、オデルリア様は私の義理の妹に……?」




