1話前編 生贄と水晶の龍
「おーい、蓮花!蓮花はいるか?」
「いるよー」
私、蓮花は祖父の声に返事をし、声の方へと向かう。
「祖父ちゃん、なに?」
「この村にゃあ、守護龍伝説ってのがあるだろう?」
「一〇〇年に一度、生贄を捧げると、向こう一〇〇年は村が豊かになるっていう迷信?」
「迷信なものか、それに生贄ではなく花嫁だ。今から一〇〇年前にも若い娘を嫁がせたことで、この村は富に恵まれ食いっぱぐれることなく、豊かに生活できたんだ。いいかい蓮花、守護龍様を軽んじてはいかん―――」
あーあ、また始まったよ。こうなると長いんだよ。
こんな迷信があるから、この村の爺婆は銭もないのに浪費しようとするんだ。
私だって『清貧を楽しめ』なんて性分じゃない。けれど、この村の在り方は間違っている気がする。
…それに生贄なんかを捧げただけで、なんの意味があるんだか。
というか、いつにも増して話が長い。
毎度毎度、同じ話でよく飽きないものだ。
そもそも、自分たちが生まれるよりも前の話なんじゃ?
「―――分かったか?」
「ん?ああ、分かったよ、分かった」
「孫娘に言いたいことじゃあないが、他人の話を話半分に聞くようじゃあ守護龍様の花嫁になっても、村の富がもたらされないかもしれない。しっかりとした態度で、誠心誠意お仕えする気持ちを持ちなさい」
「あー、うん。…うん?」
なんか、変なことを言ってなかったか?
「どうした、ひょっとこの方がマシな素っ頓狂な顔をして」
「いや、私が花嫁になるみたいな物言いだと思ってね」
「そうだよ、蓮花が今回の花嫁だ。村のためによろしく頼むよ」
「いや、え?聞いてないんだけど」
「さっき説明したろう。お前が話半分に聞き流してたんじゃないか」
「いやでも急すぎるし、なに、祖父ちゃんは孫娘を生贄に捧げようっての?」
「生贄じゃないと何度言ったら…まあよい。花嫁になることは栄誉なことなんだ。もっと喜んだらどうだ?」
「今から死ねって言われてるのに喜べって、頭おかしいよ…」
意味が分からない。
…わけじゃないけど、いきなりの死刑宣告に私は困惑しきりだ。
こんなことが許されていいのか?
良くないだろう。
「迷信のために死ねるかっての!」
「あっ、おい!」
「じゃあね、クソ老耄。死ぬまで一生、狸の皮算用でもしてるんだね!」
着の身着のまま駆け出した私だったが、村人総出で追いかけられて、四半刻もしないうちに捕まってしまった。
あーあ、耄碌してる爺婆まで飛び出してくるなんて、迷信を信じ過ぎだろう。
…漠然とした不安があった。
ただそれは、今にも爆発するようなものではなく、小さく燃える残り火のようなものだった。
けれど今日はっきりした。この村は狂ってる。
****
蔵に閉じ込められた私は、三日も過ぎてしまった。
一日三食、喰うには困らなかったが、寝ずの番の見張り付き。蔵自体も狭っ苦しく、ただただ退屈。
生贄にされるくらいなら、舌でも噛み千切ってやろうかとも思ったが、十七年という短い人生に幕を下ろすのは早すぎるし、そんな阿呆なことはしたくない。
…それに痛そうだし苦しそうだ。
「おーい、いつまでこのままなんだよ。こんな生活が続いたら、生贄になる前に死んじまうぞ?」
「花嫁だっつってんだろ!騒々しくしなくても、明日にゃ龍の寝蔵に連れてってやる。守護龍様のために心を清めて待ってるんだな!」
「はぁーあ、短い人生だったなあ。生贄だってのに碌な飯も馳走してくれないんじゃあ浮かばれないよ」
「愚痴愚痴うるさいな」
「あーあー!せめて良いものが喰いたいなぁ!」
「うるせえ!」
「きゃあっ!」
この前は咄嗟に逃げる判断をしたけど、冷静になってみると逃げ出したところで私に何ができるっていうんだ。
たかだか十七歳の小娘一人、街に降りる前に襲われる可能性だってあるわけだし。
悲しいもんだね。
私は見張りに対して文句を叫びながら、蔵の中の物色を再開する。
今すぐに逃げ出すのは一旦諦めて、今後のことを見据えて金目の物でもないか探している。
そう、逃げても一文無しじゃ生きていけないが、最低限の元手でもあれば、雇先を見つけるまでの時間は稼げるはずだ。
とはいえもう三日経ったんだ、めぼしいものなんてありゃしない…と思ったけど、差し込んだ光に何かが反射して輝く。
あれは銭の放つようなちゃちな光じゃない、これはツイているかもしれない。
「よ〜し、出ておいで〜。…あ痛っ!?」
チクリとした感覚と共に手を引っ込めると、血の球が指先にくっついている。
どうやら鋭利なものらしい。
私はそこらの棒を手に取って、直接触れないように掻き出してみた。
「これは…水晶の欠片?」
そういえば、うちの納屋でも見かけたことがある。
大した銭にはならないから放っておいたけど、他の家の蔵にもあるってのは少し違和感がある。
近くに水晶の取れる場所なんてあっただろうか?
少しばかり鋭い水晶の欠片。無いよりマシ、何かに使えるかもしれないそれを袖にしまい込んでから、物色を再開し、見張りに対して喧しく声をかける。
****
日が変わり、私は村の女衆に囲まれて、花嫁衣装に着替えさせられていた。
「生贄に捧げるだけだってのに、随分な気合の入り様じゃないか」
「あんたは本っ当に口が減らないね」
「そりゃそうだ。罪もないのに死ねって言われて、薄暗い蔵に閉じ込められて、質素な御飯しか与えられなかったんだよ?同じ目に遭ってみなって」
女衆からは明確な苛立ちを見て取れる。
一発、私を殴ってでもくれれば騒ぎを起こせるんだけど、苛立ってるくらいじゃ足りないか。
「お〜っとっと」
「痛った、なんのつもりだい?」
「帯の巻き方が悪いんじゃないのかい?よろめいちゃったんだ、許してちょんまげってね」
「蓮花、いい加減にしなさいよ」
「なに、やるっての?」
怒りの視線が刺さる。
こんなクソみたいな奴らに容赦をする必要なんてないんだけど、冷静な判断をされて、適切に動かれるのが一番損だ。
それに、この小母さんたちは、常にいない誰かの陰口合戦をしているような、悪口に手足と口が生えたような腹の中に毒の渦巻く連中だ。
うまく刺激できれば、騒ぎを起こせる気がする。
「勘違いしているみたいだけどね、あんたは若いってだけで、顔や気立てで選ばれたわけじゃないんだよ」
「そうよ。あんたなんて街に出たら、何でもない田舎者なんだから」
そりゃそうだ、違いない。
「若さがなくなると余裕もなくなるのは意外だったよ。旦那に相手にされなくなって日照ってるの?」
「なっ!?」
「あんた、何言ってるか分かってるんだろうね!」
「あんたらがよく言ってることだろ。…あんたがいない時にはね―――」
小母さんたちは言っていた悪口の子細を語る私の表情は、悪人そのものだろう。
生憎とこっちは命がかかってるんだ。多少は目を瞑ってもらわないと。
「―――てなわけでね奥様方、自分自身は悪口やら陰口を言われてないとでも思っていたのかもしれませんけど、同じ穴の狢だったってわけでさ。ははっ、お笑い草じゃあありませんか」
芝居掛かった口調で嘲笑えば、小母さんたちは額に青筋を立てて私を睨んでくる。
「煩い口だねえ、本当に!」
振り上げられた腕を確認した私は、二歩三歩と距離を置くように足を動かして、位置取りをする。
そして振り上げられた瞬間に勢いよく屈んで、平手打ちを別の小母さんに当たるように誘導した。
「痛い、わねえ!?」
「これは蓮花が避けるからだろう!」
蓄積された不満は大爆発。
私の召し替えをしていた小母さんたちは、取っ組み合いの喧嘩を始めた。
これは好機だ。
私が隠し持っていた水晶の欠片、これは簡単な刃物になる。
その鋭く尖った部分で、足に結ばれた紐を切り、半端に着せられていた花嫁衣装を脱ぎ捨てて、手頃な小袖に着替えていく。
そして、誰かの平手か拳が命中して気を失った小母さんの一人に花嫁衣装を被せながら、豪華な装飾品を拝借する。返す気はないけどね。
髪を乱して顔を隠し、建物の外に出て、低い声を作って張り上げる。
「だれか来とくれ!“花嫁”と召し替えの女衆が大喧嘩を始めちまったよ!これじゃ守護龍様への嫁入りが失敗しちまうよ!だれかー!!」
村人たちは騒然とし、大急ぎでこちらに向かってくる。
私が小母さんたちと喧嘩をしていると思っているのか、張本人が外にいるとは気が付かず、建物に入っていった。
すると、騒ぎはどんどんと大きくなっていき、とんでもない乱痴気騒ぎに発展しちまった。
天は私に味方してくれたようだ。
さて、私が目指したのは守護龍がいるらしい禁足の山に向かうため、大きな声を出しながら村人の目を騒ぎに向けさせる。
そして、隙を見計らって藪に入り、姿を消した。
ここならば捜索の手も伸びにくいと考えていたんだが、同時に死地に向かっているようなものでもある。
蔵で聞き耳を立てていた時、お供えの食事を山に運んだという話が聞こえたから、上手くやれば数日は生き長らえられるかもしれない。
一か八かだけども、ここで食料を確保して山向こうの街に行く。
これが私の計画だ。
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顔が引きつる。
村からは見えない山間、ひっそりと開けた場所には……龍がいた。
全身を水晶の鱗で覆った、大きな龍である。
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