影の落ちる屋敷
太陽の位置はどんどん高くなり、あたしは覚悟を決めなければいけない時間がやって来た。
身支度を整えて、後宮の中央にある屋敷へ向かう。
歩けば歩くほど道は整い、建物は鮮やかで豪華になる。
さっきまでいた「墓場」と呼ばれる屋敷との違いに、胸がざわついた。
足にまとわりつく泥を落とすと、陈莉も同じように真似をする。
何も言わないけれど、緊張しているのが伝わってくる。
大きな建物が影を落とし、その中に入った途端、空気が変わる――。
人は多いが、誰も喋らない、声すら許されないような重さ。
そして視線は剣よりも鋭い。
「やばい、早く帰りたい」
皇太后様への挨拶も早く終わらせたい。
屋敷に帰って門の掃除がしたい、陈莉に料理を教えてもらいたい――。
違うことばかり考えて大事なことから目を背けていた。
息を1つ、周りにバレないように大きく吸うと少し落ち着く。
周りの人物の顔を見渡すと「お嬢様」のオーラを纏っている人ばかり――。
「あ――しんどい」
こんな目線面倒だったのに。
だからあの屋敷でゆっくりと過ごしたかっただけなのに――。
红京はこの中にいる。
こんなお嬢様たちのいる後宮で働いて、尊敬できる人に出会って華国で生きていくと決めている。
体の奥に小さく力が籠る。
ここに立っているのに、世界から切り離されいているような。ふわふわとした感覚に包まれた。
温花「うっ」
あたしの固まった体にぶつかって息が漏れる――。
ただ歩いていただけなのに、体をぶつけて来た人物はこちらを冷たい目で見て去っていく。
それだけですごく嫌な気持ちになる。
日本人が人とぶつからないように軽やかな動きをすることを「忍者」って言われるの、なんか納得だった。
こんな思いをお互いにしないで済むように避けてくれていたんだとあたしは知る。
「あなたどちらの屋敷の方?」
つやりとした声色でこちらを見るお嬢様は豪華な扇子を見せびらかすように口元に当てる。
温花「えーっと」
でもあたしは知っている――。
時代は違えど女の世界で生きるにはどうすればいいのか、を。
そのお嬢様からあたしは視線を逸らさない。
でも、あたしは屋敷の名前?を知らない。
陈莉に助けを求めるしかなく、目で合図をする。
陈莉はあたしが助けを求めていることを察したのか「あっ」とした顔でこちらを見ていた。
でも陈莉からは回答を得られなかった。きっと色々考えてくれてるんだろう――。
もう面倒だった。
誰かの視線を気にしながら発言を考えることが。
温花「屋敷の名前?墓場って言われてるみたいです。正式名所?は知らなくてすいません」
陈莉「えっ……」
温花お嬢様はニコニコとしたままとんでもないことを口にし、驚いて私は声が思わず出てしまい、体の力が抜け落ちる。
まさか正直に墓場のことを言ってしまうなんて――。
お嬢様が先ほど私に助けを求めたのは墓場の屋敷のことを隠したいからだと思っていたのに、あっさりと言ってしまった。
その場に居合わせたお嬢様たちは静かな空間の中で大きな笑い声を響かせる。
その様子に周りの人たちの視線も集まってしまう。
「それで墓場臭いと思った」
「まあ、野暮ったいお召し物ね」
「後宮の女っていうより遊郭の女なんじゃないの」
「誰が新しくこんな女を入れたの」
「陛下が見たらがっかりするわよ」
「墓場から這い出た怨霊ではなくて?」
と次から次へと言いたい放題だった。
ふと横にいる温花お嬢様を見ると、全くお嬢様たちの言葉を聞いていないのか目を輝かせて屋敷の天井を見上げて「きれい」と嬉しそうだ。
注目の的になってしまっている温花お嬢様を部屋の端へ連れ去るしか逃げようがなかった。
陈莉「お嬢様、気にならないのですか……!」
温花「気にして何か解決できるならね(笑)今はこっち見てたいー。すごいー」
陈莉「なぜ墓場のこと言ってしまったんですか、それが無ければここまで話は広がらなかったかもしれないんですよ?!」
温花「どうせ話すことなくなって飽きてくるってー(笑)あたしはこの建築物と、雰囲気を味わえてるからそれでいいー」
他のお嬢様たちはひそひそと話して忙しそうだ。
そんなお嬢様たちを気にすることなく、温花お嬢様は違う意味で忙しそうだった。
温花お嬢様の興味は屋敷の天井から屋敷の外の池に移っていた。
そんな子供のようなお嬢様についていくことにやっとだ。
池の方に歩いていく温花お嬢様は他のお嬢様とは違う空気を纏い、太陽の光がさす方へ衣を靡かせて歩いていく。
誰にも止められないこの異質感は屋敷の中にいたお嬢様には脳裏に残るのだろう――。




