13話 狭間と鉄の塔 3
長い首を落とされ、息絶えた鯰頭を観察する。
私には一つ、疑問が胸にあった。
「こんな魔獣、討伐リストに書かれていなかったはずなんですけど」
「じゃなあ。何か仮の名前を付けて呼ぶか」
「それなら鯰の頭で、『鯰頭』と仮でつけましたけど」
「まあ、それでいいか、魔獣相手じゃし」
私たちは改めて鯰頭を見下ろす。
「討伐リストになかったのなら、この魔獣は未発見か、危険性がない存在と想像できますが」
「戦ってきた経験からいえば、こやつはかなり厄介じゃ。それにレンゲにも襲いかかっておった」
「なら後者はないものとして、未発見の線で考えましょうか」
「うむ」
「となるとここは、本来の第四階層ではないということでしょうか?」
「その可能性は高いのう」
「くひひっ、それは僕が説明してあげよう」
足元から声がしたと思えば、ハマハッキが草を登って姿を現す。
「いたんですね、ハマハッキさん」
「ああ、君たちが下層に向かったことを確認して、そろそろ手伝ってあげようかと思い追ってきた。その結果が、『狭間階層』だとは思ってもみなかったけど」
「狭間階層、ですか?」
「君たち二人はダンジョンという存在をどれくらい理解している?」
「魔獣がおって、財宝の手に入る場所じゃな」
「『隣り合い無数に存在する異なる世界を模倣した領域』…でしたっけ?講習で聞きましたけど」
「及第点かな。この世界に空いた穴から流れ込む、隣り合いながらも隣にない世界の、記憶に近い残滓。それらが形を成したのがダンジョンなんだ」
私は隠しから紙と鉛筆を取り出して、走り書きをする。
覚える必要があるかどうかは分からないけど、どこかに記さなければ確実に忘れてしまう知識だ。
「それでここが狭間階層とやらというのには、どう関係があるんです?」
「この世界に無数にある穴から、そういった残滓が入り続けているのだけど、それらが全てダンジョンとなるわけではない。
不安定な残滓は、既存のダンジョンで一時的な階層となって、時間の経過で消滅していく。それが狭間階層というわけだよ」
「つまりは未探索ということじゃな!」
…ふむ?
ここは一時的な場所で、時が過ぎると消滅する?
「ここ、めっちゃ危ない場所ってことじゃないですか。さっさと撤退した方がよくないですか?」
「くふっ、残念ながら第三階層から続いていた階段はもう存在しない。僕が下っている最中に幅が狭くなっていてね、出るのと同時に小屋ごと潰れちゃったよ」
「え?」
小屋のあった方へと目を向けると、ハマハッキの言う通り小屋は無惨に潰れていた。
「わぁ…」
「君たちは下に進むしかなくなったというわけだね!」
「いえ、アキラ様の転移で自宅に帰れますんで、それは大丈夫です」
「うむ」
「え?それってズルじゃん。慌てふためく姿を見たかったのに」
「…人の悪い。いや、最初から人じゃありませんね」
私が肩を竦めると、アキラは期待の色が混じった表情を向けてきた。
「けど、儂的にはここの探索をしたいぞ」
「時間がある限りなら、いいと思いますよ。稼げるなら稼ぎたいですし」
「よしっ!財宝と強敵が儂を待っておるぞ!かっかっか!」
「なーんか、予想外」
「残念でしたね」
「まあいいや、時間切れになったら僕も一緒に転移させてよ」
「出口は分からないんですか?」
「分からない。何とかなりそうではあるけど」
「そうですか」
ということは、上手くやればハマハッキをこの狭間階層に閉じ込めることができる?
「なんか、悪いことを考えておるな?」
「いや、上手く逃げればハマハッキさんを閉じ込めていけるかなって思いまして」
「腹黒なメイドめ…」
「冗談ですよ冗談。それじゃあ、この鯰頭をどうにかしましょうか」
鯰頭の死骸を見下ろしてから腕を組む。
討伐リストにはなかったけど、肉や素材が売れる可能性はある。
「これ、銀蔵に入ります?」
「問題ないぞ」
そういうとアキラは鯰頭の首と身体を消してみせる。
「ありがとうございます。それじゃあ、探索に出ましょうか」
「おう」
「うん」
私たち三人(?)は草原を進んでいく。
****
「うわー、こいつと戦うと疲れるんですけど!なんでこうも攻撃を防ぐんですか!」
私たちは四匹目の鯰頭との戦闘を終えていた。
あいも変わらず首を振り回してアキラの攻撃を防ぎ、私の攻撃は後ろ足で受け止められている。
なんとなく、後ろ足の間合いは掴めたものの、それでも防がれ続けるのはキツい。すごく疲れる。
「というか頭をぶん回して!なんで攻撃を確実に防げるんですか!もう!」
「なんとなく、ハマハッキの防御に近い気がするんじゃが、魔力の糸とかそういうのは分からんのか?」
「えー?あの魔獣は僕と同系統とは思えないんだよね。なんというか、アホ面だし」
しっかりした理由があるわけじゃないんだ。
「とりあえず防御をすり抜ける方法が欲しいです。激しい戦闘で筋肉痛になりそうです」
私は改めて鯰頭の亡骸を観察する。
頭を振り回しても周囲を確認する方法はあるんだろうか?
そもそも後方で足を狙ったハルバードの攻撃も、寸分狂わずに受け止められていた。
お尻に目でもついているんだろうか?
尻尾を持ち上げると、そこにはお尻の穴があるばかりで、目玉がギョロギョロとしているわけではない。
短い体毛を掻き分けても、それらしい器官は見られない。
はてさて、どうやって防いでいたんだろう。
「何を探しておるんじゃ?」
「私の攻撃を防げるだけの目があるんじゃないかって思いまして」
「…その理論じゃと、儂の攻撃を防ぐための目も必要じゃと思うが。頭がブンブン振られてるし」
「あー、それもそうですね」
私たちが話し合っていると、ハマハッキが鯰頭の身体によじ登り、足で各所をつついたり、噛みついたりしている。
「なにか分かりましたか?」
「僕の見立てだと…その髭かな。動物の髭っていうのは、何かしらを感じ取る器官だ。魔力は…レンゲ・ハリュウのことを考えるとないし、まあ何かを読み取ってるんだよ」
「なるほど。ご助言ありがとうございます」
弱点が髭ならぶった斬ってしまえば―――。
「…頭がよく動くので、髭を斬るのは難しそうですね」
「そうじゃな。しかし、色々と考えてみよう」
「はい」
あれこれ考える私たちを、ハマハッキはジッと見つめていた。
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