トラップ試してみてよマスターさん
そして移動したのは、新しくできたB1F。
適当なエリアに入ってトラップを出してみる。
【回転壁】
“寄りかかると壁が回転して反対側へ行ける”っていう古典的な仕掛けのアレ。
触ってみると、確かに壁がくるりと回転し、反対側に通り抜けられる。
……殺傷性はもちろんゼロ。
「まあ。パーティの分断が起きやすい仕掛けではある。」
【落とし穴】
名前の通り、ただの穴。
穴の上を誰かが通ろうとすると床がパカリと開く超シンプル設計。
落ちたら剣が飛び出すとか、毒針があるとか、そういうのも一切ナシ。本当にただの落とし穴。
「案内標識でも立てとかないと誰も落ちないんじゃないか……?」
【射出トラップ】
離れた位置にある起動スイッチを踏むと、あらかじめ仕込んでおいた“何か”を射出する仕掛けらしい。が、射出するものは魔力で捻出する。
試しに水をセットしてみたが、出てきたのは子どもの水鉄砲レベルのショボい水流。威力はゼロで、魔力のコスパもひどい。
「むしろこれでなにができるんだ……」
半ば呆れてため息をつく。
しかもトラップを設置するのにひとつ3000とかいうバカみたいな魔力を食う。
3つのトラップを試すのに1万近く魔力を使ってしまった。
最終的に残ったのは...
魔力量:26202 → 17202
「最初は40000以上あったのに、もう半分以下に...」
『生活設備にまわす魔力をトラップに使えば、もっと強力にできますけど?』
コアが淡々と追加情報をくれる。
確かに、パーティにいた頃に攻略したダンジョンではもっとまとも(強力?)なトラップをよく見かけた。回転壁の裏側に鋭い棘を仕込んだスパイクトラップとか、落とし穴の下に毒ガスや火炎放射が待ち構えてるような仕掛けとか。あれは下手すると普通に死ぬ。
配信でも、モンスターを倒すだけじゃなくトラップをいかに切り抜けるか見せるのが“映え”ポイントだった。例えば変なスイッチを踏んで天井が落ちてくるエリアで、仲間をどう救うか……そういうハプニングシーンは視聴者をめちゃくちゃ盛り上げる。スポンサー受けも良かった。
「……って、あー……そうだよな。今は、トラップにまで気を遣わなくてもいいんだな」
『なんの話ですか、マスター』
思わず自問自答みたいに呟いたら、コアが不思議そうな声を返してくる。
「いやさ。前は、わざと引っかかって“派手に助ける”シーンを作れとか……そういう無茶ぶり…じゃなくて、要望が当たり前だったんだ。俺もトラップ対応やってたな、って思い出しただけ」
もっとも、プロの攻略配信ではギルドのサポーターが常に監視していて、“サポーターエスケープ”という緊急脱出措置が用意されている。だから余程のことがない限り、プロ配信で死者が出るのはまれだ。
ただ、野良の――つまりギルドが管理していないダンジョンに入り込んだ配信者や冒険者が、まだ生きているトラップに引っかかった挙句、悲惨な死亡事故を起こすケースはたまに耳にする。
「...俺はそんな事故をこのダンジョンで起こしたいわけじゃないし。」
『マスターがそう望むなら、しません』
コアがさらりと言ってのける。
そんな簡単に方向転換できるのが、不思議なような……でもちょっと、嬉しいような…。
「...そう、だよな。なんだろ……ちょっと得した気分だな」
自然に笑みがこぼれていた。
「...今は強くする必要ないよ。」
『……そうですか。では、モンスターは増やしますか?』
「モンスターって、最初にいたスライムのことだよな」
『スライム以外も生成可能です。ただし、生成の種類や数に応じて魔力量を消費します』
「てことは、エリアや深度を広げても、モンスターが自然に増えるわけじゃないんだな……」
『そうです。このダンジョンでは、すべて魔力を使って作り出す仕組みになっています』
「……ちなみにスライム一体つくるのに、どれくらい魔力かかる?」
『1000くらい。』
「……スライムに1000か。今はそんな余裕ないし、まずは生活を整えるほうが先だな」
『……ダンジョンなのに、ずいぶん変わったことを考えますね、マスター』
コアの声が、微妙に呆れているように聞こえる。
「最近は配信でも“ダンジョンに住んでみた”ってちょくちょく見るんだ。ギルド管理外の、小規模なダンジョンを改造して拠点にする。それが当たり前ってわけじゃないけど、話題になったりしてさ。」
『……はあ』
「そういう場合は、やばいトラップは全部潰して、安全に暮らせるようにしてるんだけど...」
ああ、そうか。
「こっちはコアの機能でトラップを好きにいじれるわけだな……。弱いトラップを逆手に取って、安全なダンジョン攻略配信は面白いかも」
『……トラップなのに安全? 理解しづらいです、マスター』
「やってみないと...だな。」
◇◇◇
B1フロアのキッチン。
さっきまでトラップ試し打ち?に集中していた俺が足を運ぶと、そこにはなんとも家庭的な香りが広がっていた。シチューのほのかな湯気が、部屋の中をふわりと和らげてくれる。
「……いい匂いが」
テーブルに並べられたのは大きな鍋と取り皿などのカトラリー。それだけでなく、ちゃんとパンまで用意されている。
「いろんな食材あって具だくさんシチューですよ〜!あ、パンは作る時間なくて、あったものです!食べましょう!」
ユズハは得意げに胸を張る。
椅子に腰かけ、シチューを一口すくう。
「……じゃあ、いただきます」
とろりとしたルーの中にゴロゴロ入った具材が見えて、湯気とともに鼻先をくすぐる。
「……すごく美味しい」
口に運んでみると、やさしい味が染み渡る感じで自然とほころんでしまう。
そんな俺の反応に、ユズハは「えへへ」と照れ笑いしながら頬を染めた。
「モンスターグルメ配信とかもやってたんで、料理には慣れてるんです!」
(最初会った時そんなことを言っていたような)
「……配信者って、本当にいろんなことやるんだな。」
『……フン。料理が美味しく出来て良かったですね。』
なにやらコアから拗ねたような声が…。こればっかりは仕方ない、さすがに。
「あ、そういえば……配信のネタを思いついたんだけど」
「わ、なんですか? 気になります!」
ユズハが身を乗り出すように首をかしげる。
「コアの機能を使って、トラップを色々仕掛けた“ダンジョン”を作ってみようかと思ってさ。……モンスターは攻撃してこないし、“安全なトラップダンジョン”っていう感じに。」
「へえー!面白そうですね。視聴者受けもしそうじゃないですか!」
「それで……誰か“試す相手”がいないかと思って。配信仲間で、ダンジョン攻略配信やってるやつとかいないか?」
ユズハは少し考え込みながら「う〜ん」と唸る。
やがて「あっ!」と手を叩いて笑みを浮かべた。
「いるかも! ……あの人なら絶対乗ってくれると思う。よし、連絡してみますね!」
「ああ、ありがとう」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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それでは、次回もどうぞよろしくお願いします!