ガーベラの花が咲き誇るとき
「はーるか!」
私の後ろから明るい声が響き、肩に両手が置かれる。
振り返ると、長い髪を高い位置で結った女の子がいた。
「どうしたの、萌葉ちゃん」
彼女の名は夏海萌葉という。
そして私は、浅井遥だ。
萌葉ちゃんは、高校に上がってすぐにできた、私の新しい友達だ。
萌葉ちゃんといると、自然と楽しい気分にしてくれる、そんなムードメーカーな子だ。
萌葉ちゃんは、椅子に座る私の前にまわり、机の前に屈んだ。
「ねぇねぇ、さっきの問題、どうやって解くの?」
そう言って、萌葉ちゃんは数学のノートを私の机に置いた。
そこには、さっきの授業で解いた問題が書き写されている。
答え合わせは次回するそうだ。
黒板を見ると、ちょうど綺麗さっぱり消されたところだった。
私はノートに目を落とし、シャーペンを持って萌葉ちゃんに教え始める。
「これはね――」
―――
そんな風に、日常が過ぎていく。
私は、ごく普通の女子高校生だ。
普通に生活して、普通に高校に進学して、普通に友達ができて。
そんな、ごく普通の女子高校生。
「なにぼーっとしてるの? 遥」
昼休み、私の座る窓際の席はぽかぽかと暖かく、頬杖をつきながらついうとうとしていると、落ち着いたアルトの声が聞こえてきた。
彼女は、夜野香奈ちゃん。
しっかり者で、これまた私の新しい友達だ。
香奈ちゃんと萌葉ちゃんは中学校が同じだったらしく、入学したばかりの頃から二人でいることが多かった。
そこにいつしか私も加わることになり、今ではすっかり、三人でひとつのグループだ。
無表情だが思いやりの感じ取れる表情でこちらを見ている香奈ちゃんに、私はにこりと微笑みを向けた。
「少しずつ暖かくなってきたから、眠くなってきちゃって。それで、ちょっとうとうとしてただけ」
「そう。もう四月も中旬だしね」
香奈ちゃんは、窓の外に目を向ける。
ここは三階なので、とても見晴らしがいい。
私も、たまに外を見ては、「本当に百花高校に入学できたんだ」と改めて実感している。
「百花町って、本当に綺麗な街並みだよね。その名の通り、花もたくさん植えてあるし」
「確かに。そういえば遥は、華道部に入るんだっけ」
「うん! 香奈ちゃんは?」
「私? 私は、弓道部か陸上部」
「へぇ〜、かっこいい!」
香奈ちゃんは運動も勉強も得意な、まさに文武両道な人。
私は運動も勉強もできなくはないが、特別得意というわけではない器用貧乏タイプなので、尊敬する。
「なに〜、部活の話?」
二人で話していたところに、萌葉ちゃんも混ざってきた。
「あたしは、吹奏楽部とか気になってるんだ! あーでも、練習キツいかな? えー、どうしよー」
「どの部でも、萌葉ちゃんならできちゃいそうだね」
私は、頭を抱える萌葉ちゃんを見て、思わずクスッと笑う。
香奈ちゃんも眉を下げている。
「萌葉なら、運動部が似合いそう。どんな部活でも、萌葉なら順応できちゃいそうだけど」
確かに、萌葉ちゃんは運動が得意で、コミュニケーション能力も高いので、香奈ちゃんが言っていることはごもっともだ。
「萌葉ちゃんも、陸上部とか良さそうじゃない? ほら、足速いし」
私がそう提案すると、萌葉ちゃんは一瞬、表情を曇らせた……、気がした。
「陸上部かぁ……。陸上部は、ちょっと遠慮しとく」
萌葉ちゃんらしくない、悲しそうな表情。
ヘアピンで留められた前髪の隙間から、眉毛が下がっているのが見えた。
「なんで?」
香奈ちゃんは、小さく首を傾げる。
私は、内心焦った。
だって、ここは絶対詮索しない方がいいところでしょ?
香奈ちゃんは確かに文武両道だけど、こういうちょっと空気の読めないところがある。
「なんでって、なんとなくだよ〜! ほら、キツそうだし?」
案の定、萌葉ちゃんは目を泳がせて言い訳を並べる。
「ふうん?」
香奈ちゃんは納得していなさそうだったが、それ以上は追及しなかった。
そのことに、私はホッと息をつく。
「やっぱ、あたしダンス得意だし、ダンス部にしようかな。楽しそうじゃん!」
そんな風に、萌葉ちゃんはニコニコと言った。
その明るい声に、なんとなく沈んだ空気だったその場に活気が戻ってきた気がした。
―――
そんな風に、日常が過ぎていく。
帰りは電車で、途中まで萌葉ちゃんたちと一緒だ。
小声で話しながら電車に揺られていると、
『次は〜、徒谷〜、徒谷〜』
というアナウンスが聞こえてきた。
ここで、萌葉ちゃんと香奈ちゃんとはお別れだ。
「じゃあね」
「また明日」
電車のスピードがゆっくりになってくると、二人は椅子から立ち上がった。
手を振る二人に、私も手を振り返す。
「また明日」
プシュー、と音が鳴って、二人が消えた扉は閉まった。
そうして、またゆっくりと電車は走り出していく。
私はそれからもう少し電車に揺られ、
『次は〜、花ヶ丘〜、花ヶ丘〜』
というアナウンスのところで立ち上がる。
電車がゆっくりとスピードを落としていき、停まった。
そして私も、二人が消えた扉を出ていく。
ここまで来ると、もう少しで家に帰れるという安心感が強くなってくる。
ふぅ、と息をつき、肩にかけたスクールバッグの位置を直してから、私は改札へ向かって歩き始めた。
階段を登り、道に沿って少し歩くと、改札が見えてくる。
私は、改札にスマホをピッとかざす。
また少し歩き、自転車置き場に置いてある自分の自転車にまたがる。
そうして、ゆっくりとペダルを漕ぎ始める。
ふと、道の脇にある花壇に植えられている、ガーベラが目に入った。
ガーベラの花言葉は、「希望」や「前向き」。
新しい生活にピッタリだな、とほくそ笑む。
こんな普通の日々が、ずっと続くと思っていた。
そんな思いは、あっけなく消えることになるのだった。
――ある噂によって。




