3話:初めての戦闘【いえ、これはリンチと言います~】
「役所のお姉さん。荒野を抜けたらそこは森だったんだが」
【こんなに近づくまで気づかないとか、私達喧嘩に熱入れすぎじゃないですか~?ウケる~】
「おだまり」
俺の目の前には、薄暗い木々のカーテンが広がっている。
まるで境界線のようにまっすぐと、森が存在しているのだ。
先程までの荒野と違い、命を感じさせる自然が、そこにあった。
ふと、とある考えが頭に浮かぶ。
「なぁ、役所のお姉さん」
【はい~?】
「精霊ってのは、草木を育てたりするんだよな…じゃあ、じゃあだぞ?こういう森には、精霊がいる可能性が高いわけだ」
つまり…
「精霊がいる場所なら、魔力溜まりも見つかりやすいんじゃないだろうか?」
【おぉ~!今までにない程に的を射ている見解ですよ山辺さん~!】
そうだろうそうだろう!
あてずっぽうではあるが、存外に自信がある。そもそも、あんな荒野で魔力なぞ見つかる訳がないのだ。
いや、もっとよく探せば見つかるのかもしれないが…今の俺に、そんな心の余裕はない。
それよりは、この森で大自然を感じながら癒されつつ歩みを進めたいのだ。
切実に、いろいろ寂しいのだ。
もしかしたら、現地の動物とかと仲良くなれるかも!とか考えちゃうのだ。
「そうと決まれば、さっそく突入しようじゃないか!」
【いい加減私も、土の色ばっかりじゃ飽き飽きだったんですよ~。いやぁ助かります~】
互いの意見は一致した。あとは、真っ直ぐに進むのみ!
意気揚々と体を点滅させながら、俺はその森に踏み込んで行った。
もちろん、草木を育てようなんか思わない。いやマジで。
◆
「おおお、すげぇな。生き物の気配とか感じるぞ」
【周辺でも、小動物が駆け回っています~。中々に豊かな森ですね~】
葉の擦れる音。
小川の流れる音。
小さな獣の鳴き声。
この世界にきて初めての、緑の深い空間。
そんな森の中を浮いている俺は、どこか満たされた気分になっていた。
MPは変わらないものの、どうにも心が落ち着くのだ。
精霊としての本能が、生命に囲まれて喜んでいるのだろうか?
【ふむふむ~、この周辺には、食べられるものが多いですよ~。アイノイキノコにクイノの実。川にはイワナバウもいます~。野草にも毒は検出されてません~】
へぇ、聞いたことないものばかりだが、食べられるものばかりらしい。
食料の確保もこの辺では容易なわけだ。
おそらく、『食い道楽』の特典が働いているんだな。何かを食べる運命にある俺は、自然と食材が集まる場所に来てしまうのだろう。
あの荒野も、一応『悪食』のおかげで食うには困らなかったしな。
……ほんと、味覚のない精霊でなければ、狂喜乱舞していたんだけどなぁ。
「まぁ、いつか俺にも味覚がつくかもしれないしな。場所は覚えておこうぜ」
【食べても魔力は最低限しか補給できないですしね~】
もしも味がわかる様になったら、必ずここに来て堪能しよう。
決意を胸に、俺は先に進んでいく。
◆
それから…
『HP:3/3 MP:30/150』
結構、進んだな。
森の奥深くに進むにつれて、方向感覚が薄れていくような、そんな気がしてくる。
だが、その点は問題なくなった。
つい先程、マッピングのスキルが1に上がったのだ。
範囲は狭いが、自分で思考の中にマップを表示できるようになった。この上役所のお姉さんのナビがあれば、そうそう迷うことはないだろう。
「お姉さん。周辺に魔力の反応は?」
【森の中ですからね~、ちらほらとはあります~。けど、溜まりと呼べる程の量ではないので、おそらく魔樹ですね~】
「まじゅ?」
【その名の通り、魔物化した木のことですよ~。近づいた獲物を、地中から根で攻撃してくるんです~。後は絡め取って埋めて、養分にするんですよ~】
なんだそれこええ!?
どうやら、この空間には長くいないほうがいいらしい。
俺がそそくさと、進む速さを上げた時だ。
<ぴこんっ>
俺が映し出してたマップに、赤い点が浮かんだ。
その数、3つ。
これは…『発見』のスキルが起動したのか。
【おや、気づきました?やはりレベル1だと遅いですね~】
どうやら、役所のお姉さんの方ではもっと早くに把握していたらしい。
赤い点は、少しずつ移動し、こちらに近づいてくる。
「お、お姉さん?なんだ、なにが近づいて来てんだ?」
【焦るほどもない相手ですよ~。ゴブリンです~】
ゴブリン。
ファンタジーのお約束にして、永遠のスターモブ。
イメージとしては、土褐色の肌に醜悪な外見、小柄な体躯。
棍棒などを振り回し、集団で獲物を襲う、くらいなもんか?
この世界にも、いるとは思っていたが…ここで出て来るのか。
「やべぇな、このままだと鉢合わせちまう…!」
【安心してくださいよ~。精霊は魔力を感知できない相手には見えないものなんです。ゴブリン程度に見つかるわけがありません~】
おお、そうなのか!
お姉さんが安心している理由はそれか。確かに、見つからなければ恐れることもない。
今の俺は殴られるだけで死にかねないが、そもそもエンカウントしないのだから気にすることはないのだ。
「そうか。それなら安心だな」
【えぇ、むしろそいつらをやっつけてレベルアップ~なんてのも狙い目ですよ~】
「ん~、いや、残りのMPを考えると、無理はできないだろ」
不意打ちできたとしても、今の俺の攻撃力はナシに等しい。
なんせ筋力0、魔力攻撃0なのだ。物理も魔法もてんで駄目。
人並みを超えてる魔力のステータスも、攻撃出来なければ意味はない。
「だから、ここはこっそり逃げることに―――」
【っ、山辺さん!横~!】
は、よこ?
突然の叫びにキョトンとし、言われるままにそちらを向く。
眼前に、木材が迫っていた。
「は?」
次の瞬間、衝撃が襲いかかる。
俺の体は、ゴムまりのように跳ね飛ばされた。
「あぶはぁぁぁああ!?」
【そんな、ゴブリンの襲撃~!?なんで山辺さんが見えるんですか~!】
木の幹に何度も何度も激突し、跳ね回り、ようやく地面に落ちて、俺の体は止まった。
『HP:3/3 MP:30/150』
あぶ、あぶ、あぶねぇ!今のがただの物理攻撃でよかった!
もし少しでも魔力を帯びていたら、今頃俺はこの世にいないだろう。
俺を殴り飛ばした下手人を、すかさず確認する。
「けけけけっ!」
あれが、ゴブリン。
イメージしていたより、人間に近い外見をしているな。
ぱっと見た限りだと、子供に見えてしまうかもしれない。
しかし、その口は大きく裂け、サメのようなギザ歯が並んでいる。
あれで噛みつかれたら、痛そうだ。
奴らは3匹で固まっており、棍棒を持った奴が俺を指差し、他の2匹に自慢しているように見える。
「どうだ!よく飛んだだろ!?」ってか?やかましいわ!
「お姉さん、どういうことだ!?俺は奴らに見えないんじゃないのかよ!?」
【そ、そのはずなんですが~。ゴブリンの中で魔力を感知できるのは、精霊に認められたゴブリンメイジくらいのものです~!ただのゴブリンが精霊を見るなんて、ありえません~!】
じゃあなんでだ!?
あいつらは、適当に棍棒をぶん回した訳じゃない。
力の入り具合から見ても、明らかに俺を視認した上で殴りかかっていた。
精霊である俺を、目で見てぶっ飛ばしたのだ。
「ほんとにただのゴブリンなのか?なんか力を持ってるとか!」
【魔力感知の条件は「魔力を扱える」ことです~。もしあれが魔力感知が可能なゴブリンなら、さっきの一撃で山辺さんは粉微塵でしたよ~!】
「怖ぇこと言うなよぉお!?ってことはマジでただのゴブリン―――ほぁああああ!?」
地面を蹴ったゴブリンの1匹が、錆びたナイフを俺に向かって振り下ろしてくる。
咄嗟に地面を転がれば、俺のいた場所に深々とナイフが突き刺さり、バキン!と音を立てて折れていた。
得物を失ったゴブリンが悲鳴を上げ、それを残りの2匹が爆笑している。
「くっそ!そもそもなんで俺は殴られた!?精霊ってこう、霧みたいなもんなんだろ!?」
【それも容検討ですが、今はとにかく逃げてください~!一度離れて、『隠密』を使えばおそらく逃げれます~!】
そうか、俺には『隠密』スキルがあった。
『かくれんぼ』の特典で取得したスキルが、ここで役に立……つ……
「まさか、これか!?この『かくれんぼ』のせいか!?」
【っ…な、なるほど~、これならまぁ、納得ですよ~】
『かくれんぼ』
周囲に潜むこと、そして何かを見つけ出すことを運命付ける特典。
種族によっては、追われ、隠れ、逃げ惑う運命になることもあり得る。
つまりなにか!?この特典で俺は周囲から認識される最弱の存在として、逃げ隠れせにゃならんと!?
一気に人生の難易度跳ね上がりましたが!?
「クッソ!くっそ!なんだよそれ!スキルに対して特典のデメリットがでかすぎるだろ、ってうぉわ、ップゲェ!?」
簡素な弓から射出される矢を、ギリギリでかわす。3匹目は遠距離か!
そして、その隙きを突くように、俺はまた棍棒でぶっ飛ばされた。
視界がぐるぐると回転し、ビタァン!と木に叩きつけられる。
痛くはないが、気分が悪いし、なによりいつダメージになるかわからん恐怖が身を焦がす。
「ひぅ、っ、匕ぃ、あうっ」
ずるずると力無くその場を這い回り、なんとかゴブリン共から隠れようとするが…
「うげぅっ」
ナイフを折った方のゴブリンが、俺を踏みつけた。
グリグリと、足に力を込めてくる。
「ケケッ!ケケケッ」
「ひゃっひゃは!」
「クックク…いっひひひひ!」
そのまま、ボールのように蹴り飛ばされた。
何度も地面を跳ね、体を打ちつける。
痛くない、痛くはないが……怖い。
もう何度目かもわからない、消滅の恐怖。
何をしても勝てそうにない、力の差。
精霊とは、こんなにも弱いのか。
【山辺さん!しっかりしてください~!ダメージはないんです、すぐに逃げて!】
「あ、あぅ、ヒィ、ヒッ、あっあっ」
あれ、飛ぶってどうやったっけ。
確か足を使って、いやいや俺足ねえよ。人間じゃないんだよ今は。
えっと、えっと、なにすりゃいいんだっけ。
あ、あ、あ、そうだ、このままだとやばいんだ、あああ、やばい、ヤバイヤバイやばい。
死にたくない、死にたくない。
【山辺さん!】
「あ、え」
蹴り飛ばされる。
体が浮き上がる。
【体制を整えて!今なら逃げれます!】
「っ」
逃げれる?
助かる?
その声のおかげで、俺は少し、冷静になれた。
必死に体を空中に維持し、浮く。
よし、飛べた。
【早く!その辺の木の枝にでも隠れてください!】
「あ、あぁ」
役所のお姉さんの尻を蹴られるような号令に、俺は慌ててその辺の木を探す。
すぐ近くに、ちょうどいい木が見つかる。
あそこに隠れれば、助かる…!
そう信じ、体を前に進めた、その時。
ズドッ
「あ」
【っ!?】
ゴブリンの矢が、俺に突き刺さる。
『HP:2/3 MP:29/150』
流石に、体を貫通するようなダメージは完全に無効化できないらしい。
初めて、外部から、HPを減らされた。
ヤバイ
ほんとに、
しぬ