怒り
今さっきのお嬢様はなんか偉い妃様「姜婉玲」って人だって。
陈莉居てくれたから名前分かったけど、今度からちゃんと名乗ってもらわないと忘れちゃうな(笑)
口にポソポソと饅頭の生地が残る。
あ〜ポン酢付けて食べたい〜。
こんな開放的な空間で朝食食べられるなんて現代じゃなかなかできないな〜。
あ〜もう1回寝てしまいそう〜(笑)
陈莉「温花お嬢様、お手紙は書かなくて良いのですか?」
温花「あ……朝から色々あったからすっぽ抜けてた……そうだね!それはしなきゃだ――!」
してみたい、そんな気持ちがあるんだけど……。
後宮に入るためのテスト?の汚い文字が思い出されて、さらに苦手意識が増す。
ボールペンの技術って凄かったんだ。
すらすらと書くことのできない筆先は暴れに、暴れる。
红京なら書けるよね?
テスト?のときも綺麗な字でカンニングさせてくれたし……(笑)
字が書けないなんて連絡したら怒られちゃうかな。
ん――。怒られてもいいから連絡する、か。
ん――。
陈莉からして見れば手紙書くことにそこまで悩む必要ないと思ってるだろうな。
自分で言い始めたことなのに、情けない……(笑)
太陽は真上まで登って来ているのに、机に伸び切るしかない。
『ブーブー……』
携帯のバイブが鳴り、あたしの体に響く。
温花「红京からだっ!」
急いで自分の部屋に戻り、携帯を確認すると「屋敷の裏に来てください」とメッセージが入っているの見ると自然に体が動き出す。
朝起きて寝巻きのまま、寝癖も付いたまま。化粧なんてもってのほか――。
慌てて衣装棚を開き、衣を布団の上に並べ、櫛をとき、顔を洗う。
無い時間で準備するのは慣れたもんだ。
その音を聞きつけた陈莉は急に準備を始めた様子を見て目が点になっている。
陈莉「おでかけですか?」
温花「うん、ちょっとお散歩に……(笑)」
この言葉はさっきの姜婉玲の(じゃんわんりん)の見え付いた嘘を真似た。
陈莉「……お嬢様はあまり興味ないのかと思っていましたが……着替えましょうっ!」
陈莉は嬉しそうに着替えの手伝いをしてくれた。
寝巻きから華やかな衣に身を包んで、髪を結い上げる。
焦る気持ちを抑えようとしても、屋敷の裏に向かう足は早くなってしまう。
屋敷の裏はまだ手入れが行き届いておらず草生い茂って、かき分けて進むと虫が飛び回る。
背丈まである草は手招きしている緑の衣の红京をうまく隠していた。
温花「紅京っ」
紅京「どうして皇太后様にあの薬を渡さなかったんですか……?」
温花「だってあたしも貧血だったから……」
紅京「……そんなことを連絡してきてください」
感情と、話したいこと、红京の話も聞きたいのに上手く頭が回らない。
红京は大きくため息をついて、仕方なさそうにこちらを見る。
温花「怒ってます?」
”顔色を伺う――。
红京は友達で……、この世界で必要な存在。胸の中がもやもやとする。
红京を失いたくない。
あたしがわがままな気持ちを優先してしまったから、大事なはずの红京に嫌な思いをさせてしまっている。”
”「〇〇!」
あの名前はいつも両親が怒っているときに呼ばれる。
家事が終わっていない。お金が足りない――。
小さな兄弟の世話。家の掃除、食事の準備。
家族は都合がいい。
強く言えば子供を家政婦にすることができるのだから。
ガラスの割れる音、ドアを強く蹴られる鈍い音、怒鳴り声。全部嫌いだ。
目を開ければ、机に包丁が刺さっている。
次に目を開ければ、ガソリンが撒かれている。
臭い。痛い。
怒られないようにしないと――。”
紅京「――はい。怒っています。知っていますか。温花様が皇太后様に渡したハンドクリームの成分がなんなのか……もし皇太后様の肌に異常が出て終えば、処罰されるのは温花様だけではありません」
温花「……仕事増やしてしまった……?」
紅京「頂いたお菓子が全部無くなってしまうほどです」
震える声を抑えなきゃ。红京はあたしの親じゃないから、違うから。
红京はこちらを覗き込んで、背中をさすってくれた――。
これは怒ってくれている。
――これはただ自分の感情をぶつけたいだけじゃなくて、あたしを思って怒ってくれている。
怒られているのにそこには「愛」があることを感じた。
力の入っていた体に血が流れていくのが分かる。
红京に迷惑をかけてしまっただから、何かしないと。
温花「じゃ……向こうに戻って紅京の欲しいもの持ってきます。ごめんなさい」
紅京「温花様、そんな簡単に帰ること怖くないんですか?」
温花「え?」
紅京「回数制限があるかもしれないんですよ?」
温花「神様にも気合い足りないときあるかな(笑)」
紅京「……っ。神様の気合いだと思っていたんですか?……なぜ俺は帰れなくて、温花が帰れるのかそれも分かっていないんですよ」
温花「そっか……紅京も帰れる方法分かってないとだよね」
紅京「必ず、とは思いませんが」
红京ってすごい。
現代に帰ったほうがきっと安全だし、医者として便利な環境が揃ってるはずなのに。
この環境に文句なんて言う気もない。ううん、別に文句なんて湧いてこない人なのかも。
故郷に帰ることができず、この世界で红京は生きてきた。
だめだ。
あたしは環境のせいにして自分は悪くないって人のせいばかりで。
誰かに寄りかからなきゃ生きていけないなんて。
全然あたしと違う――。
あたしは红京がいてくれたから、街で助けてもらえたし、後宮に入れることもできた。
皇太后様への贈り物を準備してくれたのに自分のわがままな気持ちから红京の気持ちを踏み躙ってしまった。怒られるのは自分のせいだ。
温花「紅京が生命の危機になってしまったとき、逃げる手段として帰る方法を知って欲しい――」
紅京「今は医学館が温花のおかげで忙しくて、倒れそうですけど……(笑)」
红京はあたしがこんなにも迷惑をかけているのに少し笑ってこちらを見る。
あぁ、この顔を見てたい――。
心のどこかで红京もこの世界にいて笑っていて欲しい、と。
このまま红京の柔らかい雰囲気に触れてしまったら、戻れなくなる――。
温花「ごめんね……紅京に手紙を書く方法教えてもらおうと思ってたけど……」
紅京「手紙ですか?……すいません、今それどころではないので」
温花「ごめんね、紅京。今度からはちゃんと紅京が教えてくれた通りにするから」
謝る癖が付いてしまって、何回も謝ってしまう。
ちゃんと红京が言ってくれた通りにすればこんなことにならなかったのに。
紅京「はい、お願いします。この騒動が落ち着いてから貧血の薬もお届けしますので」
温花「うん」
あたしは红京の言葉に頷く。
この人を信じてみたい。大丈夫、この人は信じていい――。




