エスメラルダという王女
エスメラルダは王女である。
御年今年で10歳。国一番と評判の美貌を持つ、誰もが認める美少女だ。
女神のようと讃えられる花の顔、雪のように白い肌と緩く波打つ金糸の髪、深い緑色に輝く瞳は、神が与えし宝石と讃えられる。国民の誰もが「王家の至高の宝石」と呼び慕い、生まれ落ちたその瞬間から、ひっきりなしに縁談が寄せられる。
それが私。──らしい。
らしい、というのはどれもこれも伝え聞いた話にすぎないからだ。
「王家の至高の宝石」ってなんなんだ。詩的表現を通り越して中二病か。恥ずかしい。確かに鏡の向こうにいるのは可愛らしい女の子ではあるけれど、痩せていれば、それなりに可愛く見えるものだ。あとは子ども補正。いかに女神のようと讃えられようとも、太ってしまえば、女神のように可愛い子豚の出来上がりである。それに最近、質のいいエメラルドに〈エスメラルダ・グリーン〉という名称がついたらしい。発案者は私のお父様こと、この国の国王陛下である。親バカか。私が直接関与していないのに私の黒歴史が次々と量産されていく。頭を抱えてベッドの中でジタバタゴロゴロするのは私なので切実にやめてほしい。
縁談に関しては、まぁわかる。現状、私は女神のごとき美貌を持つ将来有望な美少女である。それに仮にも王族である私が持つ継承権と流れる血も魅力的なはずだ。つまるところ、私の存在そのものが余すことなく魅力的なのである。いや、うぬぼれではなく。王位継承権第1位を持つのは弟だけれど、私だって弟に次ぐ継承権を持っている。なぜかいまだに婚約者はいないけれど。 弟には、生まれたときから婚約者いるというのに、だ。
表立って性格が悪いわけでもないつもりだし、一回りくらいだったら年の差があっても私は気にしないし、地頭はいいはずだし、なにより、天使から女神にランクアップ予定の美貌もあるのだから、個人的にはそれなりに優良物件だと思うのだけれど。こればかりは縁なのか。できれば、婚姻の適齢期を過ぎるまでには、なんとかしたいところである。
弟は健康だ。まだ幼いけれど、とても健やかに育っている。不慮の事故が起きるような、よほどの事態がなければ王太子の称号を得て、王太子妃を迎えることだろう。素直で可愛らしい弟のことだ。誰よりも幸せな結婚をすることだろう。何より、義妹になる予定の子も、とても可愛らしい。私は、弟と義妹の枷になるようなことはしたくないのだ。
「あねうえ、どうしたの?」
「おねえさま、どこかいたいの?」
「あら。ふふふ、なんでもないの。いつまでもわたくしのかわいい弟と義妹でいてほしいと思っていただけよ」
「嫌です!ぼくは、あねうえとリリィをまもれるおとこになります!」
「エルドさま…!」
「あら、まぁ。ふふふ、いさましいこと。ではエルド、わたくしたち、期待していてよ?ねぇ、リリィ?」
「はい、おねえさま!」
「もちろんです!エルドはつよいおとこになります!」
護衛の騎士たちが思わず微笑んでしまうほど和やかな会話をしていた午後のこと。その日、エスメラルダの知らぬところで、エスメラルダ宛の再三の縁談の申し出が国王とその側近たちによって密かに握りつぶされていた。