第2章 水竜の贈りし者のこと 2-4
ちょっと迷ったが、ニニカはバナを秘密基地に連れていくことにした。
里に連れていく訳にはいかなかったし、一頻り笑い合って心を通わせた後では、放っておくこともできなかったからだ。
身振り手振りを交えながらついてくるように促すと、崖を登り始めた。
バナは舟に戻って、二本の反りのある剣とそれと同様の形に削り出された木の棒を持って、先を行くニニカの後を追った。
岩から岩へ飛ぶように駆け上がるニニカだったが、バナは全く苦も無く付いてくる。
少し遅れてスタートしたはずなのに簡単に追いつかれて、ニニカがあおられているようになってしまった。しかもバナには、まだまだ余裕が見える。
ニニカは驚きを持ってバナを見た。
これは有り得ないことだった。探索隊に名を連ねる大人を含めて、誰であろうが自分よりも素早く動ける人を見たことがなかったのだ。
自分の気持ちの整理がつかず、それがどんな感情なのか良く分からないが、ちょっとモヤモヤしたのは確かだ。後になって思えば、この僅かな間に身体能力では敵わないと、心の奥底では既に認めてしまっていたのであろうと思う。
まだ釈然としない気持ちを抱えつつも、ニニカは秘密基地の洞窟へをバナを導いた。
崖の上の入口から入ることを選んだのは、近道ということもあるが、心のモヤモヤがちょっとした意地悪となって表れたからでもある。このルートには、大人の身体では通り抜けられないようなかなり狭い隙間がいくつかあるのだ。
立ち往生してしまったら、「しかたないなあ」という素振りを見せながら、戻って別の道から案内するつもりだった。ところが、驚いたことにバナは全く意に介さずついてくるではないか。
この大陸の平均的な大人と比べてやや小柄な体格ということも、その理由としてはあったかもしれない。ただそれよりも身体が異常に柔らかいのである。
頭さえ通過できる隙間ならば、どのようにしているのか「するり」と抜けてしまう。
ニニカは驚愕して、そんなバナを見ていた。
それは他のどの大人達も得られなかった気持ちへの入口だった。
ニニカは大陸の英雄として名高い「黄金の五人」の一人であるユリウス・アークレイにすら湧いてこなかった感情を、この出会ったばかりの異国人に対して抱き始めていたのだ。
端的に言えば、それは敬意である。
今までニニカにしかできなかったことを、ニニカ以上に簡単にやる大人だからだ。
ただしニニカが自覚するのは、もう少し先の話である。
十分ほどかけてバナを広間まで案内して、生活に使える毛皮や木材、蠟燭などを一通り見せた。それから外に出る時は鏡を使って確認するように教える。
(明日は、何か食べ物を持ってこないと・・・)
秘密基地には食料は置いてない。
そろそろ里に戻らなくてはならない時間だ。
「ここにいて」
身振りを交えながら言った。
「ここで、休んで」
「外は危ないから、出ちゃダメ」
「明日、また来るから」
自然と声が大きくなってしまう。言語自体が通じないのだから声の大きさは関係ないのだが、人の性とでも言うべきモノなのであろう。
「寝る時に寒かったら使って」
と、毛皮を手渡す。
外に向かおうとすると、バナが付いてくる。手で留めて広間へと押し返した。
「あなたは、ここで寝るの!」
ジェスチャーを使って懸命に伝える。
「あたしは、いく。あなたは、ここ」
自分、外、バナ、地面と順番に指差す。
バナは少し考える素振りを見せた。それから大きく頷いて、自分を指差して床を示した。ニニカを差してその指を外に向ける。
それを見てニニカも頷き返して破顔した。バナも歯を見せて笑う。
「また、明日来るよ」
握手をしようと右手を差し出すと、バナは理解できずに首を傾げた。彼の育った場所では、そういう風習はないらしい。
ニニカはバナを腕を取って自分の方へと引き寄せると、その手を握って軽く上下に振る。
「握手」
「あく・・しゅ・・?」
ニニカの言葉をバナが真似る。
「そう、握手よ」
「あくしゅ」
「友達」
自分とバナを交互に指差して言った。
「と・・もだ・・ち?」
「そう。友達」
「ともだち・・・」
バナが笑顔で頷いた。暖かい笑顔だった。
胸が「ほっこり」する。幼い頃に両親と生き別れ、肩肘を張って生きてきたニニカにとって、それはあまり感じたことのない感覚だった。
奇妙なことだが、出会ってから数時間しか経たない異国人の大人に、長年共に暮らした家族のような、いわゆる父性のようなモノを感じていたのだ。心の奥底では同じ里の人間ですら信用していないニニカが、バナには心を開いたということである。
「・・・バイバイ」
名残惜しさを感じながら、手を振ってニニカは言った。
「ばいばい?」
バナが真似る。
離れがたい。
まだ別れたくなかった。でも夜になってニニカが里にいないことがバレてしまったら、二度と会えなくなってしまうかもしれない。
後ろ髪を引かれる想いで何度も何度も後ろを振り返りながらニニカは里へと帰って行った。




