バクと鬼ごっこ
『今度の休日に夢友の皆で遊びませんか?』
阿闍世さんから遊びの誘いのメールを貰った。別に彼女たちと遊びたい気分でもなかったのでお断りのメールを返す。『シンさんはその手の慣れ合いが嫌いなので恐らく誘っても来ないと思います。僕は休日は忙しいので二人で仲良く遊んでください』。
すぐにメールが返ってきた。『忙しいなら仕方がありませんね。イドさんが暇な時に三人で遊びましょう。というわけで、いつなら空いてますか?』。彼女のメールを読み終わったとき、メールの文面をもう少し練りなおしておけばよかったなと僕はしみじみと思った。出来るだけマイルドに誘いを断りたいと思って、休日は忙しいと適当に嘘をついてみたが、それだと別の日にまた誘われるだけなのだ。素直に僕も遊ぶのは嫌いだから誘わないでと書いておけばよかったのだ……。
現実は一人で遊ぶに限る。僕は自宅で一人黙々と彫刻刀で木彫の人形を作っていた。今は内藤マレを彫っている。勘違いしないで欲しいが、別に彼女のことが好きだから彫っているわけではない。夢で見たものを思い出して人形を作るのが僕の趣味なのだ。棚には今までに作った木人形がたくさん並んでいる。女装したシンさん、黒装束姿のアヤさん、内藤ワールドのロボット……などなど。そして内藤さんも夢の中で女王様として登場していたので、とりあえず彫っている。現実ではなく夢の中の内藤さんを作りたいので、僕が彫っている内藤さんは赤いドレスを着て冠をかぶっている。どれも出来は悪いけれども、作るのは楽しい。
さて、アヤさんに返すメールの文面はどうしようか。慣れ合いは嫌いだと前にきっぱり言った気がするので、改めてそれを伝えてもいいけど、このメールの文脈でいきなりそれを返すのは流石に角が立ちすぎる。少し考えた後にこう書いて送った。『今すぐには思いつかないので、また今度誘ってください』。割と思考を放棄したような文章だ。毎日が予定でびっしりでもない限り、暇な日がすぐに思いつかない人はいないだろう。しばらく後に、彼女からメールが帰ってくる。『……わかりました』。なかなか味わい深い文面だ。わざわざ『……』を打ち込む辺り、僕が嘘をついていることに気がついているのかもしれない。しかし、嘘がばれたからといって僕は痛くも痒くもない。友達なんていないほうがいいと思っている僕だから。
その後もたびたび、アヤさんから遊びのお誘いのメールを貰ったけども、その度に僕は「また今度メール」を送り返した。ここまで来たら、もう誘わないでくれと直接言ったほうがいいと思うが、やはりそれは角が立つからアヤさんが何か言ってくるまで言わないほうがいいだろう。友達なんていらないと思いつつも微妙に気を使ってしまう僕は一体何なのだろう。一匹狼ではなくただの臆病者なのかもしれない。そうして僕は今日も眠りにつく。
───────(1)───────
気がついたとき、僕は大地の上で仰向けになっていた。真っ暗な空では饅頭が月のように光り輝いていたので、夜でも地上は明るかった。
「内藤ワールドの匂いがするな……」
「目が覚めたか、イド先輩」
内藤さんの声が聞こえたので僕はむくりと起き上がる。内藤さんは僕の近くで瓦礫に座っていた。
「また君か……。今度はどんな拷問で僕を苦しませる気だ?」
「あん?もうそういうことはしないって約束しただろ」
「え?あー……そうだった」
僕は立ち上がってキョロキョロと辺りを見渡す。遠くに見える内藤ハウスの建設現場にはロボットがたくさん置いてあったが、どれも皆停止していた。どこを見ても奴隷の姿が見えない。夜だから皆家の中にいるのだろうか。そう思っていると、内藤さんが僕の心を読んだかのように疑問に答えてくれた。
「奴隷は皆解放したよ。ここは奴隷のいない内藤キングダム。ご自由にくつろぎたまえ」
そう答える内藤さんはつまらなさそうに瓦礫の上で頬杖をついていた。赤いドレスと冠をかぶっている内藤さんはここでは女王様のなのはずだが、今日の彼女は亡国の王女様のような一歩冷めた雰囲気をまとっていて、まるで別人のようだった。
「なんだか暇そうだね」
「ああ。ライオンと追いかけっこが出来る闘技場は閉鎖した。石を積み上げる奴隷がいないから内藤ハウスは中止だ。奴隷がいないと娯楽も無くなっちまってつまらないな」
「確か平民がいたでしょ。その人たちと遊べばいいんじゃないの」
僕の言葉を聞いて内藤さんはふっとニヒルに笑う。
「平民は隣のゴリラの国に亡命したよ。みんな奴隷をこき使えるからこの国にいただけだったのさ。だから奴隷がいなくなったら国民は他の国に行ってしまうのさ」
「ゴリラの国より魅力が低いんだこの国……」
「残念ながらな……」
遠くから足音が聞こえてくる。叫ぶ声も聞こえてきた。
「入国審査お願いしまーす!」
「よかったね。移民が来たよ」
「どうせすぐ逃げるさ」
声の主はアヤさんだった。彼女はキャリーケースを引っ張ってこちらに来ていた。
「あっ、アヤさん」
「ゴリラの国が満員だから戻って来ちゃった」
「なんだ、戻ってきただけか。それなら審査なしで入国できるぞ」
「わーい」
そう言ってアヤさんが手を上げて喜ぶ。内藤さんはその姿を横目で冷ややかに見ていた。
「何が嬉しいんだか……一度は国を捨てて出て行ったくせに」
「落ち着いて考えてみたら空っぽの国も悪く無いかなって」
「私は悪いに決まってると思うがな」
内藤さんが僕の方を見る。
「あーあ。夢の中で奴隷をいじめるの楽しかったんだけどな。こんなつまらない夢になるぐらいなら奴隷は解放しないほうがよかったかな」
「後悔してるのかい、内藤さん」
「してるとも。楽しんでこその夢なのに、奴隷がいないんじゃちっとも面白く無いじゃん」
「奴隷なら僕がいるよ」
内藤さんはキョトンとする。
「何言ってるんだ?いたぶるのはやめてくれって言ったのはイド先輩だろ」
「そうだね、鞭で殴られたりするのはごめんだ。でも優しく扱ってくれるなら、この夢の中では君の奴隷でいてあげるよ」
「イド先輩……」
「イドさん……」
二人は若干引いた顔で僕を見つめた。
「イドさんってMだったんだ。意外のような、そうでもないような……」
「誰もそんな話はしてないよ!それが夢の設定なら従うってだけ。夢の中のロールプレイは結構好きなんだ」
誤解はすぐに解けたようで、アヤさんも僕の意見に賛成して頷いてくれた。
「なるほど、それもそうね。せっかく夢で会えたのに自分の役を捨てるなんてもったいないわねえ。私が平民、イドさんが奴隷、マレちゃんが女王様ということで、仲良く遊びましょうか」
「……合意の上でそれぞれの役を演じるというわけか。ハハッ、まるでおままごとだな」
「嫌なら女王様をやめてもいいけど、どうする?」
「まさか。この国の女王として平民と奴隷に命ずる。あっちのグラウンドでドッジボールをするぞ!」
「「オー!」」
僕とアヤさんは揃って腕と声を上げた。ドッジボールのボールはこの世界にあるのだろうとか、あってもすぐに見つかるのだろうかとか考えてはいけない。夢の中では勢いに任せることも時に必要だろう。
───────(2)───────
「なんだこのつまらない夢は。これなら犬の夢を見たほうがずっとマシであるな」
「誰だ!?」
僕達がラインカーをコロコロと転がしてグラウンドに白線を引いていると後ろから子供の声が聞こえてきた。驚いて振り返ってみると、紫の法衣を身にまとった銀髪の少年が瓦礫の上に立っていた。見た目から推定すると高学年の小学生ぐらいだろうか。少年は不敵な笑いを僕達に向ける。
「ククク……」
「誰……?」
「さあ……モブではなさそうだけど……」
僕達が首を傾げて顔を見合わせていると、少年は瓦礫から降りてこちらにやってきた。
「我輩はバク。悪夢を食べて生きる半神半人の存在である」
「バク!あの伝説の!?」
「いかにも」
驚いた。夢の中で他人と出会ったことは何度かあったが、伝説の存在と夢の中で出会うのは初めてだ。といっても、少年が嘘をついているだけなのかもしれないが、嘘でも唐突に自分をバクだと名乗ったりはしないだろう。
内藤さんがバクと名乗る少年に近寄って頭を撫でる。
「お前かっこかわいいな。どうだ、これから一緒にドッジボールしないか?」
「しない」
「そうか……」
バクは彼女の撫でる手を手ではじいて断る。内藤さんは少し残念そうな顔をした。
「それで、バク君はなにしにこんなところに来たのかな」
「無論、悪夢を食べに来たのである。なのに、貴様らは仲良くドッジボールをしようとしている。馬鹿なのか」
アヤさんの顔が少しむっとする。
「夢の中で何をしようと私たちの勝手でしょ」
「勝手なことをされると困るのだよ。せっかく悪夢を作りやすいような夢の世界をこの女にプレゼントしてやったのに、いつのまにか奴隷は解放されてみんなゴリラの国に行っている。これでは設定が台無しだ。悪夢の作りようがない」
内藤さんが驚いた表情を見せる。
「プレゼント……?ハッ!最近内藤ワールドの夢ばっかり見るけど、それはお前の仕業だったのか!」
「いかにも。夢を彷徨っているとストレスが溜まってそうな女を見つけてな、無論貴様のことだ、内藤マレ。こいつならたくさんの悪夢を製造してくれると思って、我輩は力を貸してあげたのだよ。もちろん貴様はそんなことに気づかずに好き勝手にしていたがな。貴様の夢に他人が巻き込まれる度に悪夢が生成される。筋書き通りに進んで大変気持ちがよかったよ」
「なんてことだ……。私はこんな小僧の手のひらの上で踊らされていたというわけか」
内藤さんは両手拳を握って悔しそうに地面を眺める。バクはその姿を見てニヤリと笑った。
「悔しいか?悔しかろう。我輩を好きなだけ憎むがよい。それがまた悪夢の種になる」
「いや、別に悔しくはないな!内藤ワールドで女王やるのすげー楽しかったし。お前もかっこかわいいし特別に許してやろう」
「そうか……」
内藤さんの顔がぱっと明るくなりニコニコとまたバクの頭を撫でる。バクがまたその手をはじくと彼女はまた残念な表情を見せた。
「種明かしして満足したかな、坊や。僕たちはこれからドッジボールをするんだ。やる気が無いならどっかに行ってくれよ」
「本題はここからである。お前たち……物は相談だが、悪夢をたくさん見たくないだろうか?」
「ん?」
バクがその場でくるりと一回転をする。
「最初に言ったが、吾輩は悪夢を食べる生き物なのである。だから悪夢を見てくれる人が減ると大変困るのだ」
「そんなこと言われても、悪夢なんて見たくないわよ」
「だから相談しているのだ。ちゃんと見返りも用意している」
「へえ、どんな?」
アヤさんが急に興味津々な素振りを見せる。
「好きな悪夢が見られるようにしてあげよう」
見返りの内容を聞いてアヤさんは閉口する。
「全然嬉しくない見返りねえ……」
「気分によって今日は釜ゆでにされたいとか、針山地獄を歩きたいとかあるだろう。吾輩がお前たちの要望を聞いて悪夢を作ってやるぞ」
「無いから、そんな気分無いから」
アヤさんは手を振って否定する。バクは残念そうに目を細めた。
「そうか、残念だな。それでは無理やり悪夢を見せるしかなさそうだ」
「それは困るな。夢の内容にそこまで期待なんてしていないけど、それでも悪夢だけは死んでも御免だよ。アヤさんと内藤さんだってそうだろ?」
「当然」
「うむ」
二人が同時に頷く。バクは僕達を睨みつけた。
「そうか。だが、お前たちが拒否しても関係ないぞ。吾輩は淡々とお前たちに悪夢を見せるだけだ。吾輩は夢を作る半神半人のバグ。お前たち人間はどう足掻こうと悪夢に苦しむしか無いのだ」
「それでも僕らは抗うさ。喰らえ、右ストレート!」
僕はチャンスとばかりにバクに駆け寄って渾身の右ストレートを顔に当てる。虚を突かれたバクはその場で吹っ飛んだ。
「……痛い」
バクはよろよろと立ち上がって無表情で打たれた頬を手でさする。
「あ……効くんだ」
半神なので殴っても効かないと思っていた僕は驚いた。いきなり殴りかかると思っていなかったので残りの二人も驚いていた。さらにちょっと引いていた。
「イド先輩……夢の中だからといっていきなり暴力を振るうのはどうかと思うぞ」
「そうねえ……。見た目はかわいい子供だから、余計にねえ」
「でも放っとくと悪夢を見せられるんだよ。他にどうしろって言うの」
「うーん……」
アヤさんが腕を組んで考えだすが、当然すぐに答えなど出るはずがない。バクが僕達に背を向ける。
「というわけで話は以上だ。明日からの夢を楽しみに待つが良い」
「待ちなよ!この夢を悪夢に変えたりはしないのか!?」
「我輩に出来ることは夢の世界を作ることだけだ。既に出来上がった夢には何も出来ない。好きなだけドッジボールをするがよい。三人でやってもつまらないと思うがな。クハハハハ……」
バクは不敵な笑いを浮かべながら夜の闇へと消えていった。
「行ってしまったわねえ……」
「明日から悪夢を見せられるのか。嫌だな……」
「それよりどうする?確かにドッジボールを三人でやってもつまらないぞ。しかも分けたら2対1でバランスが悪い……」
「……」
内藤さんが険しい顔をする。確かに三人でドッジボールは単純にゲームとしてつまらなさそうである。僕たちは腕を組んで悩みだす。しばらくして内藤さんが口を開ける。
「鬼ごっこしようぜ!」
「「賛成!」」
ラインカーを放り捨てて僕たちは走りだした。内藤キングダムは家やら瓦礫やらで障害物が多かったので隠れるところが多い。そのおかげで鬼ごっこは意外にも盛り上がった。一晩中走って皆でさわやかな汗を流したところで目が覚めた。やたらとテンションが高い夢だったなと布団の中で僕は思った。




