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アザミの花が咲き誇るとき

 あくる日の放課後、教室で。


 私は、坂田さんと向き合っていた。


 私と坂田さんの他にも、萌葉ちゃん、香奈ちゃん、羽月ちゃん、ららさんもいる。


「あんたが神原を停学にしたって、本当なの?」


 坂田さんは、まだ少し疑わしげに訊ねてきた。

 私は、坂田さんの目をまっすぐに見て答える。


「本当だよ。私が、神原を停学にした」


 私がそう答えると、坂田さんは目を見開いた。

 坂田さんは、小さく口を開く。


「本当に、あんたが復讐したんだ……」


 微かに聞こえてきたその声には、諦めも混じっているようだった。

 私たちが復讐を終わらせたことによって、坂田さんは不完全燃焼のまま終わってしまった。


 だから、坂田さんはまだ神原を叩く。

 自分が完全燃焼するために。


 坂田さんには、復讐なんか考えずに生きてほしい。


「坂田さん。神原の悪口を言うのは、自分が復讐をできなかったから、なんだよね」


「そうだよ。私は、あいつを許さない。私が、復讐をしたかったの……!」


 坂田さんは、私を見た。


 私は、息を呑んだ。


 坂田さんの目が、恨みに染まった黒だったから。


「私は、まだ復讐を諦めてない。絶対に、私が神原を……!」


「ルン……!」


 ららさんの悲痛な叫びは、坂田さんに届いただろうか。

 坂田さんは、ギラギラと目を光らせ、いつもと別人のようだ。


「ちょっ、坂田の悪口全然やめさせられないじゃん! どうするよ〜」


 萌葉ちゃんが、私にヒソヒソと耳打ちする。

 私は、萌葉ちゃんに耳打ちし返した。


「坂田さんという火種は、消しておいた方がいい。それはわかってる。でも、そう簡単には消せない。坂田さんは――業火だ」


 メラメラと燃え盛る、熱い熱い業火。

 火の粉を撒き散らして一つのものを燃やそうとする、地獄の炎。


 ――私が、消火する!


 坂田さんがどうすれば神原への復讐から脱却できるか、私は頭を素早く回転させて必死に考えた。


 何か、何か何か……!


 そして、一つの答えにたどり着く。


 私は、坂田さんに向かって叫ぶ。


「なら!」


 坂田さんは、私の大声に驚いたように、こちらを見た。


「なら、その炎を自分自身に向けて!」


「……自分、自身?」


「そう!」


 私は、坂田さんに向かって説明し始めた。

 気持ちがはやる。

 無意識に早口になっていくが、気にしないことにした。


「坂田さんは今、神原に復讐することしか頭にない。実際に復讐をした私だから言える、やめた方がいい。辛いよね。胸の奥が重くなって、締めつけられるの」


 私は、自分の胸に手を当てる。

 坂田さんも、思い当たることがあったのか、顔を歪めていた。

 そんな坂田さんに、一つ提案をしてみる。


「そこで、私は思ったの。復讐って、相手のことしか考えられなくなる。相手にばかり時間を割いて過ごさなければいけない。それって、楽しいかな?」


「……楽しくない。そんなことに時間を割くくらいだったら、勉強でもしてた方が百倍マシ」


 かかった。


 そう言ってから、坂田さんは、ゆっくりと目を見開く。


「そうか、そういうことだったのか……。浅井さんが言っていたことは」


 坂田さんは、自分の中にある考えを整理するように少しだけ沈黙し、勢いよく語り出す。

 私はそれに、静かに耳を傾けた。


「神原に時間を割く、ということは、自分の時間を減らすということ。それは、神原に負けたことになる」


 坂田さんはそこで息継ぎをし、また口を開く。


「自分と復讐を天秤にかけたとき、復讐の方に傾いていたんだ」


 坂田さんは、右手を自分、左手を復讐に見立てて天秤のジェスチャーをする。

 その天秤は、左に傾いていた。


「復讐――神原と自分、どちらが大切かをわかっていなかった。少し前だったら、復讐、イコール神原と答えたと思う。自分の中の価値でさえあいつに負けるなんて、言語道断だ」


 坂田さんは、キュッと眉根を寄せる。


 そして、両手をまた傾けた。


 その天秤は――右に傾いた。


「神原の価値を上げるなんてことは、したくない」


 私は微笑む。


 私の想いは、坂田さんにちゃんと届いたんだ――。


 すると、坂田さんの目が、私の目をまっすぐに捉えた。


「復讐をしてくれて、ありがとう」


 どくん


 心臓が高鳴る。


 何度言われても、嬉しい。


 坂田さんは、清々しい笑みを浮かべた。


 全ての人が、こんな笑顔を浮かべられるようになるといいな。


 私の心には、温かいものが広がっていった。


 ―――


 翌朝、教室の扉を開ける。

 教室へと足を踏み入れると、私の周りに壁ができた。


 ⁉︎


 壁だと思っていたものは、どうやら人だったらしい。

 みんな、一様に目をキラキラと輝かせている。


「浅井さん、おはよう!」


「お、おはよう……」


「キャー、遥様と挨拶を交わしてしまったわ!」


「ずるい、私も!」


「お、俺も俺も!」


 ……?


 みんながワイワイと騒ぐ中、私だけが状況を理解できていなかった。

 遥、様?

 なぜ、挨拶をしたというだけでこんなに騒がれるの……?


「おはよう、遥」


 人混みをぬって、香奈ちゃんがやってきた。

 香奈ちゃんの変わらぬ態度に、周りが激変したこともあってとても安心した。


「おはよう、香奈ちゃん。これ、どうなってるの……?」


「ああ……」


 香奈ちゃんは、途端に苦笑した。


「ららの友達のメイや赤井経由で、みんなに広まったみたい。神原を停学まで追いやった英雄、って」


「何それ」


 私は笑った。


 少し前までは、噂を信じて私を、そして香奈ちゃんと萌葉ちゃんも悪者扱いしていたくせに。


 全く、呆れ返るほど流されやすいクラスメイトたちだ。


 不思議と、ららさんや坂田さんに「英雄」と言われたほど嬉しくはなかった。


「おっはよー、遥! 英雄って言われてるんだって〜? いやー、あたしたちも先生に報告する係頑張ったのになぁ〜。英雄なのになぁ〜」


「ちょっと萌葉、遥は一番頑張ったんだから」


「でも、香奈だって英雄の称号はほしいでしょー?」


 萌葉ちゃんと香奈ちゃんが、言い合いを始めた。

 私はクスリと笑う。


「称号なんて要らない。自分の中で一番ならそれでいい、だろ?」


 羽月ちゃんもいつの間にかやってきて、その顔に微笑みをたたえた。


「そうだね。本当にそう思う」


 私は、そう返事をする。

 萌葉ちゃんと香奈ちゃんも、落ち着いたように微笑んでいた。


「さ、もう座らないと」


「そだねー」


 私たちは、それぞれの席へと向かう。

 周りは相変わらず騒がしいが、四人でいるとそれほど気にならなかった。


 私たちの背中を、朝日が明るく照らしていた。


 ―――


 放課後の華道部。

 いつものように、みんながそれぞれ花を生けていた。

 葉についた露が、照明の光を受けて煌めいている。


「遥ちゃん、英雄って言われてるんだって?」


 香住副部長が、ふわりと笑って言う。


「はい、なんかそうみたいです」


 私が苦笑いすると、莉愛先輩が私の肩にトンと手を置いてきた。


「いいじゃん、楽しそうで!」


「ちょっと莉愛ちゃん、大変かもしれないのに……」


 莉愛先輩が明るくそう言うと、千晴先輩が静かになだめた。

 いつもの光景だ。


 金鞠さんが、小さく首を傾げる。


「神原さんって、そんなに問題児だったんだ?」


「クラスが違うからあまりわからないけど、私も悪い子ってイメージだった」


 未ちゃんが花瓶に生けている花の位置を調整しながら、落ち着いた口調で言った。

 未ちゃんの少し伏せられた長いまつ毛は、ツヤツヤとしていた。

 私は、ふふっと笑う。


 華道部でああでもない、こうでもないと言うこの時間が、私は好きだ。


 明石部長が、にこにこと続ける。


「浅井さんの安心できる空間ができたのなら、それは私にとっても嬉しいことだよ」


「部長……」


 胸の奥が、温かくなった。


 私は、最後の花を生け終える。


 ――できた。


「自分が自分らしく咲き誇れる場所ができたらいいよね」


 部長は、朗らかに笑った。


 自分が、自分らしく咲き誇れる場所。


 それは、私だったらこの華道部で、そして萌葉ちゃん、香奈ちゃん、羽月ちゃんとの時間だ。


 私にとってここが咲き誇る場所なら、私も誰かの咲き誇る場所になれるだろうか。


 これまでの出会いと、これからの出会い。


 私はこれまで、棘が刺さっても、触れないでと言われても立ち直ってきた。


 そしてきっと、最後には独立していくんだろう。


 私はきっと、これからも自信を持って咲き誇れる。


 そんな未来への期待を込めて、私は今日も花を生けています。


 これは、アザミが萌える葉、夜顔、菊と出会い、薔薇に勝利する、そんなお話。


 私は、花瓶に背を向ける。


「完成しました。――過去最高傑作です」


 私は、後ろを振り返る。







 そこでは、花瓶に生けられた一輪のアザミの花が、強く気高く、咲き誇っていた。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


これで、遥たちの報復の物語はおしまいです。


ですが、物語とは違い、私たちの日常はまた続いていく。

そんな毎日を大切に、咲き誇る場所を見つけていきたいです。


最後まで読んでくださった方、もしよければ評価やブクマなどなどで応援していただけると、とても嬉しいです。


これからの遥たち、そしてあなたに、幸あれ。

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