第15話 試作短篇小説-03 『寝たふりの理由』
背中に走る鈍痛で、俺は浅い眠りから覚めた。
とっさに息を殺し、深く規則正しい寝息を装う。背後で、カサリと不穏な衣擦れの音がしたからだ。
ここはダンジョンのセーフティエリアだ。
周囲に配置した魔法の結界石が、ほのかな青い光を放っている。魔物は手出しができないはずだ。
パチパチと焚き火が爆ぜる音だけが、静まり返った空間に響いている。
ゆっくりとこちらに近づいてくる気配がわかる。
相棒だ。
背中にピリッとした緊張感が走った。野生の勘が危険を告げている。
音を立てないように細心の注意を払っているのだろうか、俺が背負ったままの荷物袋を漁っている。
――まさか、アイテムを独り占めして、俺を見捨てるのか?
セーフティエリアに着く直前に、よけきれなかったワーウルフの攻撃を、かすり傷と言い張った。
出血は止まっていたし、「自分で手当てするから放っておいてくれ」と突っぱねて、手荒く包帯を巻き、そのまま荷物を背負ったまま眠りについていたはずだ。
足手まといで使い物にならないシーカーは、不要だと思ったのか?
アイテムを持って一人で引き返すつもりなのか?
ここで取り残されたら、自力では戻れない。まして、前衛の剣士とシーカーのタイマンで勝てるわけがない。
絶望と憤怒が、胸の奥で黒く渦巻く。
今までの信頼関係はなんだったんだ。
低層階のアタックだから普段のパーティーではなく、気の合うバディで組もうって、言い出したのはお前じゃないか。
何年も助け合ってきたのに、こんな裏切りはあんまりだ。
――寝首を掻かれるのならば、せめて一太刀でも。
腰の短剣の柄に、そっと力をこめた。
死を覚悟した、その時。
ゴリゴリ……
耳慣れた、しかし場違いな音が響いた。
薬草をすり潰す音だ。
苦みを含んだ、だが、どこか清々しい香りがふわりと鼻腔に広がる。
この香りは、荷物袋の中にあった、売れば値が張るはずの高級な薬草だ。
相棒は、俺を起こさないように、そっと背中の荷物をずらし、隠していた傷を探り当てて――。
薬草を傷口に塗ってくれている。
アイテムを惜しんで痛みをこらえていたことに、こいつは気づいていたのか。
意地っ張りな俺に気を使って、自分の取り分を度外視してまで高価な薬草を使ってくれているのか。
(なんだ……、そういうことかよ)
全身の力が抜けるようだった。
恐怖でも殺意でもない。
どうしようもないほどの気恥ずかしさと、胸の奥が締め付けられるような安堵感が津波のように押し寄せる。
疑ってしまったことへの罪悪感が、激しく頭をもたげた。
「っ……すまん、起きちまったか……?」
俺の身体の微かな硬直を察知したのだろう。相棒が息を呑む気配がした。
もうどう反応していいかわからなくなり、俺は必死で寝たふりを続けた。
「ぐぅ、ぐぅ……」
頼むから、この見え透いた狸寝入りを見逃してくれ。
しばらくの沈黙の後、かすかな安堵のため息が聞こえた。
そして、再び薬草が塗りこまれる感触と、丁寧に包帯をあてなおす不器用な手つきが伝わってくる。
「……帰る途中で別の群生地を通ればいい。お前なら知ってるだろ」
闇夜に溶けるような、小さなつぶやきが聞こえた。
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それから数時間後。
「おい、起きろ」
相棒はいつものぶっきらぼうな声で俺を揺り起こした。
「ほれっ」と、無造作に携帯食が放り投げられる。
「おぉ、ありがとうな」
俺は何食わぬ顔でそれを受け取り、かぶりついた。
「お前がそんな素直に礼を言うなんて、珍しいな」
相棒はニヤッと不敵に笑いながら、自分の携帯食をかじり、
「じゃあ、帰ろうか」
と腰を上げた。
「帰り道は、俺に任せとけ」
照れくささを隠すように、俺は胸を張る。
「……おう、頼りにしてるぜ」
背中に向けられたその声は、いつもより少しだけ温かく聞こえた。




