34話 恋のデリバリー
『手伝ってくれ』
心なしか哀愁漂う文面を見て空は大地から指定された場所にやって来た。なるべく大通りを使ってから来いとのことだったので、教えられた地図と共にそちらを利用してやって来たのは『秋島商店』と書かれた個人の店。中へと入ると、レジの方で魂が抜けたようにしている彼がいた。
「……センパイ」
一応は声をかけてみる。反応はしてくれているみたいで「よー」と覇気のない声で対応する。
「セミどもって儚いよね。だって、オレの恋みたいにして……」
「…………」
その空笑いが恐ろしく怖い。空が困惑していると、大地の頭から軽快な音が聞こえてきた。その頭を叩いたのは彼の姉である。
「ちょっとはシャキっとしろ! 配達行くんでしょ!?」
「そーだねぇ。行くんですよー」
「…………」
合コンときのやり取りは見受けられない。口答えすらもしない。どう反応すればいいのだろうか、と戸惑っていると――「ゴメンね」そう、大地の姉は申し訳なさそうにする。
「昨日の遊び疲れがあるかもしれないケドさ、今のコレじゃ配達先を間違えかねないから手伝えないかな? アタシはここで店番しなくちゃいけないし……」
「わ、わかりました」
空の承諾を聞くと、大地の姉はもう一度彼の頭を叩く。
「ほら、夏斐クンと配達行って」
「ははっ、配達かぁ。その先でオレに新たな恋は芽生えてくるだろうか」
美奈にフられたショックで訳のわからない発言をし出す始末。こればかりは重症か、と先ほどまで平然としていた大地の姉でさえも怪訝そうにしている。彼のその様子が気になるのか「ねえ」と耳打ちをしてきた。
「これに何があったの? 昨日帰ってきて、キャメルクラッチをかけようとしたケド、何の反応もなくてさ」
その設問、答えていいものだろうかと視線を泳がせる。逃げたいのは山々であるが、言うまで話してくれなさそうである。
「もしかして、誰かにフられた?」
まあ、あのようなことを口に出せば、なんとなく察しはつくだろう。逃げる道を失った空は頷くしかない。
その途端に大地の姉は笑い出した。消衰しきっている彼を指差して「あはは」と小ばかにする。
「フられてやんの! なーにが自分は絶対フられないとか言ってたクセに!」
「そーだねぇ。オレ、フられたんですよー」
怒る気迫もないらしい。これは痛まれないな、と空は「行ってきます」と連れ出すしかなかった。
◆
フられて魂が抜けそうな状態であるが、それでも大地は原付バイクを走らせていた。後ろの座席には空が乗っている。下手に事故でも起こさないだろうか、と不安であるが、信号や道路を渡っている人のことは目に見えているらしい。きちんと一時停止をしていた。逆にそれが怖いと思う。
今回、頼まれた配達先は三件。一件は一つ先の信号を右に曲がったところにあるところに。二件目はその先を突き抜けて左に曲がった場所に。三件目のところは――空にとっては知らない住所だった。どうやら大地しか知らない。
一件目の取引先へと着くと、ここは空が行ってくると言った。なぜって、あんな状態で荷物の受け渡しなんてできるはずがないのだから。
「オレ、行ってくるんで……いてくださいね?」
「そーだねぇ。オレ、美奈ちゃんともーどこにも行けないからココにいるよ」
「…………」
それならば、安心――ではない。大地が何しでかすかわからないため、早急に荷物を届けに言った。受領書を確認して、外に出ると――。
「昨日を思い出すなぁ」
入道雲交ざる青空を眺めながら昨日のことを思い出している大地がいた。
「あ、秋島センパイ……」
受領書を見せながら戻ってくる空を見て――。
「オマエかっ!!」
なぜか突然肩を掴まされて、怒声を上げられてしまう。何もしていないのに。きちんと、受領印をもらったのに。
「ちょっ!? お、落ち着いて!?」
「オマエかっ!? オマエだな!? 美奈ちゃんに入れ知恵を……違う! 誠一と桜だ! アイツらが美奈ちゃんによけーなコトを言わなければ!!」
フられた理由を完全に人のせいにする大地、大人気ない。空を放すとエンジンを吹かして、次の配達先とは違う場所へと方向転換をしようとする。これを止めようとする。
「センパイ!? どこ行く気ですか!?」
「決まってらぁ! 美奈ちゃんによけーなコトを言ったアホどもを始末するんじゃい!!」
「配達っ! 配達するモノ残っているでしょ!」
「何だって!? オレのどこが美奈ちゃんにフられる要素があるってんだ!?」
そんなの一言も言っていないのに。勘違いも甚だしいものだ。だが、一番は大地が見苦しいに尽きる。傍から見れば、何をしているんだレベルで補導されそうなほど。どうすれば、彼を止められるだろうかと空が焦っていると――。
「何してんの?」
怪訝そうにこちらを見てくる二人の少女がいた。そう、カンナと洋子である。彼女たちは手に冷たくて美味しそうなアイスクリームを持っているではないか。正直言って、羨ましいな、と思う。
もう一度カンナが「何してんの」と言ってくる。
「向こうまで聞こえてたケド」
「そう思っているなら止めてくれない? センパイったら、児玉センパイと桜センパイに始末をするとか言い出すんだよ」
なるほどね、と苦笑いするカンナは「どーどー」と大地を馬扱い。
「食べかけですケド、頭冷やしますか?」
「ンなモンいるかぁ! オレぁ、美奈ちゃんにアーンしてもらいたかったんだぞ!」
願望むき出しの大地は相当恥ずかしいことを公衆の面前で暴露しているぞ。己の羞恥をさらしている感覚に陥って、空は顔を真っ赤にする。いや、これは外が暑いし、体温が上がっているからが原因か。と言うよりも、暑いからそろそろ体力の限界。そう諦めて手を離そうとしたときだった。急激に大地の動きが止まった。何事か、と見てみれば――。
洋子が持っていたアイスクリームを大地に食べさせていたのである。それのおかげなのかは定かではないが、急に大人しくなる。
「秋島さん、ダメですよ。こんな暑い日に暴れ回っていちゃ」
落ち着きましたか、と大地に訊ねると、彼は「おう」とどこか恥ずかしそうに視線を逸らした。上手く洋子を見れないらしい。
「よかったです。お仕事、頑張ってくださいね」
にっこり、と柔らかい笑顔を向ける。それに小さく頷く二人とも。彼女たちはそれじゃあ、とその場を後にした。
しばらく呆然としていたが、空は大地を解放する。
「落ち着きました?」
「あ、う、うん……えっと、次! 次行くぞ!」
二件目の配達先とは別方向へと行こうとする大地に再びストップをかける空。落ち着いてなどいなかった。そして、これはもしやと思った。だが、からかうのはよそう。本当にそうなのか、確信がないからである。
「うっし、じゃー行くぞ」
だとしても、動揺はあるらしい。大地は空を置いて勝手に原付バイクを動かして行ってしまったのだ。
「ちょっ!? オレ忘れてるって、センパイ!? せんぱーい!!?」
空の虚しい叫びはその場に響き渡っていた。




