難しい話✿
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温花「明日はしっかりするから――」
温花お嬢様は毎朝の診察に目を回し、顔を赤くする。
診察の時間に向けて念入りに着飾る。診察が終わるとため息を漏らし、着飾っていた簪や耳飾りを1つずつ力無く抜いて行く――。
楊兎将軍の計らいもあり、温花お嬢様も他のお妃様たちと同様に健康管理をしてもらえるようになって侍女の私としてとてもありがたいことだった――。
温花お嬢様は红京様から何か特別な贈り物をされたわけではない。ただこの診察を「手当て」を楽しみにしている。
もしこれが男女の逢引きだと知られてしまえば、二人のお命がどうなるのか。
それでも止められない心の暴走に温花お嬢様も思い悩んでいるのか、ため息ばかり。「しっかりとするから」は妃として存在するための「しっかり」――。
红京「温花お嬢様。朝の診察に参りました――」
温花「……お、おはよう、红京」
红京「そんなに走らないでください!転びますよ?」
温花「红京、あのね!――」
温花お嬢様はお気に入りの客家のところで红京様と餌をやる。
苦い薬が温花お嬢様にはとっておきの「元気薬」。
力なく机に伏せる。
私が気がついてしまうほど隠せないことわかっているのか、明日はしっかりする――と。
どんな方法で隠すおつもりなのか――。
温花「――红京、今日は難しい話しよう?」
红京「難しい話ですか?例えば?」
温花「……えっと……なんで後宮は争い事が多いのか……とか……?」
红京「それは後宮という狭い空間に人が多いからではないでしょうか?問題が見えやすいと言いますか……」
温花お嬢様の診察を進めつつ、红京様はその難しい話を始める。
仕事をきっちりとこなすため、温花お嬢様の扱いが上手なのか――。
红京「――そもそもなんですが、後宮に女性が多すぎると思っています。私利私欲のために民のお金を注ぎ込むお嬢様も、その家族もいます。皇帝は1人なので人数を絞って、他国の勢力に対抗できる軍力を上げるべきです。軍力と言っても、武器や兵隊だけではなく、国民の力をつけるために国民の豊かな暮らしを作るべきだと俺は思います」
温花「な、なるほど……」
红京「……貴方は後宮では軽率な行動は控えてください」
温花「わ、わかった……!ちょっと部屋に忘れ物したから……红京今日も診察ありがとう……!」
红京様は診察の度に温花お嬢様の行動に釘を刺すことができる唯一の人間となっていた。温花お嬢様は何故か怒られても嬉しそうで。難しい話から逃げるようにご自分の部屋へ走る。
楊兎「红京の言う通りだよな~」
入れ替わるように楊兎将軍は屋敷の中に入り、红京様の言葉について相槌を始める。「墓場」と呼ばれるこの屋敷には「将軍」までもがためらいもなく門をくぐり、机の上の菓子に手を伸ばして休息の時間を過ごす。
楊兎「華辉が年頃だとしても無理がある数だもんなー(笑)温花が狙われる確率を少しでも減らせるのなら、華辉も進んでするんじゃねー?(笑)」
红京「……国を変えてしまえるほどの人が、なぜ温花様を傷つけてしまったのですか……後宮だからと言われてしまえばそれまでですが……」
红京は「医者」として、眉間に深い皺を寄せる――。
あの温花が寝込んでしまうほど心を深く傷つけ、毒した事実。
病や怪我は薬で治療することができても、心の治療ほど複雑で医学書さえも詳細に記すことを拒否している。見えない傷。病。
「医者」が「皇帝」のような大きな力を持つことは無く、できることは限られている現実――。
その背中に、楊兎将軍の大きな掌が何度も叩き付けられる。
励ましにしては重く、荒々しい。
まだお出ししたばかりの熱いお茶を冷水のようにごくごくと豪快に喉に流していく。
この大将軍底知れないの生命力には、いつだって驚かされる。
強さには驚きばかり。
楊兎「红京。華辉もまた被害者なんだ。愛を与えてもらったことない人間が、愛の渡し方を知っていると思うか――?知らないから物で釣ろうとするし、されてきたことしかできない。それが当たり前だと思っているからな~。でも温花は違ったんだ。愛の渡し方を知っていたんだろ。それが華辉は悔しかったんだろう、欲しくてたまらなかったんだろうなー」
次は横の果物に手を伸ばし皮ごと嚙み切って、食べ続ける。
この男は体だけではなく、心も、存在も大きな男は周囲の人間をここまで簡単に観察し、受け入れている。大きな器を持つ男。「大将軍」さえも称号として足りないほどに。
红京「楊兎様」
楊兎「間違えてしまった華辉は本気で温花を守りに行くだろう」
红京「皇后様それを許すでしょうか」
楊兎「皇后様だけじゃねーな。皇太后様もそれを許さないだろうな」
誰もが間違える前提で受け入れる楊兎将軍。
皇帝華辉様が下級妃の温花お嬢様に興味を抱き、上級妃とは違う関わり方、日中に屋敷へ訪問していたことも。当たり前に自分のものであるはずのものが手の中に納まらない恐怖を味わったのも。自分とは違う何かを持ち、他とは違う良さを味わったからこそ。
皇帝華辉様が温花によって価値観の書き換えを、人生の色を知っている段階なのかもしれない。だがそれで人を傷つけていい理由にはならない。
だからこそ、楊兎将軍の言う「間違ってしまったからこそ全力で守りに行く」へと変わるのか。
だた皇帝陛下と言えど宮中には味方と呼ぶには危ない人物に溢れている――。
皇后様は皇太后様から推薦されて決まっている。
皇后様を蔑ろにするなんて許されるはずがなく、嫉妬に狂うことは簡単に想像できる。
皇太后様が皇后様を推薦したのは綺麗という理由だけでは無い。教養、才能、容姿、家柄全てを兼ね備えた人が皇后様だ。
対して温花は皇太后様の知らない田舎者の女。
もし――。
皇后様ではなく「墓場の変人」と呼ばれる妃が皇帝陛下からの寵愛を真に受け、世継ぎが生まれる。そのようなことが起きれば、推薦をした皇太后様の威厳も薄くなり、今までの後宮の在り方や権力、存在意義までもが壊れていくことになる――。
红京「楊兎将軍にはお伝えしたいことが……温花様は月ものも止まっているようです……お腹の様子からまだ断定はできませんが、可能性の可否については判断できません」
楊兎「それ、華辉には言わないほうがいいかなー……あっちのほうもかなりダメージ食らってる」
红京「加害者は陛下なのでしょう。よほどのことがあったから温花は落ち込んでしまったのでしょうから……。すいません、楊兎将軍の前で言うことでは無かったです」
红京は下唇を噛み、唇は白い。
温花は子を宿すようなことを覚えていないだけなのか、それともそんな事実がないのか、その事実を隠したいのか――。
月の巡りが乱れるということは、そういう可能性を含んでいる――。だが、それを口に出すには、あまりにも重すぎる。
楊兎「でもそれ本当のことじゃん。今回は華辉が加害者それで間違いない」
红京「……陛下のことをそんな風に言ってしまってよいのですか?」
楊兎「親友だからだなー。間違えは正さないと。それに红京、お前も将軍の俺に本音だだ漏れだし!(笑)俺らはそういう関係だろ?(笑)それにしてもどうすれば守れるかなーって。全然わっかんねーんだよな」
楊兎将軍との帰り道は空気が重い。
懐妊の事実があるとすれば、手を挙げて喜ぶべきこと。それが誰もが悩む結果になるとは。
この世の医術で、今の段階では早すぎて確実な診断は下せないが――。




