4話:一方的【ちょっと最近シリアスすぎません~?】
「……?」
森が騒がしい。
木々がざわめき、鳥が煽られけたたましく鳴いて飛び去っていく。
周囲を見れば、精霊達がそこらを飛び交っている。
いつもは漂っているだけの精霊達が、だ。
それに、獣達が北部から一部、ここまで逃げてきている。
中にはボアボアの子供もいるようだ。
「……煩わしい」
ということは、森の中に、狩猟を営む種族が発生したということ。
つまりは、テリトリーを踏み荒らす愚か者がいる…という訳だ。
ここはその昔、我らが祖先が荒野の中に、決死の覚悟で生み出し繁栄させた森。
許可のない狩猟は、許されない。
「駆逐してやる」
枝と枝を飛び、喧騒の中心へ向かう。
なにやら、精霊達が誘導じみた事をしているように見える。
まさか。
こいつらに感情という概念はない。ただそこに有り、世界を豊かにするのが役割。
私の周囲を飛んでいるのも、私の魔力に当てられ、惹かれているだけだ。
「それなのに…これは、どういうことだ?」
そう思っていたが故に、目を見張る。
少し視界が開けると、そこには無数の精霊達。
ここ最近では、この森でもこんなに精霊が集まっている所は見たことがない。
見たところ、ここは魔力溜まりというわけでもないのに、である。
そしてなにより…。
「…こっちに、何かあるのか?」
精霊たちは一列に並び、まっすぐに森の奥に連なっている。
このような光景、大婆様ですら見たことあるかどうか…。
何かが、この森で起こっている。
何かはわからないが…気を引き締める必要がありそうだ。
私は、四肢に力を込め、精霊の道を進んだ。
◆
『HP:2/3 MP:26/150』
あぁ、3時間も経ったのか。
いや、まだ3時間しかたってないのか。
何度も何度も殴られて。
何度も何度も蹴られて。
飽きもせずによくやるよな。
「ギャハハハハ!」
「カッカカカ!」
「クックック…!」
ゴリゴリと、体を押し潰されるようにこん棒を押し付けられる。
結局、HPを減らされるような攻撃は、あの弓矢による一撃のみであった。
奴等は逃げようとする者にこの弓矢を使うらしく、基本的にはなぶるために素手や足、こん棒を使ってくる。
大人しくしていれば、少くとも死なない。
そう思ってしまった俺は…すっかり心が折れていた。
【山辺さん、山辺さん!しっかりしてください~!】
役所のお姉さんの呼び掛けにも、答える元気はない。
何をしても逃げられず、何をしても抵抗など無意味なのだ。
あぁ、また足を振りかぶっている。
「うげぅっ」
木の幹にぶち当てられた。
再度起こる大爆笑。
何度も何度も何度も何度も、馬鹿の一つ覚えに懲りねぇなお前ら。
だが、こうしていれば、少くとも死ぬことはないのだ。
逃げようとしたら、また矢が飛んでくる。あれさえなければ、死ぬことは…。
「また壊れなかったぞ!」
ふと、声が聞こえてきた。
「始めてみる生き物!面白い!」
「壊れない、おもしろい!」
これは…ゴブリンの声か。
さっきまで笑い声しか聞こえてなかったが…どうやら、『翻訳』のスキルがオンになったらしい。
「どうする?どうする?次はなにする?」
「ウギ、そろそろ、食うか?」
「いっぱい動いた。腹へった!」
くう。
食う?
食うって、俺を食う気かこいつら!
【バカな考えは振り払えましたか~?山辺さん~】
役所のお姉さん。
翻訳を起動させたのは、お姉さんか?
【このままだと、あいつらに食べられて魔力を吸収され、消滅してしまいますよ~?いくら攻撃が効かなくても、吸収されたら終わりです~!】
冗談ではない。
なんのために、こんなリンチに耐えていると思っているのか。
飽きられて捨てられるのを待っていたというのに、この上食うだと!?
ふっざけんなし!
【ようやく山辺さんらしい悪態をつけるくらいになって来ましたね~。それでこそですよ~】
あぁ、すまないな役所のお姉さん。あんたには助けられてばっかりだ。
お姉さんがしっかりサポートしてくれる分、俺も生き汚くなんなきゃな!
【えぇ~、もっともっと山辺さんには生きてもらわないと、私だって困ります~!】
あぁ、そうと決まれば、脱出だ。
ゴブリン共が相談している隙に、体をわずかに浮かせる。
俺の移動速度は、こいつらを撒けるほど早くない。だからこそ、どこかに隠れる必要がある。
今で言うと、頭上の木陰か、左右の草場か…。
上に逃げるのは、得策じゃない、か?また狙撃されたら―――
【山辺さん、これを見てください~】
―――――――――――――――
<種族:精霊>
現状:下級精霊
レベル:1
状態:心労
HP:2/3 MP:26/150
筋力:0 器用:3 敏捷:5 魔力:140 精神:5
防御力:「物理:0→(20)」「魔法:0」
<スキル>
『魔力操作:Lv1』 『魔力攻撃:Lv0』 『司令塔:Lv5』 『悪食:Lv3』
『消化吸収:Lv1』 『翻訳:Max』 『発声:Max』 『環境適正:Lv1』
『状態異常耐性:Lv1』 『防御修正:Lv0→(2)』 『属性耐性:Lv0』 『隠密:Lv1』
『発見:Lv1』 『マッピング:Lv0→(1)』
<特典>
『前世の記憶持ち』 『お友達』 『率いる者』 『食い道楽』
『ピーチクパーチク』 『慣れれば平気』 『かくれんぼ』
―――――――――――――――
ん~……おっ、防御修正が上がってる。
0だったのが、この3時間で殴られまくったのが効いたらしい。2まで成長していた。
【ふふふ~、これなら、弓矢の威力程度じゃダメージを受けませんよ~!】
おおおお!なんという神タイミング!
防御修正は、『慣れれば平気』の特典で得られたスキルだ。
文字通り、防御力に修正を付け加えるものである。お姉さんが効かせて防御力を追加してくれたらしく、わかりやすくなっている。
物理ダメージの削減は精霊のもともとの特権だから、防御は0だったとして、レベルが上がったことで20になっていた。
どうやら、1レベルごとに10上がるらしい。
【ちなみに、この世界で一般的な冒険者が革鎧を着込むことで、防御力は10になります~。そのほかの装備や、個人の頑強さでまた変わってきますがね~】
つまり、今の俺の防御力は並の人間以上ってことか!
よし、これは上に逃げて奴らの手の届かない場所に行くしかない!
今現在、ゴブリン共はどんな調理をするかで揉めている。
逃げおおせるならば、今だ。
【タイミングを見て、私が合図します~。その後に、一気に浮上してください~】
まかせたぜ、役所のお姉さん…!
息を殺して…
気配を消して…
―――――PiPiPiPi!PiPiPiPi!
【……よし!】
今だ!
【カップ麺出来ました!】
馬鹿かテメェはぁぁぁぁあああ!?
思わずコッテコテにズッコケちまったじゃねぇか!なんで今!?なんでここでカップ麺!?
【いや、よく考えたら弓矢効かないならもう余裕かなって~】
だからってなに!?あのカッコイイこと言いながら貴方、お湯を沸かしてカップ麺作ってたの!?
台無しだよ色々と!
【ゴブリン達の調理談話聞いてると、どうにもお腹空いてですね~】
役所の人、適当過ぎやしませんかねぇ!?
もう駄目だ。こうなったお姉さんは期待できない!
俺一人でも、脱出を――――
「お前、どこいく?」
…………Ou。
囲まれてーら。
「…ちょっと、オシッコ」
「「「ダメだ」」」
ですよねぇぇぇえええ!?
お姉さんを信じた俺が馬鹿だった!少しでも命の危機が遠ざかるとあれだ!
クッソ!くっそ!向こうから聞こえてくる懐かしのズルズル麺をすする音が恨めしい!
「うわぁぁあぁあああ!誰か!誰か助けてえぇえええ!?」
「うわ、コイツうるせっ」
「こんなに大声出せんのかよ!」
恥も外聞もなく喚き散らし、救助を要請する。
ついでに飛び上がって逃げようとするが、それは阻止されてビタンと地面に落とされた。
心なしか、衝撃が減った気がする。防御修正は偉大である。
「嫌だ!嫌だ!死にたくない!頼むよ、なんでもする!雑用でもなんでもするから助けてくれ!」
「あ?…どうする?」
「こいつの言ってること、お前もわかるか?」
「わかる!わかる!」
『翻訳』のレベルがMaxのおかげで、ゴブリン相手にも会話は可能だったようだ。
3時間も殴られずに、交渉すりゃ良かった…!
【んぶ、あ、あれ?なんかまたピンチになってません~!?】
今更かよ!
遅いよ!
俺が隠れてからカップ麺食えばよかっただろ!?
【一番美味しいその時を逃すなんて馬鹿のすることだ~】
ちくしょう否定できねぇ!
だが、納得できるかと言われたら答えは否なんじゃ!
「俺はしがない精霊だ、食ったって腹の足しにもならんし、味もないぞ!?」
「せいれい~?」
訝しげなゴブリン共。1匹、俺のすぐ真横でスンスン鼻をならしているのが恐怖心を煽る。
けして醜悪な見た目をしているわけではないが…ギザ歯が恐ろしいです。
「確かに、匂いはしないけど!」
「でも、せいれいなんだろ?」
「おお!あのせいれい!」
お、お、こいつら精霊を知ってる?
てことは、助けてもらったり、なんかしちゃったり?
「お、おぉ!精霊だよ、間違いない!だから―――」
「メイジ様が、せいれいくったら魔法使えるって言ってた!」
「「まじか!」」
終わった。
おそらく、お姉さんが言ってたゴブリンメイジのことだろうな。
つまりこいつらにとって俺は、「食えるかわからん獲物」から「進化の材料」にランクアップした訳だ。
知ってたら、俺でもまぁ、逃さんわな。
「せいれい食ったら、俺らもメイジ様!」
「すっげぇ!」
「くう!くう!」
もうやる気満々だ。
こいつら三匹には、かっこよく魔法を使って部下を率いる自分の姿が頭に浮かんでいるのだろう。
【何してるんですか~!無駄に相手のやる気を煽るだなんて~!】
今お姉さんに俺を非難する資格はねぇ!
だが確かにそのとおりだ!
「う、うわわわ、嫌だ、食われるなんて嫌だ!助けて誰か!助けて!」
「「「せいれい!せいれい!」」」
「ぎゃああああああ!?もうダメだぁぁあああ!?」
こんな事なら、荒野で石ころ啜って生きれば良かった!
地面にでも潜って生きればよかった!
もう何度目かの命の危機に、俺の心はボロボロだ。
ゴブリンの手が6本、俺に群がってくる。
そのままかぶりつこうと、口が開かれる。
顔が近づいてくる。
ほん、とに、もうダメ――――
「あ?」
間抜けな声が、目の前のゴブリンの口から漏れる。
その姿が、横にぶれる。
見えなくなる。
その一瞬、やつのコメカミには、一本の棒が刺さってるように見えた。
「「あ?」」
残りの二匹は、ぽかんとしている。
顔は俺を向いたまま、目だけが仲間を追っていた。
時間にして、一瞬。
「がっ!?」
今度は、左にいたゴブリンの頬に、棒が突き立った。
口内を貫通し、反対側へ突き抜け、縫い付ける。
その衝撃でそいつも姿がぶれ、視界から消える。地面に、肉が転がる音がした。
「がぁぁぁあ!?ぎゃああああ!?」
そして、絶叫。
見れば、自分の口を抑えてのたうち回るゴブリンと、頭から血を流して動かないゴブリンがいる。
「なん、なん、なんだ!?弓!?どこから!?」
棍棒を持ち直したゴブリンが、俺を放り投げて周囲を警戒する。
よくわからんが、チャンスだ!
俺は体を引きずりながら、その辺の草むらに身を隠す。
そしてようやく、念願だった『隠密』を発動した。
【お、おぉ~、どうやら、第三勢力がゴブリンに対して狙撃をおこなった模様です~。山辺さんの周囲からは、対象の発見は不可能~。相当なロングレンジですねぇ~】
まじか。
俺の拙いマッピングならともかく、役所のお姉さん側からでも発見不可能な距離からの狙撃。
人間技じゃねぇ。
「っ、ひ!あ、あうぁ、うぎゃああ!?」
悶ていたゴブリンの胸に、もう一本棒が突き刺さる。
いや、棒じゃない。あれは、黒光りするほどに磨き上げられた、上質な矢だ。
当然のように、ゴブリンは動かなくなる。
ソレを見て、最後の一匹は半狂乱になった。
親近感の湧く取り乱しっぷりで踵を返し、その場から逃げ出そうとした。
が、
「かひぅっ」
その後頭部に、矢が突き立つ。
一瞬の痙攣。
しかし、すぐに顔面から地面に堕ち…動かなくなった。
まさにそれは…一方的な、戦闘とも呼べない、戦闘だった。
……助かった?
【シッ、動いてはいけません~。マップにマーカーが出現。8割で、狙撃した本人です~】
ソレを聞いて、嫌な汗が吹き出しそうになる。汗出ないが。
お姉さんでも見つからないような距離を見通す相手の前で動いた日には、速攻で地面に縫いとめられるに決まっているのだ。
やり過ごそうと、息を潜める。
…それから、3分後。
「……出てこい。いるのはわかってるぞ」
かくして、その人物は俺の前に現れる。
女性だった。
紺色の、腰まで伸ばした美しい髪。
褐色の肌。
目元は前髪で隠れ、その顔は見えない。
しかし、顔半分のパーツでわかる、相当な、美人だ。
服装はどうにも目のやり場に困る程度に露出が高い、いわゆるビキニタイプ。
しかし簡素とはいえない。細部にまで装飾を凝らし、その美しさを引き立てている。
服装が服装故に、隠しきれない肉体美。
たわわな果実。
曲線を描くくびれ。
なだらか、かつ豊満な臀部。
そして、ぴんと尖った、耳。
【……エルフ。いや……ダークエルフ】
それは、俺がこの世界に来て初めての。
亜人、エルフだった。
次の投稿は、来週くらいになりそうです~




