夜の町
北の地の夜は少し肌寒い。
街に並ぶ数少ない暖かい灯籠は風にゆらゆらと揺れて、行き先が見えにくい。
皇帝陛下一行がこの町に来たと、商店は夜まで活気に溢れていた。
あたしは後宮の中とは違う作りのこの街がおもしろくてついつい夜の街に長居しすぎてしまった。
温花「さすがに帰らないとな」
今までもらったお給料を貯めており、特に使う機会もなかったので旅先で何か買えたらいいな。外で買い物できるなんて華国に来て始めてだったし――。
楊兎「温花、こんなところで何やってんだ?あぶねーぞ?」
温花「いえ……あの……」
楊兎将軍の長く綺麗な銀髪は月夜に照らされ、小さな灯籠に黄金の目は輝いて見える。
この人本当にビジュが良すぎる……。
これまで何人の女の人を狂わせて来たんだろう。いや……剣術だって華国で最高峰の男がこんな綺麗な顔見せられたら男の人だって惚れちゃうんだろうな……(笑)
そんな人はあたしの持っていた皿をじっと見た。
楊兎「綺麗な陶器だ」
温花「中華的だけど、ありきたりじゃないからあたしは好きで欲しくなって悩んでたらこんな時間に……(笑)」
楊兎「いいよな、クコの実――」
楊兎将軍はその皿から目を離せないようだった。
温花「……これに温かいスープを入れて――」
楊兎「――美味しいよな……ミルクスープ……」
ミルクスープ……?
後宮内で飲んだことない……ミルクって牛乳だよね?
楊兎「俺ここ好きだったんだけどな」
温花「前とは変わっちゃった……?」
楊兎将軍は大きな目を少し見開いて、少し引き攣った顔で笑った。
あ……なんか今の言葉間違えちゃったのかも……。
この人はずっとこうやって飲み込んできた人で――。
後ろに目線をやると红京が帰ってこない2人を連れ帰るように言われたのか、仕方なさそうにこちらへ歩いて来ていた。
温花「……红京っ」
あたしは红京のところまで走って、引っ張って楊兎将軍のところに戻った。
このとき恥ずかしいなんて、思いは無かった。
この人が崩れる前に――。
1人にしたくない――。
温花「楊兎は特別!あたしにとって特別なの!……きっと红京も一緒……だから」
红京「……はい、そうです?――楊兎将軍がいなければ俺はここに存在できなかったので。あなたは特別です」
あたしが強く楊兎の服を持って訴えると、红京は分かってくれた――。
今この人に伝えなきゃいけない言葉を。
役割でも、身分でも、恋愛でもなくて。楊兎という人物は特別だと――。
楊兎「温花、红京ありがとな!俺は2人のところに帰れるの、嬉しいっ!」
温花「よ……よかった……」
この人が傷ついてしまっているのなら、ここにいていいって伝えたくてたまらなかった。
楊兎の服を持つ手が必死になり、手に力が入っていた。
红京「……温花、今あなたは付けられています……宿に帰りましょう」
楊兎「红京、先に温花と帰ってもらえる?俺も買いたいものがあってさー」
楊兎将軍は寂しそうな顔をしていた。
红京は楊兎将軍の様子を汲み取って、あたしの背中に優しく手を添えて前に進むよう促す。
红京「わかりました。温花様のことは強めに叱らせてもらいます」
この人を一人にしたくない――。
あたしは寂しい時、しんどい時一人で乗り越えるの、ずっと――。
ずっと悲しかったから――。
红京「温花、楊兎将軍に目は潤んでいました。ここは女性の温花が居ては泣けませんので」
温花「……と、友達だから涙を……拭いてあげたいの……」
红京「先ほどの言葉で十分、救われているはずです。あなたは付けられているんです。早く宿に帰りましょう」
温花「知ってる……でも……」
红京「わかっていて一人でいたんですか……?」
小さな灯籠の光に照らされる红京の目は赤い――。
真っ直ぐに見る目にあたしは吸い込まれそうで――。
この人はどうしてあたしのことも楊兎将軍のこともこの目で分かってしまうんだろう。
どうしてこんなに余裕があるんだろう。
あたしは楊兎将軍のことしか考えられなくなって、どうにかしたい気持ちに動かされて周りが見えていたのに、上手く立ち回らないのに――。
温花「……探してた……」
红京「探してた……?皿を?――まさか帰る方法を……?危険を犯してまですることではありません!」
温花「……红京が帰りたいと思った時に、帰れるようにしたくて」
红京「俺は現代に帰りたいと思っているわけではないんですよ?それに命の方が大事です」
温花「……红京の命を守らなきゃいけないときが来るかもしれないじゃん……」
红京「厳しい言葉を言いますが、頼んでなんかいませんよ……誰かのために温花がいるんじゃないんです!あなたはあなたのためにいてください!」
温花「あ……そうか――」
あ、かゆい――。
心を燻られるようで、あたしが分からなかった感情を红京は教えてくれた――。
あたしにとって怒ることって凄く疲れることで、それをあの穏やかな红京が厳しい言葉で「自分のため」に存在していい、と言ってくれたようで――。
あ、そっか――。
楊兎将軍のあの顔を見てあたしは、あたしがあの顔しているときに「特別」だって言って欲しかったから必死になって言葉にしたんだ――。
普通ではなく、特別になんて。
なんてわがままなんだろう。
自分のことばっかだ。
大事にしたい楊兎将軍の傷と毒が痛くて叫びたいはずなのに、あたしがなんとかしたい――。
どうしよう、あたしにはどうすればいいのか分からない。
泣いている人がいたら側で涙を拭いて、背中をさすってあげたいのに。
将軍だからだめなの?
楊兎将軍の涙は誰が拭いてくれるの――?
あたしは現代に戻ればここから逃げられるなんて考えてる……楊兎将軍も红京も、皇帝陛下も、陈莉もここで生きて逃げたくても逃げられないのに。
红京はここで生きていくと決心しているのに、あたしが勝手に红京の人生に踏み込んで。
どうしてあたしはこんなに右往左往してるんだろう。
温花「――ふっ……(笑)」
笑いしか出ない。
隣にいる红京ん(ほんじん)みたいに、器用に生きるの難しすぎる、ね――。
※年末年始ですが作業できる時間を確保できたため更新させていただいております。




