客家
後宮から離れた「墓場」と呼ばれた屋敷は小さいながらも、存在の大きな場所へと――。
森からは鳥の囀り、葉の靡く音、小川の流れが涼しい。
手入れを手伝うと「墓場」とは名ばかりで心洗われる空間へ。
皇帝「気に入ってくれたみたいだな」
温花「ここが特に」
皇帝「客家か、そうだな」
屋敷の大きな扉の中の整備に手が追いついていなかったのか、開くと古びた客家が森の景色を取り込んでしまう部屋が現れた。
温花はその場所が気に入ったようで屋敷に行くといつも客家から景色を眺めていた。
温花が客家に腰をかけるとその空間はまるで絵画のようだった――。
思わず名前を呼ぶ声が優しくなる。
皇帝「……温花」
温花「何ですか?」
振り返る温花の周りには蝶が舞う――。
本当に温花は温かい、花だ。
誰がこの名を付けたのか。
温花はどのような家庭で育ったのか、どんな人物と関わってきたのか、このような不思議な女を作ったのだ――。
温花「陛下……ありがとございます。ここで暮らせること、とても幸せに思います」
温花は艶やかな笑みをこぼし、森を見る。
俺は墓場と言われるこの屋敷が怖くて、嫌で仕方なかった。
だが温花はこんなにも嬉しそうで。
侍女の陈莉が「消えていきそうなのです」と心配するのがわかる。
このまま絵の中に入っていってしまいそうだ。
温花「陛下はとても字が綺麗なんですね。あたしはこんな綺麗に書けません」
皇帝「将軍の嫁になる人がそんな様子では困る」
温花「でも……どうして私なんですか?」
皇帝「将軍――。楊兎はこの世界で唯一信頼できる人間だ。そんな人間に変な女子を送り出すわけにはいかないだろう」
温花「皇帝って大変そうですもんね……楊兎様……。変な女子ってあたしが1番じゃないんですか?(笑)」
皇帝「そうだな、墓場の変人は1番の変わり者だ。だが、楊兎を傷つけるような女子ではない。それはわかる」
温花「ありがとうございます――。うわぁ……すごい……」
この綺麗になった客家で温花と穏やかな時間が流れていく――。
温花は桜の木の職人、皇太后様、医学館へのお手本の手紙を書くと、何度も書き写してなんとか手紙を書き終えた。
この時間は最高の暇つぶしだ。
皇帝「温花、ここは墓場と言われるだけあって来客も少なく済むだろう」
温花「先日見張り役の妃が来ました。それ以降は来ていませんが……ここへ用事がある人はいないでしょう」
皇帝「用事はあるだろう。今夜、楊兎が来ることになっている」
温花「楊兎様……?今夜?!……それは聞いていません……!」
皇帝「なんだ急に怖くなったのか」
温花「……いえ」
将軍の妻になる大きな転機が本当にやってくる。
光栄で喜ぶ溢れるはず。
皇帝「温花、今夜は着飾って待つように。侍女もいいな」
陈莉「は、はいっ!」
侍女は慌てて返事を返す。
皇帝「温花はどのような衣で楊兎を迎えるのだ?」
温花「まだ決まっておりません」
皇帝「池で出会った時の衣は避けるように」
温花「あの衣は挨拶用に良いと思っていたんですが……わかりました。他の衣で考えてみます」
あの池の衣はこの華国ではなかなか見かけぬ良い衣だが、夜には映えない。
もっと鮮やかな衣にすべきだ。
温花が鮮やかな衣に身を包んでいるのを見たことがないな。どのようになるのか?
皇帝「――を準備しろ」
すぐに温花へ鮮やかな衣を準備させた。
楊兎が見る前に朕が確認しておかなければ。
上級妃に与えても良いと思っていた衣を見ると侍女は目を丸くする。当たり前の反応だ。
下級妃にこんな上質な衣を与えるなの、普段はありえん。
そしてすぐに着替えるよう指示を出す。
これが似合うはずだ――。
陈莉「――陛下、温花お嬢様の準備が整いました」
侍女の陈莉はどこか自慢げで頭を下げる。
いつも淡い色に溶け込むように立っていた温花が、鮮やかな赤の衣を肩にかけ、真っ白な襟が見せる。
真っ白な肌には目元、口元の赤と、額の中央に赤の花鈿が鮮やかに映える。
まるで深い淵を覗き込んだかのように、朕の意識は彼女の方へ引きずり込まれる。
——美しい。
それは賛辞ではなく、抗えぬ事実だった。
体は自然と立ち上がり、温花の前に立つ。
ほのかに先日嗅いだハンドクリームの花の香が漂い、鼻が喜ぶ。
温花「あたし、赤は似合わないでしょう……?」
思わず手が伸び、彼女は照れくさそうに朕を見上げる。
池で鯉と戯れて落ちてしまいそうな女がこのようになるとは――。
皇帝「いや、似合っている」
温花「よかったです……」
温花は安心したように小さく息をついた――。
よかった――。
本当に。
まさか赤の衣を着ることになるなんて。
あたしは赤なんて来たことなくて、鮮やかな色なんて似合わないと思っていたから。
赤――。
この色はあたしにとって特別で――。
この赤の装いを褒めてもらいたいのは、目の前にいる人ではなくて。
「紅」の人だ――。




