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heroine is back. 記憶 3

挿絵(By みてみん)

ピンクレモネード




「滝野…。」

 日比野勇はボンヤリと窓の外を見やっている滝野に声を掛けた。

 窓といっても戦艦の窓はごく限られた部分にしか存在しない。其れにおいそれと誰がしに立ち寄れる場所でもない。何故ならその場所は航海兵が航海に障害がないかを目視で確認する場所だからである。其れに一般兵の居住区や艦橋等は戦艦の中央に設けられている。此れは戦艦が攻撃されたさいに極力戦死者を出さない為の処置である。その為第一、第二艦橋等から見える風景は全てリアルタイムで映し出される映像である。

 だから滝野が見やっている窓は窓のように作られた部分に外の映像が映し出されている映像である。勿論その映像は真っ暗な宇宙だ。

 滝野は窓の出っ張り部分に腰を下ろしている。日比野は砂糖なし、ミルクなしのアイスコーヒーを一口飲んだ。

「日比野隊長…。」

 生気の抜けた声で滝野が答えた。

「気持ちが折れちまったかよ。」

「そうですね。」

 コーラーを一口飲みタバコを吹かす。ボウっとコーラーのカップを見やりそのまま視線を宇宙に移す。そんな滝野を見やりながら日比野は滝野の横に腰を下ろした。

「何かあったんすか ?」

 滝野が問うた。

「あぁぁ…。さっき連合帝国から通信があってな。」

「連合から ?」

「救助者を返還したいらしい。」

「救助者 ? 何です其れ ?」

 眉を顰め言った。

「ニューセイルの爆風に飛ばされたこっちの兵士を救助しているんだとさ。」

 そう言うと日比野はタバコをポケットから取り出し一服つけた。

「バッ…。自分達で核を使っておいて救助ですか。ーー勝手なものですね。」

 吐き捨てるような口調で滝野が言った。

「まあな…。だけどよ。その中にいるかもしれないだろ。」

「いる ? いるって誰がです。」

 滝野は首を傾げる。

「悠那だよ。悠那…。」

「真逆…。止めてくださいよそうやって期待を持たせるのは。」

 そう言うと滝野はグイッとコーラーを飲み干した。

 日比野が滝野にこの話をしたのには理由があった。其れは悠那の直接の上官にあたるのが滝野だからだ。

「確かにな…。わずかな期待かもしれんけどよ。だけど、134人だ。134人の救助者が返還される。少しぐらい期待したっていいだろ。」

「たったの134人ですか…。ニューセイルには何万何千の兵士がいたんですよ。其の内のたった134人…。鼻糞じゃないですか…。」

「そうだよな…。悪かった。」

「本当に悪いですよ。そんな事聞かされたら、たった134人でも期待してしまいますよ。」

「だな…。ーーすまん。」

「別に…。いいですよ。」

「いや、何て言うか、俺が付いていながら…。」

「其れは言いっこなしですよ。別に大尉の責任じゃありませんから。其れにあれはどうにもできない事です。其れに昔俺に言ったでしょ。助けに来たもんはどうしょうもないって。」

「どうしようもない ? あ、あぁぁぁ。ひょっとして佐野の事か ?」

「ええ。あいつが俺の身代わりになって死んだ時そう言いましたよ。」

「確かに…。そんな事言ったな。だけどあれは古い昔の話だ。」

「いえ、未だ半年です。」

「半年 ? そうか、もうそんなに経つか。」

「いや、未だ半年しか経ってないんですよ。」

 滝野が嗜める。日比野は少し間を空けた。

「まぁ、何にしても彼奴は優秀だったな。」

「え…。え、ええ。そのあとの悠那ですから。参りましたよ。」

「だな…。お前は悠那を見た瞬間から嫌な顔をしてたからな。」

「バカ丸出しの顔でしたからね。あれはどう見ても兵士って面じゃないでしょ。」

「違いない…。」

「正直恨みましたよ。」

「恨む ? どうして ?」

「彼奴は誰の目から見ても優秀な兵士でした。」

「悠那か ?」

「佐野です。」

「だな…。」

「3ヶ月後には小隊長としての移動も決定していたんです。その直後の殉職…。しかも俺を庇って彼奴は死んだんです。自分を責めましたよ。部下に助けられるなんてシャレにならないですからね。自分を恨んで責めて責めて…。その辛さが全然癒えていない時にあれですよ。」

「そう言うなよ。癒されただろ。」

「冗談でしょ。」

 そう言って滝野は少し笑った。日比野は煙草を消した。

「まったく。半年の間に2人も殉職者を出すなんてついてないですよ。」

「おいおい、そう焦るなよ。もう少しでリストの照合が終わる。」

「ーーいると良いですね彼奴…。」

「あぁぁ…。仮に今回のリストに入っていなくても可能性はある。」

「可能性 ?」

「ヒューリ-パッカ近衛艦隊全35大隊で救助作業を行ったそうだ。其の内こっちに返還してくるのは俺逹を追ってきている1大隊だけだからな。後は近所のライフカプセルに降ろすらしい。」

「って事は残りの34大隊の中にいるかもしれないと。」

「そう言う事だ。」

「そっか…。気持ちを折るには未だ早いですか。」

「だよ…。其れに救助者を返還して”ハイ”終わりってわけにはいかないみたいだからな。」

「成る程…。見逃してはくれないってことですか。」

「まぁ、当然そうなるわな。向こうも遠足じゃないんだ。”鬼神丸を見て帰りましょ”ってわけにはいかんだろ。」

「確かに。鬼神丸見て喜ぶのは彼奴ぐらいですか。」

「だな…。向こうの攻撃開始は全ての作業終了後の3時間後だ。」

 そう言って日比野は腰を上げた。

「日比野隊長。」

「どうしたよ ?」

「伊藤や、向井には ?」

「まだだよ。」

「そうですか。」

「今から伝えに行くんだよ。」

「そうですか、伊藤が喜びますよ。」

「其れだ。うざいんだよ。悠那君、悠那君ってよ。」

 そう言いながら日比野は歩いて行った。滝野は重い面持ちを浮かべながら宇宙を見やり”3時間後か…。”ボソリ呟いた。

 映像に映る宇宙は何事もなくただ暗闇が全てを支配している。其処には光も、音も、空気もない。正直動いているのか止まっているのかも分からない。

 これが映像だからか…。否、肉眼で見ても其れは止まっているように見える。宇宙に生まれ宇宙で育っても其れは動いているようには見えない。止まっているように感じるのだ。

 ならいっそうの事本当に止まって仕舞えば良い。滝野はそう思った。止まれば後の3時間後…。其れは永遠に訪れる事はない。

 3時間後…。

 其れは言うなれば死へのタイムリミットである。半壊の巡洋戦艦、大多数の負傷兵を抱えたこの艦隊に戦える力など皆無。ラングホルク軍事要塞からの援軍が向かっているとはいえ其れが間に合うかどうかさへ疑問な所である。

 間に合えば生還の可能性が少し出てくる。だが、もしも間に合わなければ…。自分達は間違いなくここで死ぬ事になる。

 不安が胸中を締め付ける。誰もこんな所で死にたくなどない。兵士だから仕方のない事なのかもしれないが其れでも生きれるのなら生きていたい。当然の事である。

 否、生きるというのは全ての人に与えられた権利なのだ。史上最悪な極悪人だろうと、高貴な聖職者だろうと其れは平等に存在する。

 だが、此処に其れは存在しない。存在するのは互いに殺し合い生き残る事だけ。其れも圧倒的劣勢の状況でだ。

「核を撃って助けて殺すか…。意味わかんねぇな。ってか見逃してくれんかね。」

 滝野は煙草を取り出し一服点けた。


 日比野は滝野と別れて直ぐにマルチファンクションレンズからリストの照合結果が出ているかを検索した。照合結果は既に出ていた。結果は”照合なし”である。134人の救助者の中に如月悠那の名前がなかったという事だ。日比野は大きく溜息をついた。

「そううまくは行かないか…。」

 そう言って日比野は又煙草に火をつける。ゆらゆらと揺れる紫煙を見やり”史上最強のヘタレが世界を変えるってのも面白いと思ったんだけどな”とぼそりと呟く。

「ダメか…。」

 ブツブツ言いながら長い廊下を歩く。

「あ、日比野大尉。ここは禁煙ですよ。」

 見知らぬ兵士が言った。日比野はジッとその兵士を見やる。やはり誰かは分からない。だが、その兵士は自分のことを知っている。

 艶のある肩までの黒い髪、折れそうなほど華奢な体。顔に似合わぬ真っ赤な口紅。やたらと長い睫毛、鋭く尖った目、矢張り見知らぬ女性であった。階級章を見やり中尉だと知る事は出来た。「誰 ?」

「加藤美鈴3等級中尉です。」

「そうか。悪かった。」

 そう言って日比野は煙草を携帯灰皿に捨てた。

「出すぎた事を言って申し訳ございません。」

「いや、良いんだよ。其れよりどうして俺の事を知っているんだ ?」

「どうしてって有名ですよ。」

「俺が ? どうしてさ。」

「其れはカッコイイからですよ。女子の中ではかなり有名ですよ。日比野大尉の写真を待ち受けにしている子もいるぐらいですから。」

「マジか。」

「はい。私もファンです。」

「か、加藤中尉も ?」

「美鈴でいいです。」

「なんか、恥ずかしいな。」

「私もです…。」

 そう言って加藤は顔を赤らめた。

「有難う。」

 そう言って又日比野は歩き出す。日比野はこう言ったやり取りが苦手なのだ。

「あの…。」

「ん ?」

 日比野は後手に振り返る。

「どうして那奈なんですか ? 正直可愛くないと思います。其れにヒロインにするには太りすぎじゃありませんか。其れとも日比野大尉は太っている子が好きなんですか ?」

「ーーヒロイン ? って事は俺はヒーローか ? 残念だが俺はヒーローじゃない。だから、彼奴は…。那奈はヒロインじゃないよ。」

「そんな事ありません。日比野大尉はヒーローです。ニューセイルの戦闘の時も鶸大佐と対等に戦ったって聞きました。」

「其れは拡張されすぎだな。其れに…。」

 ここで日比野は言葉を止めた。”自分のヒーローは死んだ”そう言いかけたからだ。

「其れに ?」

「ん、いや…俺は、ーー俺はデブ専なんだよ。」

 そう言って日比野はニコリと笑みを浮かべた。その笑みがいびつな笑みであろう事は自分でも分かっていた。だが、笑みを浮かべその場を去る以外考え付かなかった。

 相変わらず気分は重い。ヒーローと言われ更に気分が滅入る。

 何がヒーローだ。日比野は胸中で叫んだ。ヒーローが入隊したてのヒヨッコに助けられるのか…。

 馬鹿馬鹿しい…。

 本当に馬鹿馬鹿しい。

 日比野は自分を責めた。

 否、あの日以来日比野はずっと自分を責め続けている。もしもあの時、自分がもっと鶸を攻めていたら悠那は戻ってこなかっただろう。爆風の中で悠那の手をもっと強く握っていたら悠那は此処にいただろう。悠那に目を掛けなければ彼奴は安全な場所にいたかもしれない。自分が悠那を選ばなければ…。

 あの時助けに行かなければ…。

 俺が…。

 俺が…。


 俺が悠那を殺したんだ。


 否、まだ死んだと決まったわけじゃない。滝野に希望を持てといったのは自分だ。その自分が希望を捨ててどうするのか。日比野は自分に強く言い聞かす。

「私…。私太ります。そしたら私を見てくれますか。」

 加藤中尉が言った。

「え…。いや、美鈴は今のままの方が可愛いよ。」

「でも…。」

「あ、いや…。そうだな。考えておくよ。」

 滅多な事は言うものじゃないなと日比野は後悔しながら又歩き始めた。加藤は口を膨らませ踵を返した。

 其れから暫く長い廊下を歩いていると今度は目前に”コール”の文字が表示された。整体認証カードに着信が届いたのをマルチファンクションレンズが知らせているのだ。着信者は那奈だった。

「よう、どうした。」

「勇…。勇…。」

 電話の向こうで那奈が泣いていた。

「どうした ? 何かあったのか ?」

「沙也ちゃんが、沙也ちゃんが…。」

「沙也がどうした ? ーー真逆…。」

「うん、うん…。」

「そうか…。彼奴無事だったのか。」

「うん。」

「そっか…。」

「うん。ねぇ、悠くんは ? 悠くんも無事だったんでしょ ? ねぇ、悠くんも…。」

 その問いに日比野は答えない。否、答えられなかった。

「ねぇ、勇。い…。ーーごめん。」

「気にするな…。別に望みが絶たれたわけじゃないからさ。」

「そうだね…。」

「あぁぁ、未だ残り34大隊の中にいるかもしれないしよ。其れにこっちにくるよりは安全だ。そう考えると彼奴は相当運が強い奴だよ。」

「そうだね。その方が悠くんらしいよね。」

「あぁぁ…。彼奴らしい。」

 そう言って暫く沈黙が続いた。

 気持ちが重く言葉が思いつかなかった。

「後でそっちに行くよ。」

 長い沈黙の後、言葉を発したのは日比野だった。

「うん。分かった。」

「じゃぁな。」

 そう言って電話を切る。

 重い気持ち、心臓を鷲掴みにされ握りつぶされる感じだった。日比野は拳を握りしめ無性に暴れ出したい気持ちを抑えつけた。


 同時刻ーー。

 学は少女…。否、冴木沙也をラウンジルームに招いていた。

「あの…。」

 対面の席に座っている沙也が言った。

「どうした。」

「ヴィーナスシュートバナナオレって何ですか ?」

「バナナジュースの事だろ。」

「普通の ?」

「ああ、普通の。」

「じゃぁ、このヴィーナスシュートって言うのはあまり意味がないんですね。」

「ああ、そうだ。で、其れでいいのかい ?」

「いえ、私はこのヴィーナスパンチングコーラーって言うのにします。」

「其れは普通のコーラーだけど良いのかい ?」

「そっか…。じゃぁ、コックシュートストライクホワイト激炭酸にします。」

「分かった。」

「が、が、が…。」

「学元寸だ。」

「が、学さんは何にするんですか ?」

「私は茶で良い。」

「茶 ? 紅茶ですか。」

「いや、茶だ。」

「レモンティ。」

「いや、普通の茶だ。」

「ああ、ストレートですか。」

「いや、只の茶だ。」

「え、お茶はタダなんですか ? だったら私も其れで…。」

「いや、だから…。」

 そう言いながら学はテーブルに表示されている注文票から茶とコックシュートストライクホワイト激炭酸を注文した。沙也はジッと学を見やりながら首をかしげる。首をかしげたいのは私の方だと思いながら学は沙也を見やった。

「あの…。私に見せたいものって何ですか ? 私こう見えて結構忙しいんですよね。」

 唐突に沙也が言った。大凡の内容はラウンジに行く途中で学から聞かされた。が、記憶のない沙也には今ひとつピンと来るものがなかった。

「忙しい所すまないな。君に見せたいものは此れだ。」

 何に忙しいのかいまいちピンとこなかったが学はそう言った。そう言ってから学は自分の生体認証カードに映像を写しだし沙也に見せた。映像には朽ち果てた人形兵器がarchⅡ遺跡に収容される様子が映し出されていた。

「何ですかこれ ?」

 沙也が問うた。

「この兵器に見覚えは…と言っても分かるわけないか。」

「はい。」

「この兵器には恐らく君にとってとても大切な人が乗っている。」

「私の ?」

「そうだ。君が命をかけて守ろうとした奴だ。」

「私が ? 真逆…。私はどちらかと言うと守ってもらいたいと思っています。」

「そっか…。じゃぁ、これを見てどう思う ?」

 そう言うと学は別の映像を映し出し沙也に見せた。今度の映像は金色の人形兵器がCUEの艦隊と戦闘をしているシーンだ。

「分かりません。」

「だよな。恐らくこの兵器に乗っているのは君の大切な人だ。先の映像だけでは生きているのか死んでいるのかは分からない。だが、この映像を見て私は確信した。彼が生きているとね。」

「どうしてですか ?」

「エリンと戦闘していた時の動きに酷似しているからさ。と言ってもその時の動きと此れでは比べ物にならないほどスムーズな動きにはなっている。恐らく其れは…。」

 と、言った所で学は話を止めた。無駄に話しても理解できるものではないと思ったからだ。

「まぁ、兎に角君の大切な人は生きていると言う事だ。」

「そうですか…。でも、なんですかねぇ。喜んで良いのか悪いのか。私は女に守られるような男に興味はありませんし、守りたいなんて言う母親的思考もないんですよね。」

 と、沙也が言った所で飲み物が到着した。飲み物は料理科の兵士が運んできた。沙也はとりあえず一口コックシュートストライクホワイト激炭酸を飲む。

「グホ !」

 強烈な炭酸の刺激が喉で弾けあった。とてもじゃないが飲み干せる代物ではない。沙也は口に含んだそれを全て口から噴き出しながら噎せた。

”ゲホ、ゲホ、ゲホ、ゲホ…。”

「大丈夫かい ?」

「ゲホ、ゲホ…。ふぁ、ふぁい…。」

「激炭酸は普通の飲み物じゃないからな…。迂闊に手を出すと喉をやられかねないよ。」

「ざ、ざぎにいっでぐだざいよ…。」

「いや、知っているものだと。」

「知っていても今は知りません。」

「あぁぁ…。成る程ね。ああ、そうだ。この映像を君の生体認証カードに送っておくよ。記憶が戻った時の為にね。」

「ど、どうも…。」

 そう言うと沙也は生体認証カードを学の前に出した。学は自分の生体認証カードを沙也の生体認証カードにコツンと当てた。これで映像が沙也の生体認証カードに送られる。

「じゃぁ、私はこれで…。」

「もう行くんですか ?」

「ああ、これから君たちを送り届ける準備があるからね。と、言っても其れは私の仕事じゃない。私の仕事はその後…。その準備をしに行くんだ。」

「その後 ? 何があるんですか ?」

「何 ? ん…。何ていうのか。助けておいてなんなんだが。ーー君たちを殺す準備だよ。」

「私達を…殺す ?」

「そうだ。」

「うふ…。変なの。」

「変 ?」

「変ですよ。殺す私にどうしてこの映像を見せるんですか ? 本当は殺さないんでしょ。」

「いや、殺すよ。戦争だから。それを君に見せたのはニューセイルから生き延びてきた褒美だ。正直君たちはあの場所で死んだと思っていたからね。だから、その映像を見た時正直震えたよ。君が救助されるところを見た時も同じように震えた。運命だと思った。」

「運命 ?」

「あぁぁ…。お互い殺し合う運命だとね。ただ、君が記憶喪失である事は誤算だったけどね。」

「そ、其れは残念でしたね。」

「他人事だね。」

「今は…。」

「だな。」

 そう言うと学は沙也のもとから離れていった。沙也は学からもらった映像を映し出した。映し出された映像をぼんやりと見やる。映像としてはどちらも4、5分程度のものであるが、やはり何も思い出さなかった。それよりも沙也の頭の中には違う感情がグルグルと渦巻いている。チャウ-ロン2等級中尉の事である。

「チャウさんか…。」

 おもむろにチャウの顔が浮かび上がる。収監房に案内される前に少し歩きながら話した事を思い出す。沙也は映像を消し力一杯伸びをした。そして股座をもじもじさせる。

「ふう、チャウさんに会いたいな…。」

 沙也の頭の中に悠那の面影はない。

 記憶がないのだから仕方がないのかもしれないが、すでに思い出そうと言う気もなくなっている。なぜなら沙也の気持ちはチャウに移っていたからだ。

 自分の命を救った相手という事もある。

 その後の優しい接し方にも好感があった。

 何よりも好きになってしまった。そしてお礼の気持ちを込め沙也はチャウに抱かれた。その行為はチャウが沙也を収監房に案内している時の事だった。


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