手紙
小さな調理場でお昼ご飯を作って散歩に出かけた温花お嬢様を待っていた。
いつもは「いい匂い〜。これどうやって作るの〜?」と興味津々で覗き込みにくる。
だけど今日は着飾って散歩に出かけてしまった。
もしかして池で出会った人のところへ逢引きに行ったの――?
まさか、それは早すぎる――。
あんなにわくわくした様子ででかけたお嬢様はフラフラと屋敷に戻って来た。
陈莉「おかえりなさい!どこに行かれていたのですか!?」
温花「ただいま〜」
温花お嬢様が椅子に崩れるように腰をかけ、天を仰ぐと同時に声がする。
「折角希望の品を届けたのに浮かない顔だな」
温花お嬢様は驚いた様子で顔をその人物に向ける。
「池のときとはまた違った装いだな。水色も似合うのだな」
温花「はい」
全く力の入ってない返事を温花お嬢様が返すので、こちらが驚いて持っていたお茶を落としてしまった。
「なんだその顔は」
温花「……本当にこれ全部もらっていいのですか?」
「嬉しくなさそうだな」
温花「嬉しいですよ。カビだらけの寝台で寝なくていいですし、綺麗な桜が咲きそうですし」
「ではなんで浮かない顔になるんだ」
温花「だって〜……」
陈莉「だ、だ、だって?!」
これ以上の無礼は本当に命に関わってしまう――!
急いで温花お嬢様のところに行こうとするとあのお方は目で動くな、と合図を出してくる。
この命令に侍女が背くわけにいかない――。
そんな様子を見てあのお方は呆気に取られたのか大きな笑い声が屋敷に響く。
「さすが噂の墓場の変人」
温花「……もうそんな噂が……(笑)」
「噂の変人は、何かお困りごとでも?」
温花「手紙の書き方がわからないんです〜」
「手紙?」
温花「何か感謝の気持ちを伝えたいのだけど、お金を持ってるわけでもないので」
「ふっ(笑)金に困っていたのか。この家具売れば金になるぞ?」
温花「頂いたものを売るなんて。そんなことはしませんよ。あたしができるのは手紙を書くことくらいしか思いつかなかったので」
「墓場の変人は他人に頼ってばかりだな(笑)」
黒と金の衣に身を包む威厳ある整った顔の人物は笑いが堪えられないのか、笑い続けている。
もうこちらは胃に穴が開きそうだと言うのに――。
温花「あ……ほんとだ……(笑)」
まさか温花お嬢様が驚いていた。
そんな様子を見てあのお方はお腹を抱えて笑う。
”現代の世界では誰かに頼ることは「負け」、謝ることは「負け」だった。
強くいないとだめだと気を張っていた。
ずっと一人だった。
でもここでは気を張ることはしなくて自分の気持ちには素直になって、誰かに自分を助けてもらう。
本当の自分を知ってもらうこと……大丈夫かもしれない――。”
温花「後宮知らないことばかりだから、誰かに頼るしかなくて……」
「皇太后への謝罪は確かに必要だな」
温花「そっか……皇太后様と、医学館にも手紙書かなきゃだ……」
――今騒動になっている薬味瓶の中身についての謝罪をするつもりだと思っていた。
誰に手紙を書くつもりだったんだ……?!(笑)
俺のことを鯉の餌やりをできる暇人と思っているのか?
墓場の変人はこちらを見て助けを求めている。
この小娘を遊ぶのは本当に楽しい。
「わかった。その代わり、墓場の変人は何をしてくれるんだ?」
温花「何がいいですか?」
「そうだな、大人の関係――」
墓場の変人の顎を手でそっと持ち上げ、顔を近づける。
これで下級妃の女を脅せば、顔を赤らめて震えるだろう。
簡単に手に入る、はず。
さて墓場の変人はどんな顔をして――。
温花「……わかりました」
まさか――。
艶やかな瞬きをし、袖を柔らかく持ち、首元で静かに喋る。
他の妃のつけるお香とは違う、ほのかに香る「花」の蜜の匂い。
「失礼な女だ」
俺が慌てて振り払うと侍女は急いで目を逸らし、足に力が入らなくなったのかしゃがみ込んでしまった。
「墓場の変人は自信あるようだな」
温花「自信なんて持ち合わせていないですよ。好きな人に染まってみたいとは思いますけどっ」
まさか笑っている?
拒否されることが屈辱ではないのか?
これが計算のうちだと言うのか?
いや、そんな利口な女には見えぬが――。
本当にこの女は掴めん――。
墓場の変人、温花は急に遠くを見て悲しそうな表情をしたかと思えば、お転婆娘の顔に戻って笑っていた。
こんな自由奔放な女は……皇太后以外に見たことが無かった――。
自由奔放は権力を握って、自分の思うがままに周りを巻き込む。
自信に満ち溢れた女がすることだと思っていたが、そうではないらしい。
墓場の変人の好きな人が「皇帝」だとは言っていなかった。
後宮にはよくある話だ。
家のために感情を押し殺して皇帝の元へ。そんな女が壊れていくのも見たことがある。
――ただ、好きな人が居るとも言っていない。
後宮に来る女は俺を見て皇帝だとすぐ認識し、媚びる。
皇帝だと言わなくともこの装備を見て落ちない女はいなかった。
墓場の変人は全く俺に興味が無さそうで――。
まぁ、手紙の書く姿を見れば少しは尊敬するだろう。
「分かった、手紙の書き方を教えよう」
温花「さすが宝玉のお兄さんっ」
もうすでに炭と紙を持って嬉しそうに立っていた。
その様子もまるで子供だ。
妃は凛とした姿で達振る舞うことがほとんどだ。
だが――この変人は。
よく見ると衣には葉っぱがついていてまるで森にでも行っていたのか?
筆を持ち、表情豊かな変人が先ほどの大人の顔ができるような女には見えん――。
どの顔が本当なんだ。
本当の顔を見てみたい。知ってみたくて仕方ないのだ――。




