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ガーベラの花が咲き誇るとき

 一陣の風が吹き、私の髪を揺らす。


 そして、風は花弁を運ぶのだ。


 花々が咲き乱れる、百花町。


 そんな町にある百花高校には、今日も色とりどりの花弁が舞う。


 ふわりふわりと、優しい花弁が。


 私は今年から、ここに通っている。


 これからの生活が、きっと楽しいものになるだろうと信じて――。




「おはよう、遥」


「おはよう、香奈ちゃん」


 ストレートの髪を肩で切りそろえた女の子、夜野香奈(よるのかな)ちゃんに声をかけられる。

 香奈ちゃんの表情はあまり変わっていないが、フッと少しだけ微笑んでいた。

 彼女は、私が高校に入ってからできた友人だ。

 出会ってからまだ二週間も経っていない。

 が、大切な友達だと胸を張って言えるほど、仲良くなれた。


 私は、香奈ちゃんと歩幅を合わせ、歩き出した。


「ちょっと、待ってよ香奈……! はあっ、はあっ、置いてかないでぇ……」


 私たちの後ろから、今にも死にそうな声が聞こえてくる。

 振り返ると、そこにも今年出会ったばかりの友人がいた。


「おはよう、萌葉ちゃん……どうしたの?」


 額から汗を滴らせる彼女は、夏海萌葉(なつみもえは)ちゃん。

 こちらも、私の大切な友人のうちの一人だ。


「萌葉が遅すぎるの」


「香奈が速すぎるんだって!」


 間髪入れずにツッコミを入れる様子を見て、私はぷっと吹き出した。

 それを見て、二人は怒ったように詰め寄ってきた。


「笑うな〜!」


「たとえ高校生の競歩がおもしろすぎたとしても、それは失礼」


「ご、ごめんごめん! っていうか、競歩してきたの……?」


 私たちは、笑いながら並んで歩いていった。


 そう、なんてことない日常の一ページだ。


 こんな日常が、いつまでも続きますように。


 ―――


 そんな風に、日常が過ぎていく。

 普通に生活して、普通に高校に進学して、普通に友達ができて。

 私はそんな、ごく普通の女子高校生・浅井遥(あざいはるか)だ。

 人と違うことといえば、私は“優等生”、らしい。

 上っ面だけ見て人を評価する人たちが言うには。

 それだから、私はいい子をしてきた。

 周りの望む通りに、演じてきた。


「遥ちゃん、いい子ねぇ」


「さすが優等生!」


 たくさんの大人の声がフラッシュバックする。


 そうだ、もっとしゃんとしなくては。

 背筋を伸ばして、にこやかに。


 とにかく、今は目の前の二人とお弁当を食べることに、集中しないと。

 香奈ちゃんは、窓の外に目を向けている。

 ここは三階なので、とても見晴らしがいい。

 私も、たまに外を見ては、町並みを眺めている。


「百花町って、本当に綺麗だよね。その名の通り、花もたくさん植えてあるし」


「確かに。そういえば遥は、華道部に入るんだっけ。花が好きなの? すごいね」


「ええっ、そんなことないよ。ただ好きなだけ。香奈ちゃんは、何部に入るの?」


「私? 私は、弓道部か陸上部」


「へぇ〜、かっこいい!」


 弓を引いたり、走ったりしている香奈ちゃんの姿を想像して、私は目を輝かせた。

 弓道部なんて、かっこよすぎる。


 萌葉ちゃんも、ふふふと笑って言った。


「あたしは、吹奏楽部とか気になってるんだ! あーでも、練習キツいかな? えー、どうしよー」


「どの部でも、萌葉ちゃんならできちゃいそうだね」


 私は、頭を抱える萌葉ちゃんを見て、思わずクスッと笑う。

 香奈ちゃんも眉を下げて微笑んでいる。


「萌葉なら、運動部が似合いそう。まあ、どんな部活でも、萌葉なら順応できちゃいそうだけど」


 確かに、萌葉ちゃんは運動が得意で、コミュニケーション能力も高いので、香奈ちゃんが言っていることはごもっともだ。


「萌葉ちゃんも、陸上部とか良さそうじゃない? ほら、足速いし」


 私がそう提案すると、萌葉ちゃんはビクリと硬直した。

 何かに怯えるような表情。

 明るく笑顔な萌葉ちゃんの、初めて見る表情。

 胸の奥で何かが渦巻くように、私を不安で飲み込んでいく。


「陸上部かぁ……。陸上部は、ちょっと遠慮しとく」


 萌葉ちゃんは、取り繕うように笑う。

 気のせいではない。


 陸上部という言葉が、彼女をそうさせている……?


 萌葉ちゃんには、大きな何かを抱えているのかもしれない。

 私には預けられないほどの、大きな何かを。


「なんで?」


 香奈ちゃんは、小さく首を傾げる。


「なんで、陸上部は駄目なの?」


 ちょ、ちょっと香奈ちゃん……!

 ここは、絶対に詮索しない方がいいところだよ。

 香奈ちゃんは確かにかっこいい子だけど、こういうちょっと空気の読めないところがある。


「なんでって、なんとなくだよ〜! ほら、キツそうだしさぁ」


 萌葉ちゃんは、ニヒヒと笑って言った。

 でも私には、萌葉ちゃんが言い訳を並べているようにしか見えない。

 ……過去に、何かあったのだろうか。


「ふうん?」


 香奈ちゃんは納得していなさそうだったが、それ以上は追及しなかった。

 そのことに、私はホッと息をつく。


 もし辛い過去があったとしても、それは必ずしも今言わなくてもいい。

 これから永遠に言わなくたって、別にいいと思う。

 その過去が、思い出したくもないほどに辛いものなのだとしたら。


 私は、無理に話させてこの心地よい空気が壊れることの方が、嫌だ。

 せっかく築いた友人関係が壊れることの方が、ずっと、ずっと。


「やっぱ、あたしダンス得意だし、ダンス部にしようかな。楽しそうじゃん!」


 そんな風に、萌葉ちゃんは歯を見せて笑った。

 萌葉ちゃんの白い歯が、眩しい。

 明るい萌葉ちゃんの一声のおかげで、なんとなく沈んだ空気だったその場に、活気が戻ってきた気がした。

 さすがは、ムードメーカーだ。


 ―――


 日常は、流れるように過ぎていく。

 帰りは電車で、途中まで萌葉ちゃんたちと一緒だ。

 小声で話しながら電車に揺られていると、


『次は〜、徒谷(とだに)〜』


 というアナウンスが聞こえてきた。

 ここで、萌葉ちゃんと香奈ちゃんとはお別れだ。


「じゃあね」


「また明日」


 電車のスピードがゆっくりになってくると、二人は椅子から立ち上がった。

 手を振る二人に、私も手を振り返す。


「また明日」


 プシュー、と音が鳴って、二人が消えた扉は閉まった。

 そうして、またゆっくりと電車は走り出していく。


 それから、私はもう少し電車に揺られ、


『次は〜、花ヶ丘(はながおか)〜』


 というアナウンスが流れ出したところで、ゆっくりと立ち上がる。

 重力がズンとかかるのにも、もう慣れてきた。

 そして私も、二人が消えた扉を出ていく。

 もう少しで、家に帰れるんだ。

 高校になって通学する距離が長くなったこともあり、さすがに疲れている。

 ふぅ、と息をつき、肩にかけたスクールバッグの位置を直してから、私は改札へ向かって歩き始めた。

 改札にスマホをかざすと、ピッという明るい音が鳴った。

 自転車置き場に着くと、停めていた自分の自転車にまたがる。

 そうして、不安を取り払うようにゆっくりとペダルを漕ぎ始めた。


 そういえば、萌葉ちゃんと香奈ちゃんは同じ徒谷中学校出身だったな。

 二人の他にも、同じクラスには徒谷中学校出身の生徒がちらほらいる。

 私は同じ花ヶ丘中学校出身の生徒が少ないので、少し羨ましい。

 が、全く新しいスタートを切れるので、逆によかったのかもしれない。


 ふと、道の脇にある花壇に植えられている、ガーベラが目に入った。

 ガーベラの花言葉は、「希望」や「前向き」。

 新しい生活にピッタリだな、とほくそ笑む。

 こんな普通の日々が、ずっと続くと思っていた。




 そんな思いは、あっけなく消えることになるのだった。

 ――ある悪質な噂の棘によって。

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