52話 『好き』の答え
「あっ、オレたち高所恐怖症なんで」
そう空とカンナが言うが、嘘である。彼らは観覧車に乗れば大はしゃぎするほどである。だが、今は大地と洋子の恋仲を応援するという名目でここに遊びに来ているのだ。自分たちが遊ぶのはいいが、彼女の気持ちにも協力的にならなくては。
そそくさ、と別の場所にいるからと二人に伝え、空たちは物陰に隠れている次郎のもとへと逃げ込んだ。
「ちょーっと、秋島センパイが不審がってたみたいだケドね」
「でも、こーでもしないと二人っきりになれないしな」
「あとはお嬢様が勇気を出すだけですね」
なんて言う次郎はどこかわくわくとした様子でいた。そんなに二人の間柄が気になるのか。それとも、若き日の甘酸っぱい青春でも思い出したか。
「懐かしいですよ。昔、卒業間近にあの子が数年後にこの場所で会いましょうだなんて……」
独り昔話の感傷に浸っている最中、カンナは少しばかり羨ましそうにして観覧車の方を見ていた。
「大丈夫かなぁ?」
「どーだろ。って、観覧車に乗りたかった?」
「ホントはね。仕方ないケド」
やはり乗りたかったらしい。そんなカンナに空は「じゃーさ」と提案をする。
「都市伝説の件が終わったら、ココに二人だけで遊びに来るか?」
正直、駄目元で言ってみたまでである。カンナが自分のことを嫌っているならば、それはそれで仕方がない。だとしても、僅かな可能性に賭けたいと思うのもこれまた事実。
その誘いにカンナは小さく声を上げた。
「わたしと空だけ?」
「う、うん……。別にあの二人とでもいーけどさ」
本当は二人きりがいい。そう思っていても、声に出せないジレンマ。悔しい。なんて下唇を噛んでいると、カンナは「いーよ」と言う。
「うん、二人だけってゆーのも悪くないよね」
「へ?」
今度は空が声を上げる番である。まさか、自分とだけ行きたいだなんて言うとは思わなかったから。予想外とでもいうようにして彼がカンナの方を見ていると――。
「どったの。その変な顔」
笑われてしまう。だが、カンナのその笑顔――悪くはないのだ、と空も笑みがこぼれてしまった。
◆
観覧車に乗りたい、とわがままを言ってしまった。しかし、そのわがままを大地は受け入れているようで、二人はゴンドラの中で向い合せになって座っていた。
とても緊張しているな、と洋子は自身の胸に手を当てた。心臓の音がうるさく聞こえる。この音、大地に聞かれていないだろうかと愁眉の色を見せているが――。
「意外だな、あの二人が高いとこニガテって」
「そ、そうですね!」
いつもはそうでもないのに。今日に限って、今回に限ってこれほどまでに緊張するとは。いつも通りに接して変に思われなければ、と思っていても――その肝心のいつもの通りとはどういうものなのかわからない。
そう、これはチャンスと言っても過言ではない。せっかく空とカンナが自分にチャンスを作ってくれたのだ。今こそ大地に自分の思いを伝えるのだ。
何かしら言おうとするが、大地は「なあ」と先に声をかける。
「見てみなよ、下。まさに遊園地の裏側ってゆーモノが見えるぜ」
指差す先を洋子は覗き見してみようとするが――勢い余って、植物園で頭をぶつけた箇所と同じところをガラスでぶつけてしまった。
二度目の悶絶。その場でしゃがみ込む洋子に大地は「大丈夫か?」と不安そうではある。
「もしかして、また同じとこでもぶつけたのか?」
洋子と同様にして下に屈み込むと、前髪を上げて傷の有無を確かめる。彼女は若干涙目のようであるが、大丈夫ですと恥ずかしそうにしていた。
互いを見る視線がぶつかり合う。観覧車が動いている音が聞こえるだけの世界。ここにいるのは二人だけ。なぜだか大地は一瞬だけ硬直をしてしまう。
静かな世界に機械音が僅かながら聞こえる。
言わなきゃ。言おうとしていたこと。だが、言えそうにない。なぜならば、大地の手と自身の額が触れあっているから。緊張があるのだろうか。
洋子の額の方にあった大地の手はゆっくりと離れていく。そして、少し乱れた髪をなでるようにしてとかす。その手が耳に当たったとき、彼は素早く手を引っ込めた。
「ゴメン」
「い、いえ……」
言え。大地が好きだと。言え。己の本音を。
なかなか口に出すことができないもどかしさ。どうしたものか、とこの雰囲気がまごつかせてくる。
ややあって、洋子が「秋島さん」と震える声で言う。それに大地は反応するかのようにして、顔を真っ赤にさせた。
「私……その、私……あ、秋島さんのことが……え、あ……す、す……」
たった二文字だけなのに、どうしてそれが言えない? 言え。『好き』と。
「す、す……き、です」
「…………」
大地は大きく目を見開いて、こちらを見ていた。これはどのような反応をしているのかわからないが、もうこの際嫌われたっていい。当たって砕けろ。
「私っ、秋島さんのことが好きなんですっ!!」
今にも泣きそうなくらいの思い。自分の気持ちは大地に伝わるだろうか。
一方で大地は、突然の告白に戸惑いを隠しきれなかった。美奈に告白されたときとは断然に違うこの昂った思い。何だろうか、心の底から沸き上がってくるのは。いや、それよりも洋子が不安ながらもこうして自分に告白をしてきたのだ。その気持ちに答えてやらねば。
「え、えっと、冬野……」
わかりきっているはず、そこに答えはあるはずなのに肝心の口が開かない。言いたいことが頭に思い浮かばない。どうした? 『好き』の答え、たった三文字で返せるはずだろう。
「そ、その。えっと、あの……」
そのときだった。
「お疲れ様でしたぁ」
ゴンドラのドアは開かれる。どうも地上に戻ってきたらしい。それに慌てたようにして、二人は観覧車を後にした。大地は答えを出せないまま、戻ってきてしまったのである。今、この場でその答えを言ってもいいが――恥ずかしいと言う気持ちが強かった。
誰もこちらを見ていないのに。自分たちのことなんて気にかけないのに。何をそんなに自意識過剰となっているのだ。
空たちが待っているであろう場所へとゆっくり歩を進める。洋子は答えを知りたそうにして後を着いてきていた。
早く答えを出せ。後悔する前に。妙なプレッシャーに耐えきれなかったのか、大地は「冬野」と足を止める。それにつられるようにして洋子も足を止めた。
「その、さっきのアレな……」
どうやらここで返事をするらしい。洋子の方へと振り返った。だが、ここでちょっとした邪魔が入る。すれ違った学生たちの内一人が彼女とぶつかってしまったのだ。そのせいで、大地の方へと押されてしまう。思わず、転ばないようにして受け止めた。ぶつかった相手は何も言わずして行ってしまう。
「あっ、ゴメンなさい……!」
触れ合っている手と手。離れようとする洋子に大地は物惜しそうな声を上げた。その手を離したくないという思いでもあるのか、彼女の手を握りしめ――。
「オレもっ!」
大地は今だと言わんばかりにあの告白の答えを言った。
「オレも……冬野のコトが好きだっ!」




