Impact penetrate 始まりの閃光3
光ーー。
冴木伍長が言った。
僕は言われるがまま其れを見やろうとした。
その瞬間ーー。
体を突き抜ける程の衝撃が走った。
空から、地中から、周囲の壁から爆音が鳴り響く。
鼓膜を突き破ろうとする爆音がけたたましく鳴り響き、体が一瞬無重力状態になる。嫌な感覚が体を突き抜け僕の体は恐怖に支配された。
穴の空いた空から幾発ものミサイルが飛び込んでくる。
破裂したミサイルはいとも簡単に人を殺し街を崩壊する。逃げ惑う人々、爆風と振動の所為かジジジっと空にノイズが走り、時折映像が乱れる。
僕はブルっと体を振るわし、勢い良くガタガタと体を震わしながらボロボロと大粒の涙を流した。
死ぬ…。
死ぬ…。
この言葉だけが頭の中でグルグルと回り逃げ場のない恐怖を脳に伝える。
響き渡る爆音。
その度に体がフワリと浮いたような感覚になる。
怖いーー。
恐怖がドンドン肥大して行く。
ガチガチ、ガチガチと歯が笑い、抑えられない恐怖は僕の体を硬直させる。只、僕は目の前の惨状だけを瞳に映していた。
やがて、ニューセイルの空は小さなノイズから、やがてその姿を消し始め一部の空は本来の冷たい鉄の天井を剥き出しにしていた。
平穏な街並みが突然ただの鉄の箱に変わる。
見たいわけじゃない。
そう、見たいわけじゃない。
其れは目に映るのだ。
グラグラ、グラグラと揺れるニューセイルの街が勝手に目に映るのだ。爆撃の所為で空は無くなり剥き出しの天井と空いた穴を塞ぐジェルが僕達の見ている幻想を振り払う。降り注ぐミサイル、吹き飛んで行く街並みと人々がー。
ここはもう、街ではない。
文字通りの地獄だった。
本来なら空いた穴からエアダストが起こり空気が宇宙に逃げるのだが、安全装置のおかげで重力が通常の1.1倍から20倍の力に変わる。その力が空気はおろか人や健物さへも宇宙に投げ出されないように地上に引き止めているのだ。
そして、その瞬間外に逃げる力と中に引き込む力が反発して無重力状態になる。本来なら僕達を守るべき安全装置だが今回は仇になった。
外に逃げる力が無くなりミサイルの侵入を許してしまったのだから。
縦横無尽に飛来するミサイルが街を破壊して行く。
ガチガチ、
ガチガチ、
ガチガチ、ガチガチと歯が笑う。
ブルブルと体が震える。
ビルがリアルな破壊音と共に吹き飛ばされ、瓦礫が散乱し埃が舞い吹き飛ばされたアスファルトの下から剥き出しの鉄板が、まるで映画で見た戦争映画のように変化していく。
響き渡る爆音と振動がグラグラと街を揺らし、目の前の景色が見る見るうちに朽ち果てて行く。
これは…。
これは、悪い夢だ。
僕は自分にそう言い聞かせる。
そう、夢なんだ。
夢。
夢なんだ…。
グラグラと、
グラグラ、グラグラと街が揺れる。
爆音が耳に響き渡る。
其れでも夢だと自分に言い聞かせる。
必死に、僕は必死に自分に言い聞かせる。
然れど爆音が、
街が、
体がフワリと…。
夢なんだ、
これはーー。
夢ーー。
夢なんだ、ゆ…。
…否、違う。
これは、
これは現実だーー。
グラグラとニューセイルが揺れる。人が逃げ惑い街が崩れ去って行く。
溢れ出る涙は、
ボロボロ、
ボロボロ、ボロボロと止まらない。
助けて、
助けてと叫んでいる。
だけど恐怖で声が出ない。
僕は…。
僕は…。
僕は只、何もできず向かいのビルを見やっていた。
何か意味があったわけじゃない。只、向かいのビルが勝手に僕の視界に入ってきていただけの事。取り分け特別な事もない。
そう、僕は茫然自失のままその光景を瞳に映していた。
時折気まぐれのように吹き飛ばされた車がゴロゴロと転がり人の体が弾け飛んだ。この嘘のような光景は僕の心をグチャグチャに握り潰して行く。
逃げなきゃ…。
逃げなきゃ、死ぬ。
逃げなきゃ、逃げなきゃと僕は叫ぶ。然れど其れは言葉にならず、声にならず心の中で叫ぶ事しかできない。
冴木伍長と歩いた華やかな商店街には埃が舞、血が散乱し、人の骸が転がる別の景色に変わって行く。
ガチガチ、ガチガチと歯が笑う。
体がブルブル、ブルブルと震える。
逃げなきゃ、
逃げなければ…。
然れど焦る気持ちに体がついて来ない。指先一つ僕の体は動かない。僕はジッと流れるままの時間を見ている。
恐らくそれはとても遅い流れの中で、僕の時間だけがユックリと動き今まで早すぎて見ることの出来なかった瞬間をハッキリと見やっている。
やがて、ブクリと向かいのビルが膨らんだ。
コンクリートでできたビルの端々に亀裂がユックリと刻まれて行く。亀裂から吹き出す砂埃がビルを覆うように膨らんでいく。
そしてユックリと硝子にヒビが入りビルがグニュッと歪む。それはまるで粘土で出来たビルのように簡単に歪んだ。
グググと力強く曲がるビルにビシッとさらに亀裂が入る。
サンがグニュッと曲がり硝子が外側に膨らんで行く。僕はその光景をジッと見やっている。
ビルの亀裂から小石ほどのコンクリートが弾け飛び、爆風に巻き込まれて行く中の風景が何故かはっきりと僕の瞳に映る。マネキンが、服が、陳列棚が粉々になって行く。
あぁぁぁ、僕も粉々になるんるんだ…。
素直な気持ちでそう思った。
そして、ビルの正面がブクッと膨れた。
大きな亀裂がビル全体に行き渡り、襲いくる爆風がビルの正面を弾き飛ばした。
粉々に吹き飛んで行く石の塊が四方に飛散する。
大きな石の塊がーー。
僕に向かってーー。
飛んでくる。
あぁぁぁぁ、
僕は、
僕は、
死ぬんだ。
僕はそれを見やりながら、如月少尉!そう叫ぶ声を聞いた。
そして直ぐに巨大な音が響き渡り、僕の意識は途絶えた。
それから少し意識を失っていたのだろうか ? 良く分からない。今のこの状況がどう言ったことなのかにも戸惑った。仰向けに倒れている僕。そして覆いかぶさるように冴木伍長がいる。
辺りは暗く物々しい警報音だけが不思議とハッキリと聞こえた。
僕は訳がわからないまま周りを見やる。
目前には瓦礫が覆いかぶさり冴木伍長に当たるギリギリのところで止まっている。そして瓦礫と床に挟まれ視界は限りなく狭くその狭い視界で見えるものは瓦礫と人の足がかろうじて確認できるぐらいだった。
顔を正面に戻すとヌメッとした感覚が頬に伝わる。僕は少し体を動かしそれが何かを確かめる。
冴木伍長の額から血がスーッと垂れている。その血がポトリと僕の頬に落ちる。
「さ、えきご、ちょう。怪我…。」
そう言ってユックリと手を上げ額の血にそっと触れる。ネトリと血の感触が手に伝わる。僕は手についた血を見やり冴木伍長を見やった。
「少尉…。よかった。」
目を開けた冴木伍長が言った。
そして、ニコリと笑みを浮かべ彼女はギュッと僕を抱きしめる。
柔らかくそして何処となくゴツっとした感触、そして彼女の温もりが伝わってくる。
「よかった…。」
彼女が言った。
そして僕は知った。
冴木伍長が僕を救ってくれたのだとーー。
やり切れない感情がググッと体の中から湧き上がった。
悔しい、
情けないーー。
そんな感情が溢れ出してくる。僕は初めて意気地なしで、臆病者の自分を恨んだ。
ブルっと体が震え、僕は又ボロボロと涙を流す。
ボロボロ、ボロボロと涙を流す。
冴木伍長を見やりボロボロと涙を流す。
だけど、今度は怖いからじゃない。
そう、この涙は怖いからじゃない。僕はグッと拳を握った。力ずよく、力ずよく…。自分の不甲斐なさを憎んだ。
「ごめん…。」
「え。」
「ごめん。」
そう言って僕は泣いた。目の前の大きなコンクリートの塊を見やりながら僕はボロボロと涙をこぼした。
「何言ってるんですか。」
「ごめん…。ごめん。今度は、今度は僕が君を守るから。」
そう言って僕は泣いた。
悔しくて、情けなくて、僕は泣いた。泣いてどうなるものでもない。
だけど…。
泣かずにはいられなかった。
「如月少尉。」
冴木伍長がギュッとさらに強く僕を抱きしめる。
「冴木伍長。」
「沙也です。」
「沙也。」
柔らかく、そして何処と無くごつっとした沙也の温もりを感じながら、この日僕は初めて沙也と口ずけを交わした。
暖かな唇の感触が落ち着きを取り戻させてくれる。
僕は…。
僕は…。
僕は。
そして、聞き覚えのある声が聞こえた。
「如月少尉、よく言ったと褒めてやりたいが、チンポ立ててちゃぁ締まらんぜ。」
そう言いながら日比野大尉がギュッと股間を握る。
グアッ!と声を張り上げ思わずグイッと上体を起こす。
ゴン!
上に乗っていた沙也がコンクリートに頭をぶつけた。
沙也の額から流れている血の量が心なしか増えたような気がした。
「さ、沙也大丈夫 ?」
「痛い…。」
沙也が後頭部を抑える。
「ちょ、ちょっと沙也ちゃん血が出てるよ。」
そう言って那奈がハンカチを取り出し沙也の後頭部に当てようとしたが手が入らなかったのでハンカチを間に押し込み、勇がしょうもないことするからだよ。と、那奈が日比野を叱った。
「な、なんだよ。俺はだな…。だ、大丈夫だ。沙也は石頭だからよ。」
「大嫌い。」
ボソリと沙也が言った。僕はそんなやり取りを見やりながら少し安堵感を覚えた。此処に大尉がいる。其れだけで気持ちの持ちようが違う。
何というのか心強い。
そう、心…。
そうだよ。心強いんだ。本当なら沙也も。
僕はカッコ悪いなぁ。そんな事を思いながら僕は少し笑みを浮かべた。
「日比野大尉どうして ?」
「だよ。こんな時までいちゃつきやがって。」
日比野は腰を屈めヒョイっと顔を覗き込ませる。
「え、あ。」
「ふん、帝国軍が攻撃をしかけてきたのさ。」
「連合帝国がですか ? だけど攻撃開始はーー。」
「6日も待たなくていいそうだ。だからよ、少し早いが迎えに来てやったのさ。ま、よく無事だったよ。」
そう言いながらコンクリートの塊をゴンっと殴った。
グラリ…。
塊が揺れる。
グラリ、グラリと塊が揺れる。
日比野はチョンチョンと後ろに下がり塊を見やる。
「え、嘘…。ちょっと。」
沙也の顔がサーっと青ざめて行く。僕達は慌ててその塊の下から這いずりでた。
ゴン !
同時に塊が床に落ちる。
「殺す気ですか。」
ハンカチで後頭部を抑えながら沙也が言った。日比野大尉はバツの悪そうな顔で、死なねえよ。と答える。僕はそのやり取りを聞きながら笑みを浮かべ、ユックリと上体を起こした。
そして、
ゾクリーー。
背中に悪寒が走った。
ゾクリーー。
ゾクリと、恐怖が蘇る。
目前に広がる戦慄。
突き付けられる現実。
僕の浮かべた笑みは現実を目の前にして簡単に消え去った。
薄暗く破壊された店内は物々しく、飛来した残骸の巻き添えを食った人の骸がゴロンと横たわっている。其れは、僕がさっき見た人の足。上半身が瓦礫に潰されテッチャンが腹から出ている。
その光景が驚くほど鮮明に瞳に焼き付き、恐怖の余りサッと視線を反らした。
ゾクリ、ゾクリと悪寒が走る。
僕はフイッと肩越しに後ろを見やる。
沙也とジュースを飲みながら見やった場所だ。
硝子の向こうに行き交う人々が楽しそうに笑顔を浮かべていた場所。今は瓦礫に押し潰され外の景色を見やる事が出来ない。
又ブルっと体が震える。
此れが戦争ーー。
目の当たりにした現実は想像を超える壮絶さを伝え黒い闇が僕を飲み込んで行く。
僕はグッと歯を食いしばり襲い来る恐怖を胸の中に押し込んだ。
其れでもブルっと体が震える。
必死に僕は恐怖を抑え込もうと拳を握る。
ブルブル、ブルブルと体が震える。
歯を食いしばり力一杯拳を握る。其れでも体は震え続ける。力を抜けば歯がガチガチ、ガチガチと笑い出す。
怖いーー。
この状況を見やり更に恐怖は肥大していく。
そりゃそうだ…。
だって、僕は、
僕はずっと他人事だと思っていたのだから。
ずっと…。
士官学校時代もずっと他人事だと思っていた。
戦争も殺戮も、其れこそ奴隷やこの世界の成り立ちでさへ、僕は他人事のように感じていた。古き時代の戦争の映像を見せられても其れはまるで映画の一部分を見るかのような気分で楽しんでいたし、劣化ウランで水頭症になった子供の映像を見ても、いかに戦争が悲劇的な物かなど蚊程も真剣には考えていなかった。
全ては自分とは関係のない無縁の事だと僕は常に素知らぬ顔で生きていたのだ。
兵士のくせにーー。
そう言われれば、確かにそうだ。だけど戦争が始まるなんて誰が考えただろう ? 自分が戦場に出るなんて誰もそんな事を考えてもいないと思っていた。
それに見ている景色が平和であれば尚更そう思うし、此れが永遠に続くと錯覚してしまう。だから覚悟なんて一度もしたことがない。この先も必要などないと感じていた。
だから…。
だから僕は泣くんだ。
だから僕は弱いんだ。
だから恐怖に負けるんだ。
体がブルブル、ブルブルと震える。正直僕は怖い。どんなに強がってみても恐怖は僕の心を蝕んで行く。
怖い。
怖い。
現実は僕を英雄になどしてくれない。只、恐怖を与え此れがお前の生きている時代なのだと言うだけだ。
剣を取れ、銃を握れ、そして敵を殺せーー。
殺せ…。
殺せ、殺せ、殺せと訴えるだけ。
敵を殺すのが戦争。
敵の物を奪うのが戦争。
人を殺し、略奪する。
理由が如何あれ、其処に大義があろうと其れは海賊と変わらない。僕も敵を殺し、侵略し、そして殺されるのだ。
ブルブル、
ブルブル、ブルブルと体が震える。
誰かに夢だと言って欲しい。
現実を目の前にして、理想や、想いだけで何とかなる問題ではない事がヒシヒシと伝わってくる。だから僕は願っている。此れは悪い夢だと言ってくれる事を。僕は必至に其れを願っている。
だけど。
だけど…。
薄暗く崩壊した店内を見やり其れが夢でない事は十重に理解している。此れが現実、そして戦争は始まったのだ。
泣いても、笑っても其れは変わらない。
其れでも怖い。
僕は怖い。
其れでも…。
其れでも、
僕は、
僕は、
沙也を守るんだ。
溢れ出てきそうな涙をグッと堪え天を見やる。
涙が零れ出ないように力強く。
そう、力強く僕は自分に言い聞かせる。
僕は沙也のヒーローになる。
決めたんだ。
僕が彼女を守るって。
だから。
だから。
僕はグッと歯を食いしばる。
体がブルブル、ブルブル と震える。
そして、
ギュッと柔らかくそして何処と無くゴツっとした感触と温もりが僕を包み込んだ。僕はゆっくりと下を向く。
沙也が力強く僕を抱きしめてくれている。
ブルブルと震える体を宥めるように僕を抱きしめる。
彼女の柔らかな温もりが心に染み渡る。
僕は。
恐怖を徐々に和らげてくれる優しい温もり、黒い闇に支配された視界が開けて行く。
彼女の胸の感触と温もりが僕に勇気を与えてくれる。
ドキドキ、
心臓がドキドキ、
ドキドキ、ドキドキと高鳴って行く。
力強く勇気が湧いてくる。
僕が沙也を守るんだ。改めて自分に言い聞かせ、力一杯握りしめた拳の力をゆっくりと抜き、僕は優しく沙也を抱きしめた。
沙也が僕を見やる。
僕が沙也を見やる。
「悠那…。大丈夫だよ。悠那の事は私が守ってあげるから。」
そして沙也が言った。その瞬間僕の目頭から涙が溢れてきた。
違うんだ。
僕の中で僕が叫ぶ。
違うんだ。
僕が、
僕が沙也を…。
僕は心の中で必死に叫んでいた。然れど其れは言葉にならず唇がプルプルと悲痛に震えるだけだった。
僕が沙也を守るんだ。
僕の目からは言葉にならない叫びが涙になって溢れ出ていた。