王令
この言葉の意味も、逆らうこともできないことを温花お嬢様は分かっている様子で頭を下げ続けた――。
受け入れる覚悟があると言うことだろう。
墓場の屋敷へ入ること以上の何かがあるとすれば?
今まで皇帝陛下だと分かった上でどれだけの無礼を働いてしまっていたか――。
何をすることになるのか、後宮から追い出されてしまうのか――。
「――将軍と婚約するのはどうだ」
陛下は椅子にもたれ、さも当然のように言いきった――。
黒と金の衣が太陽の光に当たり、空気がぴたりと止まってしまう。
陈莉「えっ――」
恐怖に怯えていた私は皇帝陛下の王令に思わず声が漏れる。
今なんと――?
後宮で妃になるということは皇帝陛下の――。
まさか将軍様に自分の妃を譲る、と?そのようなこと聞いたことがない。
この提案はとんでもないことで。
お断りすることができない。
「そうすれば変人のお前も、侍女も狙われることが無くなるだろう?」
陛下はこれで満足だろう。これで全て解決できるだろう?と自信満々のご様子――。
「朕には持て余すほどの女子がいる。お前たちは静かに暮らすことができ、将軍との婚約も約束されている。これ以上のことはないだろう?」
温花「将軍って会ったこともないのに……」
温花お嬢様は静かに顔を上げ、その場に膝を抱えて陛下を見上げた。
まさか反論するなんて――。
こんなこと誰かに知られてしまえば、いや目の前にいる皇帝陛下の判断1つで私たちの人生は大きく変わってしまうことは明確だ。
私はもう温花お嬢様にしがみつくしかない。
「皇帝にも会ったことがなかっただろう?それでも後宮にお前は入宮しただろう?将軍のことはすぐに気にいるさ」
自分の人生のはずなのに傍観しているような温花様の様子に陛下はまた笑っている。
温花「ねぇ、陈莉。将軍って強いの?どんな人?」
陈莉「そっ、そっんな!私に聞かないでくださいっ!……つ、強いから将軍様なんですよっ!」
お気楽な温花お嬢様を揺さぶって私は自分のどうしようもない感情をぶつけるしかなかった。
まだこの重大さに気がついていないと言うの?!
「将軍」様がどんなお方なんて私も会ったことあるはずないでしょうっ!
正八品の温花お嬢様にとっては大抜擢で、とても光栄なこと。
このような光栄なお話が回ってくること二度とないかもしれない。
王令に背いたとなれば、後宮内で墓場の変人と呼ばれるだけでは済まされなくなる。
なんとしてでも温花お嬢様にお受けしていただかなければっ!
温花「……でもこの桜の木はどうなるの?ここに住めるの?」
まさか――。
お嬢様は全く違うことを心配していた。
桜の木を。
もっと自分の身を大切にしてほしいのに。
その回答に皇帝陛下は呆気に取られた様子でまた大笑いをしている。
将軍との婚姻よりも、桜の木を優先するなんて考えられないからだ。
皇帝「この墓場がそんなによいのか?!」
温花「私はここで過ごしたいです」
皇帝「将軍の家に行けば命を狙われることもないんだぞ?」
温花「もうここがあたしの住処になっているので。将軍様との結婚のお話もありがとうございます」
陈莉「お嬢様!このお話をお受けしないなんてっ!お嬢様を守れる手段として皇帝陛下……が考えてくださった話なんです!お嬢様は目立ちすぎます!命がいくつあっても足りなんです!」
もうこちらは必死だ。
お願いだから「はい」と返事をしてください。
温花「それって陈莉も……か」
皇帝「そうだ、侍女から消されて精神的に追い込まれることも少なくない」
温花「……わかった。わかりました……!でも、この桜はこのままにしてください」
自分のことでは頷かず、私のこととなるとすぐに温花お嬢様は簡単にお受けしてしまった。
皇帝「そうか、話を通しておく。準備しておくように」
そう言うと満足そうに皇帝陛下は外に待機していた側近を呼び屋敷を出ていく。
私は一気に体の力が抜ける。
温花「陈莉、ごめんね。心配かけて――」
その言葉は今までの温花お嬢様とは雰囲気が違う。
言葉と表情が冷たい。どうして――?
”いつもそう。
大きな強い男はいつだってあたしを支配しようとしてくる。
鈍い音が体に響く。
ドクドクと真っ赤な血が流れていく――。
痛い。怖い。
だめ。そう思ってしまうのは。
スッと感情を無かった事にする。
そう、これは何とでもない。
強い力に押さえつけられても、吹き飛ばされても。
背中に刺さる木は感じてはいけない。
うん。これは夢だ。
もっと楽しい夢を見ればいい。夢は楽しいはず。夢だけでも鮮やかであるはず。
ただ、帰れる場所があたしには欲しかった――。
ただ、心休まる場所が欲しかった。
だけど誰かが自分の言動で傷つけられるのは見たくない。
壊れるのは自分だけでいい。恐怖を感じるのはあたしだけでいい。”
誰かということは楽しい。
でもそれ以上にあたしには命が重荷すぎる。
陈莉はとてもいい子だしそんな無責任な主のところにいていいはずがない。
将軍と結婚するってことは誰かと生活しなければいけない。あたしが逃げたいこととまた戦わないといけないの?
恐怖感に支配されて生活することから一番逃げたいと思ってこんな屋敷で静かに過ごせたら、と思っていたのに。
そうなってしまえば現代にいたときと環境が変わらなくなってしまう。
でもここで陈莉をどうにかできる方法がそれしかないのであれば、あたしは――。




