7話 お誘い
結局、洋子の家で食事をせず、空とカンナは彼の家のリビングで学校の課題をしていた。
その課題中だが、カンナは空が問題を解く度に彼のノートを覗き込んではそれを自分のノートへと写していた。
「……カンナ」
「何? あー、ちょっと手で見えない」
手で見えない箇所を見るべく空の手を退けようとするが、ノートは閉じられてしまった。中身が見れずに「ホントに見えない」と頬を膨らまかせる。だとしても、こっちには言い分があるんだけれども?
「ちっとは自分の力でやれよ。いつもオレんチに来るのは宿題目当てだろ」
「今更何を」
清々しいほど開き直った様子で肩を竦めるカンナは、空が閉じたノートを開いて写し始めた。
「毎度、毎度思うケドさ、テストのときってどうしてるんだよ」
「どーって、付け焼刃だケド。大体、コーシキ覚えときゃ解けるし」
そのようなことを言ってのけるカンナが素直に羨ましいと思う。彼女は要領がいいタイプのようである。
「前日に範囲内のコーシキを暗記すれば大体いけるくない?」
「そーだケド……」
カンナに勉強の仕方を教えてもらったとしても、それが空に還元できるとは限らない。一度だけ彼女の言う通りにやってみたことがあるが、普通に勉強をした方が点数がいいのである。それはまだ中学生の頃だったからよかっただけであって、高校生ともなると追試なんて面倒事をするのは勘弁して欲しいのだ。
空が小さくため息をつきながら課題に手をつけようとしたときに「二人とも」と声が聞こえてくる。
「プリンでもいる?」
そう二人に呼びかけるのは空の母親であり、彼女の手にはプリンのカップがあった。それを見た途端、カンナは頬を一気に緩ませる。
「いる! いる! おばさん、ちょーだい!」
カンナは課題を放り出して駆け寄った。プリンとスプーンを受け取ると、その一式を空に渡す。
「はい。でも、空は空でキチンと努力しているのは知ってるから」
そう言うと、空の隣に座り込んでプリンを食べ始めた。その言葉がなんとなく嬉しいのか、彼は自分の顔が赤くなっていることに気付いた。そんな表情がカンナに見られないように窓の方を見て食べる。
黙々とプリンを食べていると、隣の家の明かりがついていることに気付いた。自分が住む家の隣はカンナの家でもある。空は彼女の方を向いた。
「カンナ、おじさん帰ってきてるんじゃない?」
そう告げると、スプーンで隣の家を差した。それに伴い、カンナはスプーンを口にくわえながらその家の様子を見ると「ホントだ」そう呟いた。
「お父さん帰ってきたなら、わたし帰る。お邪魔しましたー」
カラになったプリンのカップとスプーンをシンクに置いてカンナは自分の家に帰ってしまった。彼女を見送っていた空の母親は面白おかしそうに吹き出し笑いをする。
「何? なんか、面白いコトでもあった?」
「ううん、別に」
このもどかしさは悪くないな、と微笑ましく思う。
◆
カンナはスクールバッグ片手に自分の家へと入り、リビングの方へと向かった。そこには自身の父親が疲れきったような表情でネクタイを外していた。
「お父さん、お帰り」
「ただいま。宿題は終わった?」
「いや? お父さんが帰ってきたから戻ってきた」
そう答えると、ダイニングテーブルにバッグを置く。父親は頭を掻きながらテレビの電源を入れた。バラエティ番組をやっているようだが、それをぼんやりとソファに座って見る。
「残りガンバレよ」
父親の言葉に耳を傾けながらカンナは「はいはーい」と冷蔵庫からペットボトルを取り出してグラスに注いだ。
「高校って中学より量が多いんだね」
「そりゃね。って、それ何? 炭酸だったらちょーだい」
「残念、ポカリです」
「ちょーだい」
結局炭酸じゃなくてももらう気満々じゃないか、と苦笑いしながら父親の分も注いで渡した。
「ありがと」
コップを渡して、カンナもそれを飲んでいると、スマートフォンにメッセージが二件来ていた。大地と洋子からである。二時間ほど前に連絡先を交換したばかりだから、それに関する内容だろう。
「……そーいえば、お父さんって来月の二十二日って仕事?」
「えっと?」
予定の確認のためにカレンダーを見た。
「……あー、ゴメン仕事だ。なんで?」
「ううん、その日ガッコーの体育祭だから」
「……いつもゴメンな。空のところに頼んでみるから」
申し訳なさそうにカラになったコップを洗った。ついでに一気に飲み干したカンナのコップも受け取る。
「おばさんもその日仕事だって」
「あちゃー……」
「いーよ。仕方ないもん」
「ホント、ゴメンね」
カンナは「気にしてないよ」と言うと、スクールバッグを手にして自室へと行ってしまった。彼女がいなくなったところでソファに埋もれるようにしてため息をつく。
「カンナには迷惑をかけるなぁ」
◆
同時刻、洋子の屋敷前には彼女と大地がいた。どうやら彼だけは夕食をご馳走になったようである。
「いやぁ、オレだけ悪いな。美味しかったよ」
「それはよかったです。またいらしてくださいね。ウチのシェフが腕をよりにかけて料理を振るいますよ」
「ははっ、ありがとーな」
満足そうに原付バイクのエンジンをかけた。その場にエンジン音が聞こえている。
「あの、先ほどもお話でお聞きしましたけれどもアルバイトって何をなさっているんですか?」
「んー? バイトって言ってもアレだよ。オレんチ店やっていてさ、要は家の手伝いだよ。給料を払うから配達しろってね」
「なるほど、そうだったのですね」
「いきなりどーしたの?」
「いえ……そ、その……」
洋子は何かを言いたげにしているようである。家の方からの明かりでもわかるようにして少しばかり顔を赤らめて――。
「ほら、私たちは妙なことでお友達になったじゃないですか。それで、三春さんとか誘ってどこかに遊びに行きませんか?」
「遊び?」
どこか意表をつかれた様子で大地は街灯の方に視線を外した。まさか、彼女からそうしてお誘いがあるとは思わなかったから。
「秋島さんがお仕事でお忙しいならば、仕方ありませんが……」
「いーよ。あいつらとの親睦会みたいなカンジで騒ぐのも悪くはないしね」
だとしても、遊びに行くならばどこがいいのだろうか、と悩む。空やカンナはどこでもいいだろうが、メンバーには洋子もいるのだ。仮にも彼女はお嬢様。変なところは連れ回さない方がいいだろう。なんて、大地が考えていると――。
「あのっ!」
そう洋子が提案を出してくる。
「ゆ、遊園地……私、遊園地に行ってみたいのですが……」
「遊園地か。となると、隣町だな。冬野、ワリーけどあの二人の予定でも聞いてくれないか? それでオレは予定を空けるから」
それじゃあ、と大地はヘルメットを被った。
「そいじゃ、またな」
それだけ言い残すと、原付バイクを走らせてしまった。洋子は走り去っていく大地の姿を見送るのだった。