ゴリ夢中
たこ焼きが煌々と地上を照らす。奴隷たちは今日も石を運んでいた。怪我をしようが石に潰されようがたこ焼きが沈むまで休憩することは許されない。鞭を装備した無慈悲なロボットが奴隷たちを監視しているからである。奴隷たちの股間には遠隔スイッチ一つで作動する万力機械が取り付けられているからである。上の命令に背けば万力機械が作動する以上、逃亡や国からの脱出は死を意味する。しかし、この国では奴隷は生まれてから死ぬまでずっと奴隷である。奴隷として生き続けるか、命令に背いて今すぐ死ぬかの二択しかないのなら、誰もが奴隷として生き続けることを選ぶだろう。死より酷いことなどないのだから。
さて、僕の脳内独り言を聞いているあなたはきっと平凡な日常を送っているのだろうが、もしもふっと気がついた時にそのような奴隷に身をやつしていたら、あなたはどうする。生まれたときから奴隷の人はそれが当たり前だと思って苦痛に耐えていけると思うが、そうでない人は希望の無い未来に耐えられず発狂してしまうのではないだろうか。今すぐ死ぬことを選ぶのではないだろうか。もちろん、そのような仮定はありえないので考えるだけ無駄なことであるけれども、夢は万人が毎日体験するパラレルワールドであるから、覚悟はするに越したことはないと僕は思う。
脳内の独り言はここまでにしよう。今日の僕は幸いにも股間に物騒な機械をつけていなかった。ここから見えるあの場所では、奴隷たちがロボットに鞭で打たれながら重い石を運んでいるけれども、僕はロープで体を縛られ、野外に放置されているだけだった。あそこにいる奴隷に比べれば幸せな身分である。
「少年、昼はちゃんと逃げ切れたか?」
聞き覚えのある声に振り返ってみると、シンさんがいた。彼も僕と同じようにロープで縛られていた。
「やあシンさん、これはもしかしなくても夢ですかね?」
「ああ、わしもそう思うよ」
遠方からウインウインという動力音が聞こえてくる。音の正体はロボットに乗ってこっちにやってくる内藤マレだった。彼女は僕らの目の前でロボットから降りた。そしてニヤニヤと笑ってロープで縛られている僕らを見下ろす。手には鞭を持っていた。
「あーらら。お前たちまた内藤ワールドに来てしまったかー。懲りないやつだなー」
「内藤マレ!」
「またお前か。わしの夢に出てくるんじゃない」
「違う違う。お前たちが私の夢に来てるんだ。だってここは内藤ワールドだからな」
そう言って内藤マレはチッチッと人差し指を左右に動かす。そしてシンさんに目を向ける。
「おっさん、昼間はよくもぶん殴ってくれたなー。覚悟はできてるかー?」
「おう、出来とるわい。どんな拷問も耐えてやるわ」
「うむ、いい度胸だ。そんなおっさんには国外追放をプレゼントしてやろう」
彼女の発言を聞いてシンさんがほっとする。
「なんじゃ、えらく軽い処罰じゃな」
「痛みばっかり与えるのもつまらないからなー。というわけでこの人と一緒に隣の国に行ってらっしゃい」
内藤マレがパチンと指で音を鳴らすと、空から毛むくじゃらの黒い物体が落ちてきた。黒い物体は僕達の目の前にドスンと着地すると、むくりと起き上がる。ゴリラだった。ゴリラは僕達に向かって胸をドンドンと叩き出す。挨拶か何かだろうか?
「ウッホウホウホウッホホホ」
「人じゃなくてゴリラじゃないか」
シンさんが真顔で突っ込む。
「内藤キングダムの隣はゴリラキングダムだ。ちなみにおっさんはそこでゴリラの王女と結婚式を上げる予定だ」
「わけわからん……。おい、ゴリラ、抱きつくな気持ち悪い」
「ウホウホホ」
ゴリラがシンさんを持ち上げて抱っこする。その光景を見て内藤マレがニコリと笑った。
「よかったなー。王女様に気に入ってもらえたようだなー」
「えっ、こいつメスなのか!?」
「ウホホホホ……」
ゴリラは顔を赤くしてシンさんを肩に乗せる。縄で体を縛られているシンさんが降りようと暴れるが、ゴリラは頭と手を使ってしっかりとシンさんをロックしていた。
「なんか凄く気色悪いぞこのゴリラ!くそっ、離せ!わしはパスポートなんぞもっとらんぞ!」
シンさんの抗議も虚しく、ゴリラはシンさんを担いだまま彼方へと走り去っていった。内藤マレは腹を抱えて笑いながら二人を見送った。
「せーぜー仲良く暮らすんだなー。ワハハハハ!」
「君は本当に虚しいことが好きだなあ」
僕がぽつりと呟くと、内藤マレが笑うのをやめてこちらを振り向く。
「なんだー、イド。お前は私のやることに文句つけてばっかりだなー」
「シンさんが目を覚めたらまた君を殴りにいくよ。そしてまた君は夢の中でシンさんを虐めるんだろう。終わらない憎しみの連鎖だ。こんな下らないことはさっさとやめるべきだ」
「ふん!もう殴られるもんか。次は絶対に警察に突き出してやる。憎しみの連鎖はそこで終わる。お前たちは歯を食いしばって私の拷問を耐えるしか無いんだ」
「なんでそこまでして僕達をいじめようとするのかな。これが君のストレス解消法ならひどいもんだよ。現実でそんなにストレスがたまっているのか」
「うるさい!」
逆上した彼女が鞭で僕をピシャリと叩いた。薄い奴隷の服を着ていたので鞭の衝撃が直接肌に伝わる。
「痛い!痛い!」
痛みに呻くなか鞭で叩かれた足を見てみるとミミズのようにみるみる赤く腫れていった。内藤マレも僕を冷たい目で見ていた。
「そもそもなあ……今日のストレスはお前が原因なんだぞ、招木イド」
「僕はこれといって君に何もしていないだろ。それどころか君の頼みを聞いて彼氏の振りだってしてあげたし……」
僕を黙らせるかのように、彼女が鞭で地面をピシャリと叩く。
「それだよ!お前の彼氏のフリがめちゃくちゃ下手だったから、あのあと私はひどい恥をかいたんだ!」
「え……」
「みんな私のことを尊敬しているように見えたけど、そんなの全部嘘っぱちだったよ。裏ではみんな私の悪口を言っていた……『あんな気持ち悪い大学生を彼氏にするくらいなら、豚と付き合ったほうがマシ』ってな!ちくしょう!お前の顔がもっとまともだったら、こんなことにはならなかったのに!」
「それはただの自業自得だろ。それよりそんな悪口聞かされる僕の身になってみなよ。……うわあ、凄く死にたい」
気持ち悪いって。別れ際に見せた臭い芝居でそう思われたのだろうか。いや、そう思いたい。そう思わないと生きていけないほど陰鬱な気持ちが僕を襲った。
僕がうなだれていると微かにしゃくりあげる声が聞こえてきた。見上げると内藤マレが顔を真っ赤にして自分の嗚咽を噛み殺していた。そして目には強い殺気が宿っており、もう一度鞭で地面をピシャリと叩く。
「とにかく私は、お前たちを傷めつけまくってストレス解消してやる。そして朝起きたらまた元気に登校するんだ……。そうやって、強く生きてやる」
「ああそう……好きにしてくれ……」
その晩僕は彼女に気が済むまで鞭で打たれた。気がついたら目が覚めていたが、彼女の気が晴れたかどうかは知らなかった。
───────(1)───────
今日の夢で早急に解決しなければならない問題がはっきりした。夢の中での内藤マレの暴力を止めなければいけない。前回の夢でも今回の夢でも僕は彼女の手によってひどい目にあった。一度目はもう夢で出会うこともないだろうと思って深く考えてなかったが、こう短期間に何度も彼女に会うならば話は別だ。平穏な夢を確保するために行動を起こさねばならない。
そう決意した僕はさっそくいつもの舞姫市駅へと赴いた。今日の目的はシンさんと出会うためである。いつもの場所で佇んでいると、ズボンのポケットがブルブルと震えた。電話だ。
「もしもし、阿闍世です」
「招木です」
「イドさん、昨日はどうでしたか?彼氏役は楽しかったですか?」
弾んだ声を聞いて電話越しにアヤさんの表情が見えた気がした。
「ん……、全く楽しくなかったよ。そういえば、アヤさんも内藤さんに許してもらうために何か命令されてたね。そっちはどうだったのかな」
「私ですか。私は毎日一緒に昼食を食べようって命令されちゃいました」
「それはまた随分とほのぼのとした命令だね」
「そうですねえ。……イドさん、もしかしたらあの子、友達がいないのかもしれません」
アヤさんが声のトーンを落とした。
「へえ。活発っぽいからいっぱい友達がいそうだけどね」
「でも聞いてみると、あの子はいつも一人でお昼を食べていたそうです。そして私とお昼ご飯を食べるときは、屋上で食べようって。私と一緒に食べているところ、あんまり知り合いに見られたくないのかな」
「へー……。まあ、どうでもいいね」
本当にどうでも良かった。
「良くはないですよ。夢友のよしみであの子の相談役になれたらいいんですけど……」
「夢友……ああ、君は内藤さんとも友だちになったんだ」
よくもまあ、あんな傲慢そうな子と友だちになれるなと思った。といっても、彼女は股間を潰されたり鞭で叩かれたりはされてないから、内藤マレに対してそれほど悪印象を持っていないのかもしれない。それに現実では内藤マレもむちゃくちゃなことはしないだろう。同じ学校の生徒同士、案外仲良くやれるのかもしれない。
「あっ、ピンときた。その子が夢に出る度に僕とシンさんが虐められるんだけどさ、ストレス解消のためって言ってた。たしか内藤さんは一年だっけ。友達が出来たら、イジメもなくなるかなあ」
「なるほど。じゃあ私が何とかしてあの子に友達が出来るようにがんばってみますね!」
「うん、お願いするよ。僕らは別方向で彼女の性根を叩きなおしてみようと思う」
「別方向……?」
「まあ、ただの神頼みなんだけどね……。おっと、シンさんが来たから電話切るね。バイバイ」
電話を切る。いつの間にかシンさんが僕の前で待っていた。先日の綺麗なスーツな今日は着て無く、いつものボロボロの擦り切れたスーツに戻っていた。だが立派な髭は剃ったまままだ戻っていない。
「ウッホウホホホウッホッホ」
「……シンさん?」
「おっと……ゴホン」
シンさんは気まずそうに軽く咳をして調子を整える。
「少年、今日もひどい目にあったな。これからあのガキンチョを殴りにいこうと思うのだが、少年もどうかね?」
「それはいい案ですね。でも、それよりシンさん、今日は趣向を変えてお詣りにでもいきませんか?」
僕の提案を聞いてシンさんが首を傾げる。少し考えたあと、シンさんは納得したように手をポンと叩いた。
「ん?ああ、お礼参りか。そっちの言い方のほうが上品でいいな」
「いや別にあの子を殴りに行こうと誘っているわけではありませんよ。神社に行こうって言ってるんです」
───────(2)───────
僕とシンさんは一緒に舞姫市のとある神社へと赴く。その神社は歓楽街の近くに位置しておきながら訪れる人が少ない、こぢんまりとした小さな神社だった。小石が敷き詰められた短い参道を抜けると本殿があり、杖をくわえた虎のような生き物の石像の前に賽銭箱が置いてある。僕達の他に客はいなかった。
「いきなり神社に行こうとは、いったいどういう風の吹き回しかね?」
「……シンさんは殴ろう殴ろうと言っていますが、現実で暴力を振るうのは良くないですよ。あの子も今度は警察に通報すると言っていました」
「ふん、それがどうした。さきに始めたのはあっちだぞ」
「そうですね。でも、夢の仕返しは夢の中でするべきだと思いますよ」
「夢はあっちのホームだぞ。あのガキンチョと夢の中で出会うときは決まって内藤ワールドだ。あんなところで仕返しなんぞ出来るわけ無い」
シンさんが苦々しげに言った。そういえば不思議な話だ。
「……確かにいつも内藤ワールドですね。同じ場所の夢なんて基本的に見ること無いのに、不思議ですよね」
「知るか。もともと誰かと同じ夢を見ること自体がおかしいんだ」
「話は変わりますが、シンさん。神様にお願いしたら良い夢を見れると思いますか?」
僕はそう言ってポケットから財布を取り出した。
「さあな。ここにお願いすればいい夢が見られるのか?」
「この神社は、お布施をすると良い夢が見られるというご利益があるんですよ。僕も昔、夢の中で空を飛びたいと思って、ここにお金を放り投げたことがあります」
「ほう。どうなった?」
シンさんが興味津々に僕に尋ねる。
「その日の夢の中では羽が生えていて、好きなだけ飛べて気持ちが良かったです。でも羽を動かすのが大変なので、すぐに地上に降りて歩きましたけど」
「ふーん、それで」
「二人でお詣りして、あの子に夢で仕返ししたいと願ってみましょう」
「アホか」
シンさんに短く吐き捨てられた。
「駄目ですか?」
「……まあ、いいだろう。夢の中なら思う存分に殴れるだろうからな」
そう言ってシンさんは財布から小銭を取り出して賽銭箱に投げ捨てる。僕は思い切って千円札を入れてみた。これで悪夢を見なくなるというのなら安い出費である。僕は手を合わせて石像に向かってお祈りした。
今日はそれで解散である。いい夢が見れなかった場合はやはり現実で復讐しようということで、シンさんがあれやこれやと案をだらだら述べていたが、僕は気乗りしなかったので適当に流した。シンさんと内藤マレを現実で会わせるのはやめたほうがいいと思っていた。たとえ望みの夢が見れなかったとしても、そのときはアヤさんを通して内藤マレと話し合って、夢の中でのわがままを止めてもらうのが良策だろう。
それはそれとして、僕もシンさんと同じように彼女を懲らしめたいという気持ちがふつふつと沸いていた。夢の復讐は夢の中で!それが今日決めた僕のスローガンだった。そのスローガンに従って起こした行動が神頼みとは何とも頼りないかぎりだけど、他に術がない以上仕方がない。
夢の世界は誰が作っているのだろう。もし作っているのが神様なら僕らに都合の良い夢をそろそろ見せてくれてもいいんじゃないか。なんせ二人で千円いくらも払ったのだから……。




