現実オフ会 -恋人ごっこ-
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足音と共に美術室のドアが開かれる。ドアを開けたのはのっぽと太っちょの二人の男子生徒だった。
「さっきの女子の声はここだと思うんだ」
そう言ってのっぽの男子生徒がキョロキョロと美術室を見渡す。太っちょの男子生徒はドア付近で立っていた。
「でも、誰も居ないぜ?」
「おっかしーなー」
「どうせ女子共がどっかで騒いでいただけだろ。さっさと戻って飯食おうぜ」
「そうだな」
二人は美術室の明かりを消して去っていった。
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「なんとか危機は去ったな」
そう言って僕はかぶっていた白い布を脱ぎ捨てた。そう、僕は美術室に置いてあった布をかぶって身を隠していたのである。布が小さかったので膝から下が丸見えだったが、石膏像になりきることでなんとか気づかれずに済んだのだ。
僕は近くにあった清掃用具のロッカーのドアを開ける。そこにはアヤさんと内藤マレが隠れていたからだ。内藤マレはアヤさんに抱かれるような形で拘束されており、口元はアヤさんの手によって塞がれていた。二人がロッカーから出るとマレが声にならない声を出し始める。
「んぐーんぐー!」
「でも、この子どうする?」
アヤさんがマレを拘束しながら僕に尋ねる。僕は腕を組んで悩んだ。
「うーん。今までの反応を見る限り、どうしようも無い気がする」
「かといって、いつまでもこうやって拘束なんてできないわよ。昼休みもそろそろ終わっちゃうし、私とこの子が授業に出なかったら先生に怪しまれるわ」
「君がそうやって拘束しておけば、とりあえず僕は校外に逃げられるんだけど、その後がね……。内藤さんが告発すれば君が先生に問いつめられてしまうわけだけど、僕とシンさんが逃げ切れたら、言い逃れもできるかな?」
「それしかなさそうね……あっ!」
内藤マレが急に暴れだしたのでアヤさんの拘束が外れてしまった。
「ぷはーっ!……追い詰められた人間は何するかわからないもんだな」
そう言って彼女は袖を使って口元を拭った。
「やれやれ、また捕まえて拘束するしかなさそうだね。とにかく僕が逃げ切るまではこの子に黙ってもらわないと」
「おっと、近づくなよ。近づいたらまた悲鳴を上げてやる。そして次は口をふさがれても、ロッカーを蹴りまくって音を上げてやるからな。次は絶対に見つかるぞ」
それは困る。だけど同時に交渉の余地がありそうだなと僕は思った。何故なら彼女がその気になればロッカーの中で暴れることも出来たのに、彼女はそれをしなかったからだ。
「むむむ……。なあ内藤さん、少し話し合わないか。ここは現実なんだ。平和的に行こうよ」
「んん~?立場が圧倒的に不利なのはそっちだぞ?まずは土下座ぐらいしたらどうだ?」
内藤マレは意地悪そうな顔で床を指差して、僕らに土下座を促した。その仕草を見てアヤさんがむっとする。
「あのねえ、私たちは殴ってもないんだから、土下座なんてするわけ……」
「すみませんでした!」
「……するんだ」
僕は反論もせずにすぐさま土下座をして謝った。アヤさんは若干困った顔で僕の土下座姿を眺めている。内藤マレは僕の無様な姿に一通り満足したあとにアヤさんに目を向ける。
「アヤ先輩、あんたはしないのか?」
「う~……。す、すみませんでした」
アヤさんも僕に習って土下座をする。その顔は僕と違っていて不満に満ちていた。僕はアヤさんが素直に土下座してくれたことに内心で感謝した。
「うんうん!私だって鬼じゃないからな。許してあげないこともないぞ」
そう言って内藤マレは僕の頭を靴で軽く踏んづけたが、僕は気にせずに感謝の言葉を述べる。
「ありがとうごぜえますだあ」
「なんで農民口調……」
「たーだーし、条件がある」
「……?」
僕が顔を上げると、相変わらず意地悪そうな彼女の顔が僕を見下ろしていた。見上げているせいでスカートの中の可愛らしい下着が丸見えだったが、それに気づかれたら何を言われるかわかったもんじゃないので、僕は必死で見てないふりをした。
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昼休みが終わり、五時間目の授業が始まり、そして終わる。今日の五時間目はどこも美術室を使わないそうなので、僕はその間ずっと美術室のロッカーに隠れていた。五時間目後の休み時間が始まると、内藤マレが美術室にやってきて僕がいるロッカーを開ける。彼女はもう意地悪そうな顔はしていなかったが、心なしか緊張しているように見えた。
「いいか、さっき私が言ったようにやるんだぞ」
「本当にやるの……?」
「嫌なら今すぐお前を先生に通報してやったっていいんだぞ?」
「わ、わかったよ……」
内藤マレが無言で手を差し出す。僕はその意味がわからずに首を傾げた。
「……カツアゲ?」
「んなわけあるか!手を繋ぐんだよ!手を!」
「あ、ああ……」
僕は恐る恐るその手を掴んだ。
「そう怖がらなくてもいいぞ。むしろ堂々としてくれないと困る」
「別に怖がってなんかないけど……」
僕たちは手を繋いだまま美術室を出て、そのまま廊下を歩く。
「念の為にもう一度説明するが、私はつい先日、物の弾みで……付き合っている彼氏がいるとついついクラスメイトに言ってしまった。嘘だとバレるとクラスメイトに馬鹿にされるので、お前には私の彼氏を演じて欲しい」
「いろいろと無理があるよ。君も言ってたけどこの制服はコスプレだよ。居もしない上級生を彼氏にして見せびらかしたって、どうせすぐばれるに決まってる」
「そんな細かいことはどうにでも取り繕えるから問題ない。大事なのは私に彼氏がいるとクラスメイト達が確認すること。それだけだ、それだけでいい。その後は逃げるなり何なり好きにしてくれ」
僕達がもう一度打ち合わせをしながら廊下を歩いていると、アヤさんが駆けつけてきた。どうやらアヤさんも授業が終わったようだ。アヤさんが僕らを見てニヤリと笑う。
「かわいらしい彼女ですねえ、イドさん!」
「やめてよ恥ずかしいから」
「アヤ先輩、あんたから見て私たちはどんな感じだ?ちゃんと恋人っぽく見えるか?」
「うん、ちゃんと見えるわよ。初々しい、初めてのデートって感じで」
「うわあ」
僕は自分の立場が気持ち悪すぎて思わず声を出してしまった。内藤マレはアヤさんの感想を聞いて眉をひそめる。
「初々しいのは駄目だな。恋愛にこなれている感じが欲しい。イド、もうちょっとくっつくぞ」
そう言って内藤マレは僕の体にぴったりと寄せる。僕はそれほど背が高いわけではないが、彼女が小さいせいで身長差が際立って見える。アヤさんはそんな僕らを見てニッコリと笑った。
「いいわね、大分こなれて見えるわ」
「よし、これで準備は万端だ!行くぞイド!」
「うん……」
僕たちはまたぎこちなく歩き出す。すると、内藤マレが思い出したように後ろを振り向いた。
「アヤ先輩、あんたも後で私の言うことに従ってもらうからな!逃げるなよ!」
「はいはい、わかってるから気兼ねなく行ってらっしゃい」
そう言ってアヤさんは手を振って僕らを見送った。
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僕達が渡り廊下を歩いていると、内藤マレの知り合いらしき三つ編みの女子生徒が突然近寄ってきた。
「わあっ、マレちゃん!もしかしてその人彼氏?」
「ふふん、当然だ。なんたって手を繋いでいるからな!」
そう言って内藤マレは僕と手をつないでいる左手を三つ編みに見せびらかす。三つ編みは歳相応に甲高い声をあげて騒ぎ出す。
「キャーキャー!本当に彼氏いたんだ。すごーい!」
「おいおい、よしてくれよ。高一になったら彼氏がいて当然だろう」
「ねーねー、皆集めてきていい?」
「うむ。じゃんじゃん集めてきていいぞ。私も今から紹介しようと思っていたところだからな」
三つ編みは友達を集めに走りだし、そのまま廊下の奥へと消えていった。内藤マレが僕の顔をじっと見つめる。
「……おい、なんだその顔は?ゲロ吐きそうな顔をしてるぞ」
「死にたい」
「あーん?私が彼女なのがそんなに嫌だというのか」
「彼氏のフリとか臭い、臭すぎる……。これなら三階から飛び降りたほうがマシだったよ」
「そういうな。お前は不法侵入を見逃せてもらえてWin、私は友達からの尊敬度が上がってWin。Win-Winでいいことづく目じゃないか」
「偽の彼氏作って虚しくない?僕が同じ立場だったら切腹してるよ」
「いいんだよ……。これも処世術の一つだ。ほら、私のクラスメイトが集まってきたからもっと彼氏っぽくしろ」
「うわあ……」
あっという間に三つ編みが女子生徒を引き連れて来た。まさか高校を卒業してから女子高校生に囲まれることになるとは。僕は今までにないストレスを感じた。
「キャッキャッ、お名前はぁー、何て言うんですか?」
「招木イドだ。ちなみに今年で20歳らしい」
「えー!?」
僕達を囲んでいる女子生徒が一斉に声を上げる。
「20歳だったらとっくに高校卒業してるじゃん!」
「イドは大学生だ」
「えー!?」
「じゃあなんでこんなところにいるのー?」
「私に会いたくて学校に戻ってきてしまったらしい。本当にどうしようもない彼氏だな!おおっと、そういうわけでコイツは不法侵入している身分なので誰かに話したら駄目だぞ。ここだけの秘密だ」
「そーなんだー。そこまでして会いたがるなんて、相当アツアツなんだねー」
「だよなー。私はそこまで愛しているわけでもないんだけどなー。まあ、愛されちゃってるから仕方がないよなー」
そう言って内藤マレが余裕ぶった表情で僕の肩をつかむ。
「ねーねー、写真撮ってもいいー?」
一人の女子生徒がそう言うと、僕らに向かってスマホをかざした。
「ああ、構わんぞー。綺麗に撮ってくれー」
内藤マレがスマホに向かってピースサインをする。僕は顔を背けたがったが、内藤マレに肩を肘でつつかれたので、仕方なくぎこちない笑顔を作ってスマホに向かってピースサインをした。他の女子生徒も次々とスマホを取り出して撮影会地獄を始める。そのせいでとてつもなく辛い気分になったが、質問地獄に比べたら楽だなと僕は思った。撮影会地獄は立って笑顔を作るだけで十分だからだ。
キーンコーンカーンコーン。六時間目の授業を知らせるチャイムが鳴り出す。
「あっ、授業があるから戻らないと」
そう言って皆はスマホを下げて撮影をやめだした。
「そうだな。じゃあなー、イド。私はこのまま授業に戻るよ。そっちはそっちで適当に学校から抜けだしてくれ」
「うん……」
やっと辛かった時間が終わる。僕は今すぐにでも逃げ出したい気分だったが、内藤マレはそれを許さなかった。
「おいおーい?愛しの彼女との別れ際だぞ。何か言うことがあるだろー?さっき打ち合わせしただろー?」
彼女が催促する。なるほど、本当にあれをやるつもりなのか。これで終わりだぞと内藤マレに目で合図すると、僕は深呼吸して、両手で彼女の肩を優しく掴んだ。
「君と一緒の授業が受けられなくて寂しいよ、マレ!何故俺のそばにずっといてくれないんだ!」
「そんなに寂しいのか?」
「うん、寂しい!」
僕は覚悟を決めて内藤マレを引き寄せてがばっと強く抱いた。彼女の体温が服越しに伝わる。髪の毛と服の匂いが鼻腔を通った。女子生徒たちが嬉しそうな甲高い叫び声を次々と上げる。
「そーかそーか、ハハハ。まあ、授業があるから仕方ないよなー。じゃあなー、また今度な」
そう言って内藤マレは僕から離れると、女子生徒たちを引き連れて教室へと戻っていった。疲れた……。さっさと帰ろう。
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僕が踵を返すと、遠くでパシャリとシャッター音が聞こえた。僕がその音の方向に顔を向けると、窓からアヤさんがこちらにスマホを向けていた。僕が迷惑そうな顔をすると、アヤさんはこちらに手を振って消えていった。彼女も授業があるので教室に帰ったのだろう。
僕が渡り廊下を出ようとすると、しわがれた声に後ろから呼び止められる。
「おや、イド君ではないですか」
「げっ」
懐かしい声だ。恐る恐る振り返ると、僕の元担任の婆先生が立っていた。僕がここを卒業して一年が経ったが、先生は老けこみながらも相変わらずの凛凛しい顔を維持していた。僕は動揺を隠して平静を取り繕う。
「婆先生、こんにちは。もう授業は始まってますよ」
「おかしいですねえ。イド君はとっくに卒業したはずですが」
婆先生は目を細めて僕を見つめる。僕はいつだったかの三年生になりきった。
「ボケましたか、婆先生。僕は三年生だから、卒業はまだ先ですよ」
「そうだったかしらねえ……。いやですねえ、最近物覚えがすっかり悪くなっちゃって」
「年ですから仕方がないですよ。それじゃあ僕は教室に戻りますね」
そう言って僕は婆先生に背を向ける。どうやらやり過ごせそうだ。ほっとしたのも束の間、優しくも厳しい全てを見透かした声が僕の背中に突き刺さる。
「イド君、謝るなら今のうちですよ」
「……」
「嘘だけはついてはいけませんと、何度も教えましたよね」
教壇の上でありがたい話を何度もしてくれた先生の姿が脳内に描かれる。嬉しいやら悲しいやら、どうやら全くボケていらっしゃらないようだ。僕は今日何度目かの覚悟を決めて、振り返りざまの華麗な土下座を先生に披露する。
「すみませんでしたっ!」
「土下座まではしなくていいですよ」
「何卒、お目こぼしを……」
「そこまでして、彼女に会いたかったのですか?」
僕は顔を上げた。
「あっ……。全部見られていたんですね。あれは彼女に脅されて仕方なく彼氏役をやっていただけで、あの子とは別にそういう関係ではないです」
僕の釈明を聞いて、婆先生はにっこりとした。
「そうでしたか。少し安心しましたよ。教え子が学校に戻ってきて彼女と戯れているだなんて、どうやって叱ればいいかもわかりませんからね」
「ハハハ……」
「それで、どんな理由で内藤さんに脅されていたのですか?」
「それは……」
「おっと、内藤さんを問い詰めるのが筋でしたね」
「婆先生!」
婆先生が立ち去ろうとしたので、僕はあわてて立ち上がった。
「確かに脅されましたが、内藤さんはそれほど悪くないです。虫のいい話ですが、全て見なかったことにしてくれないでしょうか」
そう言って僕は深々と頭を下げる。
「ふむ……」
婆先生はしばらく黙り込んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「そうですね。この年であれこれと詮索するのも骨の折れる作業です。既に授業に遅刻していますし、この件は無かったことにしたほうが都合が良さそうですね」
「ありがとうございます」
僕はもう一度礼をした。
「イド君は今年で成人でしたね。やんちゃも結構ですが、そっちもそろそろ卒業したほうがいいですよ」
「はい……」
「それでは、ごきげんよう。次から学校に来るときはちゃんと事務を通しておきましょうね。制服はややこしいからここでは着てはいけませんよ」
そう言って婆先生は渡り廊下の奥へと消えていった。僕は手すりに背をついて深々と息を吐く。
(ふぅー。心臓が止まるかと思った……)
内藤マレがもう帰っていいと言ってたので、僕は堂々と正門から脱出した。幸いなことに外には誰もいなかったので、僕は全く怪しまれずに自宅に直帰することが出来た。
自宅で一息をついたあとに、今日の出来事を振り返る。内藤マレを殴りたいというシンさんの思惑、内藤マレに会ってみたいという僕とアヤさんの思惑が一致して実現した美術室での現実オフ会。皆の希望が一通り叶って一応のめでたしと言ったところだろうか。何はともあれ、二度と高校には戻りたくないなと再確認した僕であった。




