第1章 アイゼニアの姫のこと 12-5
予期せぬ出来事に全員の時間が止まった。
巨大な石造りの扉の向こうの闇の中から伸びた大剣は、ギリアムの眼の上辺りの頭蓋骨を貫き、後頭部へと抜けている。
言うまでもなく致命傷である。即死であった。
あまりにも、あっけない死。だがそれは、始まりにすぎない。
剣が引き抜かれ、再び闇の中に消えた。
熟練の戦士の身体が力を失って崩れ落ちるのを、四人はただ見詰めていた。
ギリアムの手から零れ落ちたカンテラが、舗装された地面に転がる。高い音と共にガラスが割れ、中から油が漏れだして地面に広がり、そこに火が付いた。
炎が洞窟内を煌々と照してゆく。
ガチャリ、ガチャリとゆったりとしたリズムで金属を打ち合わせるような音が鳴り響いた。
四回。・・・五回。
金属音を奏でながら、闇の中から漆黒の鎧の騎士が現れる。
三メートルを超える肉厚の長身にフルプレートアーマーを纏った狂戦士。右手に鮮血の滴る大剣を下げ、左手にはスモールシールドを握っている。
狂戦士は脇目も振らず、ティアナを目指して一直線に歩を進めていく。驚くほどゆったりとした動作であった。その足を踏み出す度に、鎧が同士がぶつかり金属音を響かせる。
スローモーションのように、ゆっくりと流れる時間の中で感覚だけが暴走し、ティアナを含む四人はその様子を眺めている。
ただ、眺めている。
漆黒の騎士は、いとも簡単にアイゼニアの戦士たちの間をすり抜けて、王女の前まで歩み寄った。
そして剣を振り上げる。
その瞬間、鎧の隙間から吐き気がするほどの瘴気があふれだした。
「髑髏騎士・・・」
ウォルフの口から漆黒の戦士の名が漏れた。
最初に時間を取り戻したのは、ゼノンである。腰の剣に手を遣り姫を守るべく身を乗り出した。
だが、もう遅い。
髑髏騎士の大剣は、既にティアナの頭上に振り下ろされている。
突然の出来事にティアナは茫然としたまま動けない。
本人を含む誰もが彼女の死を覚悟した転瞬、右手の人差し指の指輪が眩い閃光を放った。黄色い光がティアナを中心にドーム状に広がった。それは盾となって、暗黒の騎士の大剣と衝突し、弾き返す。
髑髏騎士はすぐさま体勢を立て直し、横薙ぎの一撃を放ってくる。
指輪の光は、この強烈な斬撃も受け止めて通さない。剣と光のシールドは中空で押し合いの格好となったが、次第に暗黒の騎士の大剣が「じりじり」とティアナへの距離を縮めてきた。
ようやくゼノンが割って入ったのは、その時である。
「殿下。一旦、お逃げください!」
巨体との力比べでは敵うはずもない。軌道を逸らすように斜めに力を加えると、髑髏騎士の大剣はティアナを離れて地面を撃った。
高い音が響いて舗装石と剣の破片が飛び散った。
「総員、退却だ!」
視線を髑髏騎士に据え置いたまま、ゼノンは声を張った。
「相手にするんじゃない、ナッシュ!オレが此奴を止めている間に橋を渡るんだ!」
バスタードソードを引き抜いて加勢しようとした部下を制して叫んだ。
何を置いてもティアナの安全が優先だ。一瞬、躊躇したナッシュだったが、「姫、こちらへ!」と、すぐに踵を返した。
腕を取り引き寄せるようにして暗黒騎士から王女を遠ざける。
ティアナは、まだ立ち直れていない。十七歳という若さで、初めて人が殺害されるのを目にしたのである。無理もない。
ナッシュは半ば担ぐようにして、ティアナを後方へと導いた。
その間もゼノンは必死に髑髏騎士の攻撃を受け流している。
(これは無理だ!)
額に脂汗が浮いてきた。確信してしまったのだ。
(自分では、到底、敵わない・・・)
それは「底が知れない」という意味において、レオンハルトと対峙した時の感覚に近い。
ただし剣士としてのタイプは全く違う。王と剣を交えると、訳も分からない内に負けてしまうのだが、この敵の攻撃は、まだ見える。その代わり一撃一撃が異常に重い。その点は上官である近衛兵団長アーロン・ユーイングに近いかもしれない。王と上官の良いところを集めたような戦士であった。
たった三度目の斬撃を何とか受け流した時、ゼノンの両腕はすっかり痺れてしまい、まともに剣を握ることすら困難になってしまっていた。それでも
(姫を追わせる訳には行かない!)
ゼノンは歯を食いしばって剣を握り締めた。
時を同じくして、誰よりも出遅れてしまったウォルフは、ようやく魔法を展開し、暗黒の騎士目掛けて放ちだした。
三十本にも及ぶ黄色い光線を次々に飛ばす。
浄化之矢である。
ウォルフは左手に作った魔法陣の束から攻撃を放ちながら、腰だめにした右手に黄の魔法陣を重ねていく。魔力が尽きるまで途切れることのない弾幕を生み出す。これこそユリウス・アークレイの生み出した連射式戦闘術である。練度はまだまだだが、ウォルフは師のスタイルを見事に継承していた。
不意を突かれた格好になり、髑髏騎士は魔法攻撃を受けながら後退った。鎧に光線が当たると、黄色い光が弾けて広がる。一秒程すると消えてしまう光だったが、髑髏騎士は明らかに嫌がっている。
(効いている!)
師が残した手帳の魔法は本物だった。効果を目の当たりにして、感動を覚えたウォルフは、思わず身震いした。
惜しむらくは、甲冑越しの攻撃ということである。
魔法は万能ではない。
たとえばラージシールドの影に身を隠してしまえば、魔法の効果はほとんど受けなくなる。全身を隈なく包む髑髏騎士のプレートメイルも、同様の効果を発揮すると考えて良い。
つまり今ウォルフが放つ浄化魔法は、例えば面頬に設けられた覗き穴などの隙間から鎧の内側に侵入しない限り、完全な効果は得られないということになる。それでも甲冑の駆動部から入り込んだ少量の光が、僅かながらもスカルにダメージを与えているのだ。
だが、それもすぐに終わりを告げる。
暗黒の騎士は早くも順応し始めていた。すばやく器用に剣を操り、次々にウォルフの魔法を弾いていく。
ここで少し魔法について補足しておくと、通常、魔導士が放った攻撃は、光線となって飛来する。飛距離は籠められた魔力によって異なるが、基本的にはただの光線である。
たとえば、炎の魔法の光線がすぐ傍を通っても熱さを感じることはない。何らかの物質に当たった瞬間に炎と化して襲いかかるのだ。魔法を放った魔導士は、その物質を選ぶことはできない。
つまり、魔法の対処法としては、光線が自分に当たる前に何かに当ててしまえば良いということになる。
それはこの世界の住人ならば、子供でも知っていることだ。ただし当然のことながら、知識があることとそれを実行することは、全く別の話である。
だが、このどす黒い瘴気を放つ暗黒の騎士は、いとも簡単にやってのける。
高速で飛来する無数の魔法の矢を、右手の剣と左手の小型の盾でことごとく受け止めてしまう。並大抵の技量ではない。
ウォルフの顔が驚きに包まれた。
身をかわして逃げるでもなく、盾の後ろに隠れるでもなく、無数の弾幕が無効化されていく。そんな経験は初めてだった。
それどころか、この暗黒騎士は魔法を受け流しながら、少しづつ近づいてくるのだ!
(当たらない!)
ウォルフの額に脂汗が浮いていた。
(師のように魔法の曲射ができれば・・・)
この状況を打破する一助にはなったかもしれない。技術の足りない自分が恨めしい。このままでは待つのは死のみである。ジリ貧だが、他に打てる手はない。連射を止めてしまえば、死の訪れが早まるだけだ。
ウォルフは、一歩、また一歩と距離を詰めてくる漆黒の巨体を、拭いきれない焦りと恐怖を感じながら、ただ見詰めていた。




