第32話
「私は……領主の娘と同じ病にかかった子を知っている。もう死んだけど」
ビエラが私の言葉を遮るように静かに語り始めた。
『誰?』
「私の妹」
風が強く吹きつける。
馬車にかけられた天幕がばたばたと音を立て、ビエラの髪が風に踊る。
だがその黒い瞳は、陰りある光で揺れていた。
『何があったの?』
「魔法のためなら人の命なんてどうでもいいと思ってる狂った集団がいるのよ」
『人が死んでも構わないって? それは……完全に狂ってるな』
「その集団の名前は──魔道至上教」
『魔道至上教……それに復讐を?』
「そう。妹を殺し、私をこうした奴ら。ようやく手がかりが見つかったのよ」
そう語るビエラの目には、復讐の炎が宿っていた。
「その領主の娘──」
『君はどうするつもり?』
「言ったところで、動けないあんたに何ができるのよ。何より……」
『何より?』
「まずは──あんたを売って、資金を稼ぐ。復讐には金が要るからね」
『ああ、そうしてくれ』
ビエラは馬の手綱を強く握った。
やがて、遠くに領主邸の高い壁が見え始めた。
夕焼けに染まる空の下、灰色の城壁が赤く輪郭を浮かび上がらせていた。
馬車はその厚く高い石壁に囲まれた屋敷へと向かっていた。
「止まれ! ここで何をしている!」
門前に立つ2人の衛兵が槍を交差させて進入を阻み、来訪の目的を問う。
「私は魔道具商人のビエラ。領主様の掲示を見て、協力の申し出に参りました」
衛兵はすぐに槍を下ろした。
「よし、通れ」
あっさりと通された。思ったより簡単だった。
……つまり、この館を訪れた者がそれだけ多かったということか。
馬車を厩舎に預け、私たちは邸内の入り口へと向かった。
重厚な扉は、まるで時を宿したような重みを持っていた。
扉が開くと、家令たちが列をなして出迎えていた。
その中央にいたのは、無駄のないグレーの外套をまとい、沈んだ目つきをした男──おそらく、フェレオラ領主その人だ。
「貴様が、我が娘を癒す方法を知っているという者か」
低く、響く声だった。
ビエラは膝をつき、丁重に頭を下げる。
「魔道具商人ビエラと申します。ご令嬢のため、お力になりたく参上いたしました」
「そうか……私は時間を無駄にするのが嫌いだ。単刀直入に言おう」
フェレオラは指を一本立てた。
「金貨100枚だ」
場が静まり返る。
ビエラの目が見開かれた。
思わず両手で口を覆い、小さく息を呑んだ。
「ひゃ、100枚……?」
「人の命を救う価値に比べれば、安いものだと私は思うがな」
──領主よ、言うことがでかい。
(まあ、正直俺の価値はそれ以上だと思うけど)
「それでは、癒せるという証明をこの場でするがよい」
「証明、とは……?」
「君で100人目だ。今まで口だけで“ポーションが効く”だの“魔法で癒せる”などと騙る連中は大勢いた。だからこうしている」
彼が指を鳴らすと、家令の一人が巨大な大剣を持って現れた。
その刃は重く輝き、静かに威圧感を放っていた。
「君の体の一部を切り落とし、それを癒して見せてくれ。できるなら、私は信じよう」
「それまでに訪れた人々は……?」
「命をもてあそぶ者には、それ相応の報いを与えた。君も、そうならないことを願うよ」
空気が、重く張り詰めていた。




